第44話 巡回する衛兵
培養体になってから、歯ごたえのある肉料理にパンナとモヒートは大満足だった。
「肉ってすごいですね。体の成長に必要なことが分かります」
「そうじゃぞ、野山を駆け回っていた動物を我が身に取り込む、命を貰い受けて、力を授かる。王国が錬金術を始めたきっかけのひとつが農作物の不作と狩猟がうまくいかない時期が重なったことが大昔にあった。自然と共に生きるのが、この王国の環境を考えたら最善なんじゃが、鉱山開発で、また自然と共存しにくくなってしまった。我々の汚点でもある。自然に感謝せねば」
パンナが真面目な昔話をしていると、モヒートは倒れ込むように寝てしまった。
「お~い、大事な話なんじゃぞ~。これまでの疲労が蓄積しておるからな、ややこしい話は眠気を誘うか」
パンナは、モヒートの体を転がし、シーツをかけてあげた。それから、混合回復薬の補充をしていると、パンナも睡魔に勝てず、必要な分を注ぎ終わった所で眠りについた。
翌朝、いつものように集会所でパンをもらい、民家に戻る。そして、地下室で荷物の確認をした。今日の予定は、スノゥが転移予定の培養体に、鉱山の町にあった魔道具工房で作った高純度水晶加工品を埋め込む作業がある。パンナは、薄型の横長な箱を開け、その板状に加工された物の状態を確認した。丁寧に布で包んでいたこともあり、破損やひび割れはなく使えそうだ。在庫数は、20個。パンナとモヒートには心臓に4個、脳に14個と大胆な装着をしているが、今のところ支障がないため、同様手順を行なう予定である。
それから、またモヒートの箱机で地下通路を通って、城の地下室に辿り着いた。
「モヒートよ、そろそろ"箱机"という見たままの名前じゃなくて、洒落た名称でもつけたらどうじゃ?」
「見た目で分かりやすいので、"箱机"という移動手段のひとつとして考えます」
「・・・そうか、それなら現状維持じゃな」
二人は、スノゥがいる地下室に入ろうとした。しかし、気配が違う。誰か別の者がいるようだ。静かに呼吸も抑え、壁越しに聞き耳を立てる。
「おい、水を持ってきた。取りに来い・・・取りに来い・・・」
「何言ってんだよ、アレは片足無くて、もう片方は腱を切ってある。立てないんだよ」
「それなら、お前が水持っていけよ」
「なんでだよ、当番忘れてたのはそっちじゃねぇか!」
「ズンビローも忘れてたじゃねぇか。アレに近寄りたくねぇよ、臭いキツイ」
「何だ、最近、進化の注射受けたんだろ?あれ受けると、物忘れが激しくなるんだよ。というより、ズンビローって呼び捨てマズイだろ」
「敬称を知らねぇよ」
「あ、オレも知らねぇ。魔法使いの敬称・・・様とか代表って言っとけばいいんじゃねぇの?」
「・・・何しに来たんだっけ?」
「ん、あ?ここ何階だ?お前、何持ってるんだ?」
「を、水が入ってるな・・・アレに水やるんだよ。生きてんのか?」
「アレは不老不死とかいって、ずっと生きるんだって」
「それならさ、アレを食ったら、オレ不老不死だよ」
「違うぞ、それは食事だ。栄養分にはなるけど、不老不死にはならねぇぞ」
「なんでだよ!」
「アレ食って、不老不死になるんだったら、ズンビローは食ってるはずだろ?」
「あ~、そうだよな~」
「・・・何するんだっけ?」
「何って、何だよ?」
「あ~あ~、水だよ。最近、注射打って体大きくなりすぎて、この鉄格子入れないんだ。ほら、飲めよ」
「うわ、雑だな~。さて、戻るぞ」
衛兵は、水の入った容器をスノゥ目掛けて放り上げ、鉄格子に当たらなかった水がスノゥに浴びせられた。スノゥは、仰向けのままベッドに身動きせず、じっとしていた。衛兵たちは、階段を上っていった。
地下室の壁越しに、小声がする
「これ、モヒート!堪えろ!今じゃない!ならぬ!」
「い゛ぃぃぃ!」
モヒートは歯を食いしばり、毛が逆立ち、瞳の緑色がギラギラ輝き、全力で地形を変え、衛兵をどうにかしようとしていた。
「もう少しで培養体が育つ。姫さまのために、抑えてくれ!」
「スノゥ姫の扱い、あのような事をずっと繰り返していたなら・・・一撃で終わらせましょう」
「頼む、もう少しなんじゃ。姫さまのために・・・」
パンナはモヒートを抱きしめ、懇願した。しばらく、モヒートの体は硬直していたが、徐々に落ち着きを取り戻した。それから、モヒートは地下通路側から地下室の扉を開けた。パンナは、衛兵がいないことを確認して、中に入った。
「姫さま、ご無事ですか!」
「バヴァ、どうしたのです?」
「水を浴びせられて・・・」
「あのようなことは今に始まったことではありません。ズンビローが来てから、衛兵は知性が失われております。私は、感情を無くせばいいだけ」
パンナは、カバンから布を取り出し、水で濡れたスノゥを拭いた。モヒートは、ようやく地下室内に入り、怒りの形相のまま、涙を流していた。
「モヒート、あなたのその気持ちだけで十分です。ありがとう、心をお平らになされませ」
「スノゥ姫・・・」
「姫さま、モヒートは、反王国エルドラド大佐から痛みと恐怖を植え付けられております。先程のような状況を知ってしまうと、我が身のように感じたのでしょう」
「モヒート、よく感情を抑えてくれました。そのキレイな瞳に怒りの感情を映して欲しくはない。落ち着いて、お願い」
「はい、スノゥ姫」
まだ収まりのつかないモヒートは、くしゃくしゃな顔をして涙を拭いた。その姿を見て、パンナがモヒートに言う。
「モヒートよ、培養体の様子を見てきておくれ」
「・・・分かりました」
モヒートは、言われたように地下通路に出て、意識的に何度も呼吸を繰り返した。深呼吸して気持ちが切り替わるようなキレイな空気ではないので、気持ちが切り替えられれば、と思った行動だった。それから、培養装置を確認しに行く。
「パンナ様、確認してきました。培養体は、ボクの腰の高さほどに成長してます」
「昨日は赤子の体長で、今の時点でその大きさ。切開して傷跡が消えるのも考えれば、今からすべきじゃな」
パンナはスノゥに改めて説明を始めた。
「姫さま、今から培養体の心臓と脳に高純度水晶の埋め込みを行ないます。それから、無事に成長を続けたなら、明日にも姫さまを培養体に転移する儀式をします」
「分かりました。私は、無事にいろんなことが進むことを祈るばかりです」
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