完全たる百物語を君に捧ぐ
アクリル板W
第1節 会議は踊る
「……以上が、当企画の概要となります。ご審議のほどよろしくお願いいたします」
私は深々と一礼すると、起立したまま円卓に座す御歴々に視線を向けた。
皆は一様に資料を手に取りながら、時おり唸ったり、目を瞑ったり、天を仰いだりして、そこに価値を見出せるのかと値踏みしている。
「夏に合わせてホラー特番ですか。定番といったら定番ですが、いまどき視聴率が取れますかね?」
早速、いつもの横やりが飛んできた。比較的若手のプロデューサーには受けが悪いらしく、昨年もその辺が要因で頓挫してしまった。
「案外、こういうのが良いんだって。俺らが子供の頃は毎週のようにやってたよ」
すかさず上司がフォローしてくれる。この企画の良き理解者であり、構成にあたって幾つかアドバイスもいただいていた。
「CGやらフェイクやら、視聴者も派手な映像には食傷気味だしね。生放送でやるんならありじゃない?」
「でも、それこそ何も起こらなかったら寒いことになるよ。いや、何かあっても放送事故になっちゃうけどね」
皆が堰を切ったように意見を述べる。賛成も反対も半々くらいでどちらが優勢とも言い難い。会議は踊る、されど進まず……こういうのは正直、苦手だ。
決め手に欠けたまま、刻一刻と時間は流れていく。満場一致とはいかないまでも、一定数の反対があっては押し通すのは難しい。
「……まあ、たまには加賀美ちゃんにも花を持たせてあげようや」
しかし、意外なところから助け舟が出た。円卓の中でも上座に位置する役員が賛意を示したのである。或いは、先週の取材旅行のお土産が功を奏したのかも知れない。
昼行燈と名高きも、さすがはエグゼクティブプロデューサーである。番組編成会議は一気呵成に了承の方向に傾いていった。
***
「いやぁ、加賀美ちゃんもすっかりうちに馴染んできたね」
会議から三日後の夜、私たちは特番の決起集会と称してお洒落な居酒屋に繰り出していた。
防音の利いた完全個室なので外部に声は漏れない。それでも仕事柄、情報漏洩には気を付けねばならないのだが、みんな酒が入っておりいつもよりも遠慮がなかった。
「ほんと社会部のエースがバラエティ番組とか、最初は何をやらかしたのって思ったわよ」
テレビ局のバラエティ部門のディレクター、それが今の私の肩書だ。もうかれこれ三年が経ち、最近は色眼鏡で見られることも少なくなっていた
「まあまあ、加賀美ちゃんの力量は皆も知ってるでしょ。夏のロング特番を任されるなんて、これは出世間違いなしだね」
「でもいがーい、加賀美さんっていかにも真面目そうなのに、実はオカルトマニアだったんだぁ」
私は絡んでくる同僚たちに愛想笑いをしながら、自らが立案した夏の特別番組に想いを巡らせていた。
『今宵、あなたは本当の恐怖を目撃する――完全再現、古き伝統に埋もれた百物語が現代に蘇る――怒涛の一挙百話公開! 生放送だから出来る豪華出演者との戦慄ライブ体験!』
確かに、こんな仮題を付けていたらホラー好きと思われても仕方がない。しかし、私は別にホラー好きでもオカルトマニアでもない。ましてや、この番組で一旗揚げようとか、そんな野心があるわけでもない。
それでも、私にとってこの企画は三年越しの悲願であり、将来を嘱望された社会部から異動を願い出た理由でもあった。
全ては……あの夜に果たせなかった彼への想いを遂げるため。私は決意を固めると、目の前に置かれた生ビールのジョッキを飲み干した。
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