ディナー

目取眞 智栄三

   大好きなメニュー



 噛まれちゃった。ゾンビに。

 二日前に発生したパンデミック。都会のこの街で逃げ回る人々の中に私はいたけど、走るのが速い感染者に追い付かれて。

 その後もお仲間さん達が私を襲い、フライドチキン感覚で皮膚を取っていく。噛まれた当初はもちろん痛みがあったのだけど、もうそれを感じもしない。それどころか、意識がおかしくなる。


 誰かを食べたくて……血をすすりたくてと思うほどに。


 ああ、そうか。ゾンビになっちゃったんだ。

 霞んでいく視界の中、自分のこれからを悟る。人間としての日常を失い、彼等彼女等と同じ異常行動者として歩く存在に。

 ああ、やりたい事があったのに……。

 友達ともっと遊びたくて、ライブにも行きたくて……。

 彼氏の大二だいじ君とも食事にも行きたかった。高級なお店じゃなくて、ファストフードでもいいから。好きな人となら何でも美味しく感じられるはずだよね? 幸せそうな顔になるよね。

 ……ん? 何でも?

 改めて私を食べるゾンビを見る。まぶたが重くなって完全に確認出来なかったけど、同じ表情をしていた気がする。

 幸せそうな、そんな顔を。

 瞼が閉じる前に目にした光景に、私は「そっか」と心の中で思い付く。


 大二君を私がゾンビにして、一緒にゾンビを食べるデートをすればいいんだ、と。

 


 *


 お腹空いた。それがゾンビになって初の感情だった。

 私が人間でなくなったからなのか知らないけど、周囲にいた同類・・は別の場所へ向かっていく。

 薄情だと思わなくもないけど、そんな事はどうでもいい。早く大二君を見つけて、食事デートしないと。

 そう考えると私はボロボロになった身体で立ち上がって、モノクロって言うの? そんな感じの視界の中で歩を進める。

 外国からの観光客も多く来るこの都会。多様な肌の色や言語が飛び交い襲い合う。可哀想な気はあるが、それすらもどうでもいい。私にとって大事なのは……。 

「この化け物が! 死……⁉︎」

 何か棒みたいな物で男の人が襲ってきたけど、それを別のゾンビが勢いよく噛み付く。どうやら私は助かったらしい。ゾンビになってる時点で、助かるも何もだけど。

 それにしてもお腹が減る。異常に減る。私もその人食べたい。

 けど、我慢しなきゃ。私の初めての相手は大二君で、二人でディナーを……。

 刹那、動かしてにくい足を止める。その理由はただ一つ。大二君が、目の前のスーパーから出てきから。

 ゾンビになって自分がどんな顔をしているのか判らない。むしろ笑顔を作ってと言わなれても、表情筋が動かしにくい。それでも多分、私はそんな笑みを浮かべていた気がする。

 これで一緒に……。


 バァン!


 大好きな彼氏に近づこうとした瞬間、大きな音が鳴る。平常時でも、日本では滅多に耳にしない音。

 しかし、私は音の方を確認しない。眼前から、視線を外せない。額から血を流す、大二君から。

「よし、まずは一匹。次は……」

 背後から、女の声とカチャカチャと何かが聞こえてようやく振り返る。

 そこにはお巡りさんの制服を身に付けた若い女性が、銃に弾を入れる作業をしながら私を見る。怯えながらの笑みで。

 こんな状況になって警察でも怖がってるのは解る。けど……。

 大二君を『まずは一匹』って言った? まだ人だった大二君を、人外扱いした?

 目の前の卑劣な人間が、銃を私に向ける。

 私も殺す気なんだ。人とゾンビの区別もつかないくせに。

 こいつ、殺すか。本当は嫌だけど、噛み付いて。その後、他のゾンビ達に噛まれて、引き千切られて、骨も砕かれて。 

 うん、そうしよう。こんなクズには、惨たらしい最後……を?

 敵意しかない感情の最中、自分の身体に異変を感じる。

 さっきまでかなりの空腹だったのに、今は軽めの減り具合に。更に、生きている人間を見ても、食べたい欲も失せている。

「何で……⁉︎」

 自分の声に驚く。いや、声と言うより、喋れることに。

「え? 喋れる? 生きてるの?」

 銃を構えたままの質問。それに私は、答えない。それよりも周りに目を向ける。

 モノクロだった世界は色を取り戻し、色が復活している。そのおかげで、はっきり見える。白い煙が辺りを包んでいる事と、近くにいたゾンビ達が襲うのを止めている事に。

『こちら、中村なかむら。応答願う』

 不意に、男性の声がした。女の警察から。どうやら、無線のようだ。

「こちら、田中たなか。どうぞ」

 銃を降ろさないままそれを取り、会話を始める。私に向ける表情も変えずに。

『状況は?』

「それが……、感染者が襲撃を止めて、言葉を話し出して。どうなってるのか解らない状況です」

『……襲って来ないんだな?』

「まだ正確な判断は難しいですが」

『そうか』

 そう言った後、数秒の沈黙が流れる。その間も、銃を降ろさない。


『田中だっけか? もしかしたら、成功したかも知れん。ゾンビから人間に戻す薬に』


 唐突に聞かされた台詞に、「え?」と女は間抜けな声を出す。そして、私も。

「あの……どういう事ですか?」

 無言を貫いていたが、出来るだけ声を大きくして訊ねる。

『今喋ったのは、人間に戻った可能性のある方ですか? 随分とガラガラ声ですが』

「人間に戻ったか、判らないですが……ゲホッゲホッ一応」

『無理に喋らなくて大丈夫です。質問の答えですが、白い煙が見えていると思いますが、その影響の可能性があります』

 首を傾げる私だったけど、無線の相手は説明する。

 周囲に広がっている煙は、ゾンビを人に戻す成分が入っているらしい。いや、正確に言うと、実際に使うのはこれが初めてだとの事。本当はもっと研究を重ねて使うべきだったかも知れないが、被害を抑える為に急遽しようたらしい。

『以上です。他に質問は?』

「……何で撃ったんですか?」

『うった?』

「あなたじゃなくて、私に銃を向けてる田中さんに」

 質問の相手を変えると「私?」と漏らす田中に、私はゆっくりと歩く。

「どうして撃ったの? あのスーパーから出て来た男の人を……私の彼氏を!」

「⁉︎」

 田中は目を大きく開いて、驚いた顔をする。私の大きな声にか、大二君を撃ち殺した事にか。

「大二君は生きてた! 私には、解る。だって美味しそう・・・・・って思ったし」

「それは……ゾンビかも知れないと」

「確認もしないで? まずは一匹って言ってたくせに?」

「……」

「ふざけないでよ! どうせただ銃が撃ちたかっただけじゃないの?」

「……」

「そうなんでしょ? 答え……」


 バァン!

 

 田中の両肩を掴んで叫んだと同時に、聞き覚えのある音が耳を通る。通り過ぎて、鼓膜が破れたのではないかと思う音。

 それと同時に、胸の痛みが走る。そこに視線を合わせようとしたけど、身体がいう事を聞かず、コンクリートの地面に倒れた。

『……何の……まさか撃っ……のか? どう……だ? 返事を……』

 無線から田中に対して何か言っているけど、よく聞き取れない。更に言うと、その田中がどんな顔なのか知れない。見る事が出来ない。

 今、私が目に入れられるのは大二君の遺体だけ。 

 その彼氏を見て私は……


 美味しそう、と腹を空かせた。


(完)




 



 





 




 







 

 



 




 


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