第27話



 テーブルの上には沢山のお菓子が所狭しと並べられている。どれも宝石の様に美しく手を付けるのが躊躇われる。



「エメ、もうあんな事しちゃダメだからね」


 にゃ……。


 エーファが叱るとエメはテーブルの下で項垂れる。可哀想だが、悪い事をしたら叱らないとエメの為にならない。


「此奴は悪くない。責めるなら私も同罪だ」

「マンフレット様……」


 流石に彼に説教など出来る筈もなく苦笑する他ない。


「でも、あの方は大丈夫でしょうか……」

「問題ない。寧ろあれくらいで済んだんだ、感謝するべきだろう」


 あの後マンフレットの知人の男は、エメから顔面を何度も引っ掛れ最後に鼻をガブリと噛まれた所で「ぼ、僕の美しい顔があぁー‼︎」と奇声を上げながら店の外へと逃げ出して行った。チラリと見えた爪痕が痛々しかった……。

 店内が騒然とする中エーファ達は奥の個室へと通され今に至る。

 マンフレットから彼の素性を聞かされたエーファは納得をする。どうやら彼はマンフレットとは同級生であり昔から何かに付けてマンフレットを敵視していたそうだ。所謂好敵手ライバルという事だろう。


「そんな事より……茶が冷める」

「そうですね、頂きます」


 今し方ラスが淹れてくれたお茶に口を付けると、初めて嗅ぐ香りがした。


「とても良い香りがします……美味しい」

「ありがとうございます。当店自慢のフルーツティーでございます。奥様が今召し上がられたそちらのお茶にはアプリコットやクランベリー、リンゴなどのフルーツが使われており、女性の方にとても好評でして」


 お茶の説明や先程から気になっている宝石の様なお菓子の説明をラスから受けたエーファは、目を丸くしてマンフレットを見た。すると彼は気不味そうにして目を逸らす。


「キャロットクッキーにキャロットマフィン、キャロットゼリーにキャロットドーナツ……」


 他にもマカロンやチョコレート、プリンまである。これら全てニンジン入りらしい。しかもお店では販売されておらず特注品のニンジンスイーツ尽くしだ。


(マンフレット様は、本当にニンジンがお好きなのね)


「エーファ……」

「はい」


 ラスが部屋から退出しマンフレットと二人になりお茶やお菓子を堪能していると、深刻な面持ちで話し掛けられた。


「エーファ」

「はい」

「エーファ、いや……」

「?」


 何度も名前を呼ばれるも、そこから話が進まない。何か言いたげにしているが、エーファには予想もつかない。


「エーファ!」

「は、はい」


 突然大きな声を上げるマンフレットに、エーファは思わず背筋を正した。


「お、お、お……」


(おおお、とは一体……?)


 にゃぁ?


 首を傾げるエーファとエメに、マンフレットは珍しく動揺した様子だった。心なしか顔が赤い気がするが、彼に限ってそれはあり得ないと思い直す。


「いや、何でもない……。ほら、お前ももっと食べろ」


 にゃぉ~。


 マンフレットがエメの分の生ニンジンをラスに頼んでくれたので、エメはご機嫌で食べている。


「口に合うか?」

「はい、どれも美味し過ぎて食べ過ぎちゃいそうです」

「そうか、なら良い」

「マンフレット様は召し上がらないんですか?」

「……」


 先程からエーファばかりが食べていてマンフレットはお茶しか口にしていない。こんなに好物が並んでいるというのに申し訳なくなってしまう。何時もはエーファの作った菓子は残さず食べてくれているのにおかしい。もしかして、体調優れないのではないかと心配になってきた。


「もしかして、気分が優れないんですか?」

「……」

「それでしたら私の事はお気にならず、直ぐにでも屋敷にお戻りになられた方が……」


 心配でそう提案をした瞬間、マンフレットは堰を切った様に食べ始めた。無論食べ方は美しく絵にすらなる。そんな様子にエーファは胸を撫で下ろした。


「君も食べろ」

「はい」

「…………君の為に用意させたんだ」

「?」


 珍しく口籠りエーファには聞き取る事が出来なかった。聞き返すのも失礼かも知れないと考えている内にラスがお茶のお代わりを持って来てそのままとなってしまった。

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