第9話


 部屋を埋め尽くす程のドレスと装飾品が用意されエーファは呆気に取られる。

 今朝突然半月後に夜会に出席すると告げられたばかりなのだが、昼過ぎにはもう準備が始まった。時間が余りないので仕立てるのでは間に合わないとの事で、エーファのサイズに出来上がっているドレスを仕立て屋に持って来させたそうだ。それに伴い宝石商や靴屋なども呼び、決して狭くない部屋は足の踏み場もない。


「奥様なら、絶対この淡いピンクがお似合いです!」

「あらこの澄み渡る空の様な水色の方が素敵よ?」

「お二方、少し冷静になって下さい。色合いは無論大切ですが、それと同じくらい形も大切なんです。こちらの金を基調としたドレス、胸元は少々強調されておりますが、奥様の豊満な胸元をより美しく……」


 にゃぁにゃ〜!


 当人そっちのけでニーナ達侍女は嬉々としながらドレスやら装飾品類を選んでいる。そこにエメも加わり、かなり賑やかだ。そんな光景に思わず声を出し笑ってしまった。


「も、申し訳ありません! 私共が勝手に決めるなど出過ぎた真似を」

「ううん、寧ろ一緒に選んで貰えたら嬉しい。私こういうのは慣れてないので」


 ソブール家はしがない伯爵家であり、湯水の様にお金があるわけじゃない。それ故、両親は昔から姉の煌びやかなドレスや装飾品などには大枚をはたくが、エーファにかけるお金は露ほどもなかった。更には弟もいるので尚更だ。

 夜会などには出席する事は許されてはいたが、地味で見るからにペラペラな生地で作られた質素なドレス一着しか持っていなかった。それも仕方なく家族で出席せざるを得ない場合の時用に仕立てられた物だ。そんな理由からエーファは社交の場に出る事は少なく、もし仮に出席したとしても態々陰口を叩かれに行く様なものであり数える程しか出席をした事はない。


「勿論です、奥様!」

「お任せ下さい!」

「頑張ります!」


 にゃ!


 ニーナ達はエーファの言葉を受けて益々やる気が出たらしく腕捲りをして気合いを入れる。エメもまた胸を張り得意気にしている。実に頼もしい。そんな様子にエーファは更に笑った。

 目まぐるしい程次々とドレスを試着していく。こんなに煌びやかなドレスも靴も宝石も身に纏うなんて生まれて初めてだ。

 嫁いで来た当初は複雑な思いと不安で一杯で、とても明るい気持ちにはなれなかった。だがニーナを始めとした使用人の皆のお陰で最近は毎日が愉しいとさえ思える様になった。更にエメも加わり、日々癒されている。無論、マンフレットの事もあり手放しでという訳にはいかないが。




ーー夜会当日。


 早朝からニーナ達の手を借りて、かなり時間を掛け何とか支度が整った。


「とってもお似合いです」


 にゃ、にゃ、にゃ〜。


 あの後、何度となく試着を繰り返し悩みに悩んだ末に選んだのはこのサファイア色のドレスだった。露出は少なく胸元は少し開いてはいるが、控えめな形だ。と言ってもエーファにとってはかなり派手に感じる。ドレスに合わせた白の靴と華美な装飾品。文字通り全身が輝いている。


 姿見の前に立ち改めて自分を見ると、気恥ずかしくなってしまう。何だか自分が自分ではないみたいだ。無論ブリュンヒルデには到底及ばないが、少しだけ姉に近付けた気がした。ニーナ達にも、これでもかという程に絶賛され気分が高揚してしまう。

 だが少し浮かれ過ぎていたかも知れない。もしかしたら彼が褒めてくれるのではないかと淡い期待を抱いてしまった。だがその事を直ぐに後悔する事になる。

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