第20話 ヒポ様

 ガー坊はヴァヴァの手を引いて、地下に下りていく。すぐさま、ガー坊が壁を作り始めるのを横目に、実験室の様子も気になった。ヴァヴァは、ちらりと見ると、大きなガラス筒から女性型培養体を取り出し、培養液を拭き取って、服を着せているドリィとイスイ。


「ちょっと二人共、手間省きたいからよ、魔法陣布でくるんで運ぶってのはどうだい?」

「了解す~」

「分かりました、どこにあります?」

「実験室の壁に立て掛けてある1本のやつで頼む」


 指示通りに、ゴロゴロ転がして培養体を包み、ドリィとイスイの二人がかりで運び出した。ちょこまかと動くガー坊が1階の扉を開け、荷車に培養体を横たわらせる。


「もう出ますが、準備いいですか?」

「・・・あぁ、行くしかないからねぇ。覚悟せねば」


 荷台に培養体、ヴァヴァとガー坊を乗せ、ドリィとイスイはヒッポリー湖の祭壇へ出発した。気付けば薄暗く、もうすぐ日が沈む時刻であった。

 暗がりの道を進むと、以前通った廃坑への分岐点すら遠く感じ、距離感がつかみにくい。日が差す時間帯ならば、ヒッポリー湖を眺める気の紛らわし方もあったが、何も景色が見えないため、ひたすら進むしかない。誰も言葉を発さず、ただ進む。


 ようやく灯りが見え、人が多く集まっている姿があった。そこに近づくにつれ、異臭がする。そして、ヒッポリー湖の祭壇に到着した。


「やっと来たか。おい、荷台から下ろすの手伝え!くれぐれも慎重に!」

「了解!」


 駆け足で荷車に集まり、魔法陣布にくるまれた培養体を反王国隊員たちが運んでいく。ヴァヴァは、少し距離を取りながら異臭がする物体に近付いていく。


「おい、ヴァーさん。ヒポ様の状況分かるか?」

「何十年振りに見るのかね、この化け物を。ずいぶんひどい臭いがするじゃないか」

「失礼な言い方をするな!ヒッポリー湖を長年守ってこられた存在だぞ!」

「守る存在ならば、人を襲ってもいいって言うのかい!元はカバだろ?馬鹿みたいにデカくなって魔道具工房の建物と同じ大きさじゃないか。そして、後ろ足は腐ってカビも生えてるんじゃないのかい?そんな存在が何を守ってくれるんだい!」

「コラ、ババァ!儀式後、どうなるか分かってんだろうな」


「ゴチャゴチャと、うるさいねぇ。アンタ、昔、足食わせた人だろ?味わい深い弾力だったなぁ」


 低くかすれ、ゆっくりと話す声がする。ヒポの頬が、ぱふんぱふんと動いているので、声の主がヒポだと理解できる。


「何ぃ!人の言葉をしゃべるのかい!」

「そうだ、ヒポ様は人を食らってその能力を得ている。王国軍が忘れた頃に何度か討伐に来て、全て食らっておられる。すでに生き神様たる存在だ」


「エルドラド大佐よ、そこの小僧からワタシの匂いがする。力を戻すために、食わねば、体内に取り込まねばならぬ。ワタシの前に持ってきなさい」


「承知致しました」


 エルドラド大佐は、ガー坊を脇に抱えて運んだ。ガー坊は、ヒポに驚きすぎて体が萎縮し動けず、声も出せない。


「ちょっと待ちなよ!精神転移させるのなら、今食らう必要はなかろう!ガー坊を離せ!」

「・・・ヒポ様のご命令だ。静かにせい」


 ガー坊をヒポの前に連れてきた時、ヒポは我慢できずに大きな口を開け、食らいつく!しかし、慌てて襲いかかったことでエルドラド大佐の上半身を飲み込み、その反動でガー坊は弾き飛ばされた。ヒポの口腔内で、もがくエルドラド大佐。足をバタつかせ、たまに見える隙間から、腹部に下顎の大きな牙が突き刺さり流血があった。隊員たちが救助に向かうと、ヒポが頭を動かし近付かせないよう抵抗する。

 10分ほどエルドラド大佐がもがき続けると、ヒポの体がズゥゥンと力なく地面に沈み、エルドラド大佐が吐き出された。しかし、苦しみはまだ終わらない。体を起こしたエルドラド大佐の上半身には黒いモヤが絡みついており、振り払おうとしても

掴めず、目・耳・鼻・口から黒いモヤが入り込んでいく。


「ぐぅぅぅ、お゛ぉぉぉ、の゛ぅぉ」


 腹部から血が吹き出し、頭を抑えながら、もがき苦しむエルドラド大佐。・・・やがて空を見上げ、大きく息をした。


 かすれた声でヴァヴァに言った。


「おい、ヴァーさん。・・・早く転移・・・させろ。そこのガラク・・・タを・・・壊さ・・れたくな・・・いだろ?」

「くそぅ!とっとと、魔法陣の中央に寝な。ほら、そこの隊員たち、手伝え。培養体を少しずらして」


 ヴァヴァは、もちろんやりたくはない。しかし、周囲に反王国隊員たちも多くいるので、抵抗しても不自由な体ゆえ逃げ出すことができない。魔法陣布のそばに立ち、杖を右手で振り上げ、小声で早口に詠唱を始めた。魔法陣の上では、エルドラド大佐が血を吐いている。

 詠唱が終わると、培養体の体がガタガタと震え、ほのかに輝き出した。それと同時にエルドラド大佐の体から力が抜け、首が真横に大きく傾いた。


「ぁ゛~、死ぬかと思ったぜ」


 培養体の上半身を起こし、言葉を発した。手の指先を動かし、手の平で体を触って確認をしている様子。周囲の隊員たちは状況を見守っている。


「大佐なのかい?」

「あぁ、そうだ。オレだ、エルドラドだ。女の体に入るというのは驚きだが、なんともしなやか気がするな。声も、いずれ慣れるだろう。低音の声した女もいるしな」


 女性型の培養体に転移したエルドラド大佐は、ゆっくりと立ち上がった。


「ふむ、筋力は前より落ちた。しかし、力はみなぎっている。いや、不完全か。あ、そうだ、ヴァーさん」

「・・・なんだい」

「オレは、ヒポを逆に食らって取り込んでやった。だから、培養体で蘇っても人以上の存在、魔人になったと言えるだろう。だが、不完全だ。今から完全体になろうかと思う」

「どうやって?」


 エルドラド大佐はガー坊に駆け寄り、右手でガー坊の胸を貫き、すぐさま引き抜いた。

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