第9話 他力本人

「水晶の模様が消え、たな」

「神楽さんの模様が‥‥‥消えた?」


 マイと振り向きあって、若干動揺する。

 ユウキさんだけは表情を固く、そして鋭く俺に視線を飛ばしていた。これは、もしかすると定番のレアスキル覚醒イベントなのだろうか。


「模様なし‥‥‥。となると神楽くん、残念ながら神楽さん自身に技能が認められない状況です」

「え」


 まさかの無能力。俺はなんの力もないという事がどうやら証明されてしまったようだ。だがそうなると腑に落ちない事がある。それは。


「ユウキさん、私は見たんです!神楽さんが、神楽さんが盗賊を追い払った時に使ったあの超人的な力を!あまりの魔力が暴走してエンドンに向かってしまったから、私が全力で街の守護結界を発動させたのに、結界が崩壊寸前まで追い込まれたんですから‥‥‥」


 マイがしゅぴっと手をあげて主張する。

 その回答を持っているといわんばかりにユウキさんはマイの白髪にぽんと手をのせる。


「そう、マイは私も認める守護騎士であり、この世界でも上位の魔力の持ち主。そのマイの結界が破られるほどの魔力を神楽さんは放った訳です。暴走した魔力がエンドンを襲いかけたので今回は私も結界の維持に手を貸しましたが、ここ数十年で滅多になかった事です」

「ユウキさん‥‥‥」

「あの魔力はエンドンすら簡単に焼失させ、この世界、リラックすら消滅させる規模だった。結界程度では守りきれなかったから、今回は私が神楽さんの魔力を反魔力の領域で包み、相殺しつくす事で事なきを得ました。その規模の魔力を神楽くんは行使した訳です」


 マイの柔らかな髪の毛を鋤くように、柔らかに撫でる。目を細めて、心地良さそうに受け入れるマイ。


「だから、神楽さんに技能がないという事はありえません。しかし、紫水晶は神楽さんの技能を示さない」


 その問いに関する答えは。


「となれば、答えはひとつ。マイ、神楽くんとキスして下さい」


 え。


「え、えっ?」


 開眼するマイ。先程の猫のような安堵はどこへやら。突然の指示に、羞恥の表情がうかんでゆく。


「ふふふ。冗談ですよ、ごめんなさい。ですが神楽さんのどこか一部に触れて見てください、それでわかります」

「......もう、びっくりさせないで下さいよ」


 ぽそりと呟くマイ。

 なんとなくほほえましい。


「とりあえず手をつないでみるか」


 マイに右手を差し出す。


「‥‥‥はい」

 ぱっちりとした目で確認し、若干動揺し、観念したのか、マイは左手をおずおずを重ね合わせた。硬質と柔和が入り交じる、女の子の手だ。

 指を絡め、きゅっと握る。柔らかな感触とその温もり、そして鼻腔をくすぐる異性の香り。


「‥‥‥っ」

「大丈夫か、マイ」

「‥‥‥大丈夫、です」


 その瞬間、紫水晶が轟音と共に、文字通りに弾け飛んだ。

 強烈な爆裂音と共に鋭利な破片が爆散し、室内全体に破壊を振り撒く。これが直撃などしたら、相応の重傷を負うだろうと瞬時に判断できる圧倒的な衝撃。衝撃波が部屋を襲い、調度品が一斉に揺らぐ。


「おおっ!?」

「神楽さん危ない、下がって!」


 握られた左手を支点に、右より瞬時に俺の前にマイが跳躍した。無限大に拡散を始める水晶の破片。唐突なスローモーションが始まった世界の中で、少しずつ現実が更新されつつあるなかでも、彼女は自らを楯とし、俺を守ろうとする。


 だが。


「うるさいたまには守られろ!」

「きゃっ!?」


 マイの体は異常に軽く、右手一本で後方へ軽々と投げ飛ばしてしまった。そんなに力をいれたつもりもないが、異常にマイが軽いのだ。

 すまんが、飛んだあとはマイに任せる。あとは、俺の防御をどうにかせねば。


「やはり、そうでしたか。神楽くんの技能は‥‥‥」


 独り言を呟くやいなや、ユウキさんは俺とマイの前に優雅に前進。人差し指を一本、ついっと右へずらす。無量大数の破片は目の前だ。


「‥‥‥止まれや」


 一喝。

 その瞬間、水晶の爆裂は停止した。


「‥‥‥そんで、戻れ」


 ついっ、と指をさらに一閃。

 その言葉だけで、水晶は自らの意思を持つかのように、一つ一つの破片が結合と復元を重ね、一瞬の刹那のうちにもとの形状に戻った。


 ‥‥‥おいおい、なんだその反則的な技能は。ユウキさんの顔を除き混むと、唐突に目があった。ふふふ、と静かに笑うユウキさん。


「いえいえ、神楽さんの技能の方が反則ですよ」

「ユウキさんは、エスパーかなにかですか?」

「ただのしがない酒場の主ですよ」


 そんな訳ないだろ。


「そんな訳で神楽くん、あなたの技能がわかりました。あなたは触れた他人の能力を限りなく強力にした状態で、自分の技能として行使ができる技能を持っています。いわゆる、他力本願の極みといったところでしょうか」


 気づけばなにもなかったかのように落ち着いた室内で、ユウキさんは高らかに宣言した。


「私の知っている限り、1万年前に他力本人と名付けて近しい技能を行使していた人間がいると聞いた事がありますが、かなり珍しい技能ですね。いやいや珍しいですね」


 若干興奮した口調で俺に説明するユウキさん。どうやら俺があの盗賊達に行使した力は、マイの守護騎士としての力を増幅し、俺の力として行使した結果ということになるだろう。

 合点がいった。と同時に、ひとつの疑問がわく。


「って事は、俺の力は誰かが近くにいないと、全く機能しないという事になりません?他人の力を借りられないですし」


 懸念を眼差しをユウキさんに向ける。その本人は髪を指で書き上げ、ふぅと一息。


「‥‥‥気づいちゃいました?」


 どうやら俺はかなりピーキーな技能に目覚めたようだ。ああ、やはり俺は完全無欠の勇者に選ばれるような器ではなかったらしい。


「神楽さん‥‥‥よかったですねぇぇぇ」

 俺に投げ飛ばされてバーカウンターに全身を打ち付けたらしいマイが、恨めしそうにこちらを見ている。

 色々際どい所が見えそうに、大股をひらいてぷるぷると震えていた。


 さて、この騎士を、仲間にしますか?

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