第12章 魔族領へ
第126話 ヴィオレッタの決意
「あ、あのね。ルティス……」
アリシアをカレッジに送った帰り道、ルティスと並んで歩いていたヴィオレッタは、急に彼の袖を引っ張っりながら話かけた。
なんとなくそわそわしているような雰囲気が伝わってくる。
「どうしました?」
「えっと、その……。今晩は、わたくしの……」
「今晩? ああ……」
言葉少なげに話すヴィオレッタだが、彼女の素振りでなんとなく言いたいことは伝わってきた。
先日は彼女のことを想って、話をして一緒に寝ただけだった。
ルティスとしては、できるだけ彼女の意思を尊重しようと思っていたし、今日もそうするつもりでいた。
「べつに無理しなくてもいいんですよ。ひとりで寝るのでも構いませんし」
「ううん……。そんなことない。またいっぱい話もしたいし、それに……」
「それに?」
「うー、恥ずかしいから言わせないでほしいの……。……わ、わたくしも、リアナやアリシアみたいに……」
立ち止まったヴィオレッタは、両手の人差し指を顔の前でモジモジと突き合わせる。
うつむいていて顔はよく見えないが、長い黒髪の隙間から覗く耳はほんのりと赤く染まっていた。
そんな彼女の頭を少し強めに撫でると、上目遣いでじっとルティスの顔を見上げた。
「慌てなくても、時間はいっぱいありますから」
ルティスがそう答えると、ヴィオレッタは伸ばされていた彼の手を包み込むようにそっと両手を添える。
そのまま自分の頬に彼の手を当てた。
ルティスからは彼女の顔が火照っているのがはっきりとわかった。
「うん……。でも、わたくしはもう決めてるから。それだけ伝えておきたくて……」
「そうですか。わかりました」
ゆっくりとルティスが頷いたのを見たヴィオレッタは、今度はぶら下がるようにぎゅっと彼の腕を抱く。
そして嬉しそうに身体を押し付けた。
「……む、胸とかないけど、がんばるから」
「あはは、頑張らなくても大丈夫ですよ。――さ、帰りましょう」
「うん! 帰ったらおやつ食べるー」
「食べてばっかりで、太ったりしないんですか?」
「んー、どうかなぁ。太ったら、もしかして胸も大きくなったり?」
「その前にお腹のほうが大きくなりそうですけどね」
ルティスは彼女の話に繋げて、単純にお腹に肉が付くことを指して言ったつもりだった。
しかし、ヴィオレッタは急に押し黙って俯いてしまった。
失言だったかと思ったルティスが慌てて聞き返した。
「……えっと、どうしました? すみません、失礼なこと言って」
「ルティスったら、気が早いんだから……」
ヴィオレッタは顔を真っ赤にしたままで、じっとルティスの顔を見つめた。
彼女の考えがいまいちわからなかったルティスは、自分の言葉を改めて頭の中でなぞった。
そして、ようやく理解する。
「あ……。そ、そういうつもりで言ったんじゃ……」
慌てて弁明するが、ヴィオレッタは小さく首を振った。
「う、ううん……。いいの。だって……そういうことだよね。わかってるつもりだよ」
ヴィオレッタはぎゅっと手に力を入れて、ルティスの腕を胸に抱き寄せた。
◆
「入るね……」
その夜――。
ルティスの部屋をノックしたあと、隙間から控えめに顔を出したヴィオレッタは、小さな声で確認する。
「どうぞ」
「ん……」
ルティスの言葉にこくりと頷いたあと、するっと扉の隙間から中に入って、そっと扉を閉めた。
薄紫色のネグリジェ姿の彼女は、借りてきた猫のように、いつもと雰囲気がだいぶ違う。
ただ、それだけ彼女が緊張しているのだと思うと、どうにかそれを解さないといけないという気持ちもあった。
「とりあえず、しばらくお話でもしましょうか」
「う、うん……」
ルティスが声をかけると、ヴィオレッタはゆっくりと近づいて、ベッドサイドにちょこんと座った。
前回も緊張していた彼女だが、今日はそれに輪をかけてガチガチに見えた。
そんな彼女を落ち着かせようと、後ろから手を伸ばして優しく頭を撫でる。
「……ありがと」
「少し聞いてもいいですか?」
「うん」
そのままルティスが話しかけると、彼のほうを振り返りながら笑顔を見せた。
「ヴィオラさんも、産まれたときは赤ちゃんですよね? 誰に育てられたんです?」
「もちろん魔族だって最初は赤ちゃんよ。魔力が強くなってきた5歳くらいまでは、本当のお母さんが育ててくれたみたい。そのあとは、お父さんの部下だった方が引き取った……って聞いてるわ。わたくしは全く覚えてないけど」
ヴィオレッタは思い返すように、斜め上を見上げながら答えた。
「えっと、それじゃもしかして、その頃までは魔族領にいなかったってことです?」
「そうなるのかな。って、昔すぎて全く覚えてないけど」
「そりゃそうか。そのあと、お母さんとは会ったりしてたんですか?」
ルティスが尋ねると、彼女は少し目を伏せて首を振った。
「ううん……。全く」
「……そうなんですね」
彼女の話の通りなら、それ以降は本当の両親と離れて生きていたということなのだろう。
魔族としての生活はよくわからないけれど、自分に置き換えてみると、大変だっただろうということは容易に想像できた。
ルティスは背中からそっと、彼女の折れそうなほど華奢な身体を抱き寄せる。
「ん」
小さく喉を鳴らしたヴィオレッタは、彼に背中を預けてくる。
まだ湯上がりで少し体温が高い彼女の温もりがはっきりと伝わってきた。
「淋しくなかったですか?」
ルティスが尋ねると、しばらく考えたあと、ゆっくりと答えた。
「……寂しかった。ただ、世話してくれる人はいたから、我慢できたかな」
「イリスさんとかも?」
「んー、イリスは最近だけどね。……でも、こうして誰かに背中見せることはなかったかな。――知ってる? 魔族って魔力は強いけど、ポンって胸をひと突きしたら簡単に殺せるってこと。だからそれが一番怖いの」
ヴィオレッタはそう言いながらルティスの手を取ると、ここが弱点だと指し示すように、自分の胸にそっと当てた。
ほとんど膨らみも感じないほどのサイズの胸は、呼吸と共にゆっくりと上下しつつ、多少早さを増した鼓動がはっきりと感じ取れた。
「正直、ヴィオラさんを見てても、強そうには全く見えませんけど。すみません」
「あはは、別に。ま、ルティスはそーゆー目で見てくれるからなのかわかんないけど、わたくしも怖くないの。不思議」
「ヴィオラさんも怖いって思うんですね。――あ、この前も高いところ怖いって言ってましたね」
「あはは、意外かもしれないけど、周りのひとみんな怖いって思ってるよ。アリシアやリアナだってまだ少し怖いもの。安心できるの、ルティスだけ」
そう吐露した彼女は、ルティスの腕の中でくるっと体を回すと、間近で顔を見合わせた。
「それは光栄ですね」
「……だから、ルティスの好きにしていいよ。嫌なことしないってわかってるから」
ヴィオレッタは目を細めると、そのままそっと顔を寄せた。
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