長生き老婆とガラクタ少年

まるま堂本舗

第1話 帰り道

「雨強くなりそうだから、品出しはそのくらいにして、早く帰れよ~」

「は~い、店長分かりました」


 店長に言われたので、商品陳列を止め、帰る準備をする。この時期は雨が振りやすいので、ろうを塗り込んだローブを被り、店長に挨拶をした。


「お先に失礼します。お疲れ様でした」

「あぁ、また明日な~」


 道具屋の裏口から出て、いつもの裏路地を通って家に帰る。しかし、今日は大雨のようだ。まだ夜遅いわけでもないのに街灯が白くモヤがかかり、景色が違う。見慣れた場所が天気によって、幻想的な風景になる。なので、雨は嫌いじゃないんだ。しかし、大雨となると厄介だな。路地が濡れて滑りやすくなっているが、早く帰りたいので走ってしまう。


 バシャ、バシャ


 水たまりを飛び越えるが、ローブを着ているせいで、どうしても歩幅が狭く、水たまりを踏んで靴まで雨水が染み込んでくる。帰り道である裏路地の途中、広場に通りかかる。昼間なら、子供たちが遊び、大人たちが談笑にふける場所。さすがに雨の日だし、夜だから誰もいない。急いで広場を突っ切って進んでいると、麻袋のようなものが壁際に並んでいる光景が目に入った。


「今日はゴミ出しじゃないのに、雨の日だからどさくさ紛れに捨てていって、いい加減な奴がいるもんだ」


 いつもなら、走り去ってしまうのに、近くに寄ってしまう。大雨の中、麻袋の底から染み出す液体が見えた。


「何だ、これ?・・・・・んぐっ!」


 一瞬、喉元に冷たい感覚が触れられた後、溢れ出る温かいものが胸元から下腹部へ流れ通る。気付けば、水たまりに顔を突っ込んでいた。何が起きたのか、よく分からないまま視界がぼやけて、考えることが出来なくなった。



 全身を覆い隠す黒いマントと口元を隠した集団が、暗闇から倒れた少年の元に集まってきた。

 ひときわ背の高い姿が、少年に手をかけた者に対して言った。


「何だ、このガキは?」

「はい、大佐!ローブを着た者を仕留めるよう指示を受けておりましたので、任務を遂行致しました」

「ぉぃぉぃぉぃぉぃ、こんな子供がよ~、高位の魔法使い集団にいるとは考えにくいよなぁ?あ゛ぁ、情報あったか?」

「先程のローブを着た集団と背格好と高さが似通っていたため、残党だと考えました」

「事前の情報は5人。すでに、仕留めているのが5体。お前が仕留めたというのは、考えるに対象外。無駄なことをしたな、8号隊員」

「はっ、いや、あの、最近加入したばかりで・・・」


「お前ら、強盗だな!」


 通路のどこからか人の声がして、死体ということがバレたようだ。


「・・・お前らは散開して、アジトに集合。散れ!」


 広場に潜んでいた者たちが、影だけを映して消えていった。


「さて、何体一緒に移動出来るんだろうねぇ」


 残った大佐と呼ばれる男は、左拳を突き上げ、静かに言った。


「転移」


 左小指の指輪が妖しげに光ると、大佐と周囲の麻袋のようなものが消え去った。


 その光景を目にした者が広場中央まで駆け寄ると、周囲には何も残っていなかった。降り続く雨で赤黒い液体は排水口に流れ、痕跡がどんどん消えていった。


「どこへ行きやがった!」


 叫ぶ目撃者。


「うるせぇぞ!」


 複数の窓が開けられ広場に密接した近隣住民が、大雨でも聞こえるほどの声で反応した。


「ここで強盗がいたんだ。複数横たわる者があったんだ!」

「いねぇじゃねぇか、とっとと帰れ!」

「何だよ、消えたんだよ」


 目撃者は、適当にあしらわれ、洗い流される証拠と共にその場から離れていった。



 ベシャッ!


 転移した場所は、どこかの大通りの真ん中で、5つの麻袋とローブを着た少年死体と共に大佐は立っていた。


「んだよ、転移の指輪が割れちまった。人数制限でもあるのかねぇ。さて、雨に濡れてるから、腐らねぇうちに作業に取り掛からないとなぁ」


 大通りに面した[本部]と看板がある建物に入る大佐は、ドアを開けるなり、大声で叫ぶ。


「おい、待機班!荷物運ぶの手伝え!」

「了解!」


 ぞろぞろと深く濃い藍色の服を着た人々が建物から出て、土砂降りの中、荷物の前に並ぶ。


「この6つの荷物を魔道具工房に運び入れる。抱え上げて、待機してくれ!」

「了解!」


 待機班が荷物の周りに集まり、速やかに抱え上げ準備に入る。

 大佐は、向かいの建物である魔道具工房のドアを開けた。


「バーさん、起きろ!仕事だぞ!バーさん!どこにいる!」


 カッ カカッ カッ カカッ カッ カカッ


 暗い部屋の奥から、杖をつく音がしてローブを纏った小さな姿が近づいてきた。


「なんだい、こんな夜中に叩き起こして。足が不自由で杖つく老人を急かすんじゃないよ!」

「バーさん、あんたの仕事だ。蘇生して情報を聞き出す必要があるんだ。雨に濡れて、死体の状態が良くない。だから、急ぐ必要があるんだ」

「・・・あのな、アタシは『バー』ではない、『ヴァヴァ』だ。ヴァヴァ様と呼びな!」


「立場が分かってねぇようだな。あんたは、そもそも捕虜だろ。知識と経験豊富な魔法使いだから生かしてやってんのに、またヒポ様に食らわれるのが、ご希望かな?ヴァヴァァァァ!全身捧げるかぁ!」

「・・・片足食われただけでも十分だろ、エルドラド大佐よ。とっとと地下室の魔法陣が描いてある部屋に運びな」

「ヴァーさんよ、立場はわきまえた方がいい。おーぃ、地下室に運び入れろ」


 ぞろぞろと、麻袋が室内に運び入れられ、部屋奥にある階段から地下室に下り、通路の突き当りから左に曲がると実験室がある。魔道具照明で照らされた実験室には、さまざまな実験器具やガラスで出来た大筒が設置されている。その間を通り抜け、奥にある魔法陣の部屋に麻袋と少年死体が運ばれた。


「その麻袋から中身を出せ。そして、仰向けで寝かせるように。しかし、相変わらずこの部屋は冷えるな」


 エルドラド大佐が指示を出し、死体が丁寧に並べられた。


「で、どうすんだい?この少年も含めて全員蘇生して尋問すんのかい?」

「いくらヴァーさんの魔力が強大だからって、そんな酷なことはさせねぇ。というより、死体の確認をして事前情報通りの奴らなのか確認もしたい」

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