第42話 感傷

 スノゥの体組織を採取し、急いで庶民街の地下に戻った。


 モヒートは、拝借した顕微鏡を実験台に設置し、パンナはさまざまな道具を時間がないのでお酒で消毒していた。


「モヒートよ、アタシは、久しぶりに感情が入り混じりすぎている。手元が狂うかもしれぬが良いか?」

「そういう時のための混合回復薬と思っています」

「では、急ぐゆえ、すまぬ」


 戻って早々、パンナはモヒートの体組織を取るため、左腕前腕内側から採取した。モヒートは自ら口を押さえ、必死に堪えた。採取後は、混合回復薬を飲み、ほんの少し余った液体を傷口にかけた。


「ん゛ん゛!傷口に混合回復薬かけると、滲みて痛いだけですね」

「・・・元の素材が、服用するものを使っているからな。さて、アタシも覚悟せねば」


 パンナは、ローブを捲くり上げ、消毒したガラスナイフで、スノゥと同じ左足から採取した。パンナは淡々と作業していたが、涙を流したまま、傷の手当をしようとしなかった。明らかにおかしい行動なので、モヒートが言った。


「パンナ様は回復魔法で傷を塞ぐ。その後、混合回復薬を飲んでください。スノゥ姫のためです!」

「・・・うぅぅ」

「見たくなかったものが多いのは分かります。ただ、この数日間耐え、成し遂げれば、会えなかった時間をやり直し、再開できるんです」

「すまない・・・すまない・・・」


 パンナは、左足に回復魔法をかけ、混合回復薬を飲み干した。


「モヒート、カバンから金属線を取り出し、土壁に適当に這わせておくれ」

「了解です」


 モヒートは実験台に届くよう、金属線を土壁に沿って貼り付け、設置した。


 それから落ち着きを取り戻したパンナは、顕微鏡を使いながら体組織から細胞を取り出し、モヒートとパンナの細胞1/4を切り取った。すかさず、スノゥの細胞を1/2切り取り、ガラス容器の中でくっつけた。


「土壁が適度に放電吸収してくれよ。それ!」


 パンナは非常に弱めた雷魔法を金属線に流し、土壁を通って、ガラス容器の中に放電した。


「どうじゃ?」

「・・・培養液に波紋が広がってますよ!顕微鏡で見ると、ピクピク動いてます!」

「よし、急いで培養装置に行くぞ」


 二人は、箱机に乗り込み、大急ぎで城の地下室に戻った。


 モヒートが地下通路にある培養装置のガラスの蓋を開け、パンナが動き出した結合細胞を流し入れた。


「どうにか出来たのか・・・」

「パンナ様なので、可能ですよ。しかし、この培養液循環に結合細胞は巻き込まれたりしないのでしょうか?」

「ガラス管の繋がっている所を見てみるといい。パタパタと回転しながら羽が動いているだろう?流れの入る・出る場所が互い違いに動いているから、液体の流れは楕円形で流れるようになっている」

「そもそも、ガラス管に入るようなら衛兵は育たないですね。余計な心配でした」

「ふふっ、姫さまに報告して、一旦帰ろう。もう夜だろうからね」

「はい」


 通路からスノゥがいる地下室に入り、パンナが声をかけた。


「我々の体組織から細胞を取り出し、姫さまの細胞と結合後、培養液に投入しております。成長の様子を見ましょう」

「そうなのですね。あの・・・もし、それがうまく育たなかった場合、どうするのですか?」

「その時は、姫さまをここから連れ出します。他国に行って、アタシの持つ知識とその紫色の本で研究をやり直します。姫さまには栄養をつけて頂き、研究結果の解析や錬金術師として再教育から、培養体研究を存分にやって頂きたいと思ってます」

「うわぁ、バヴァの厳しい教育が待っているのね」

「今は、うまくいくことを考えましょう。今日は、また戻ります。捜索されると厄介なので」

「えぇ、待っています」


 パンナとモヒートは、また庶民街の民家に戻っていった。


 民家地下室に着いて、時計を見ると、時刻は夜8時を過ぎていた。もう閉まっているかと思いつつ、集会所を訪れた。


「またどこまで行ってたんだい!夕食が冷めちまうだろ!残しておいたから、夕食食べていきなさい」

「ごめんなさい。猪に追われて逃げたら、山の中を迷ってしまって」

「何、猪が出た?どの方面だ?」

「洗濯をしようとしたら、墓地から猪が2頭来て、びっくりして逃げる方向を墓地の奥の山に入ってしまって・・・」

「なるほど、そりゃ災難だったな。猪は大事な食料だ。明日にでも、暁の民には猟師がいるんだ。狩り行かせよう」

「はい、助かります」


 パンナは、適当な嘘を言ったが、猪くらい出てもおかしくない山なので、気にもとめなかった。


 翌朝、集会所でパンをもらい、民家に戻る。


「モヒートよ。連日、遅くに戻ると、さすがに言い訳が苦しくなる。適当な理由であってもな。そこで、午前中と夕方前辺りで姫さまの元に向かうとしよう。培養体の成長具合を見守るしかない時間だからじゃ」

「では、我々の衣服を洗濯する等の行動で庶民街にいる姿を見せたりしますか?」

「その辺が無難じゃろう。では、必要な物を持って、顔を見に行こうか」


 二人は、地下通路を通って、城の地下室に向かった。


 到着後、スノゥに挨拶し、パンナは食事を与え、モヒートは、培養装置の様子を見に行った。


「ん~、大きいな」


 モヒートは、スノゥがいる地下室に入り、パンナに報告した。


「失礼します、パンナ様。昨日、小さな細胞を入れた培養装置ですが、すでに拳くらいの大きさになっています」

「ずいぶん早いな。姫さまの話では、あの衛兵の大きさになるのが1週間とは聞いてたが・・・」

「そうなんですよ、バヴァ。あの培養装置と液体は、成長を早めるのです」

「ちゃんと育ってくれるのなら、早い方が良いです。あの姫さま、申し訳ないのですが、我々の行動が怪しまれつつあります。今は一旦戻ります。また、夕刻前に伺います」

「えぇ、何かと悟られるわけにはいきません。堅実な行動をお願いします」

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