第2話 お隣でも

「おはようございます」


更衣室で会社の制服に着替えたわたしが席に着いたところで、2つ上の先輩、夏目さんが声をかけてきた。


「藤崎さん、嶋内くんは?」

「知らないです」

「お隣なのに?」

「はい、お隣でも知りません」

「冷たいなぁ」



わたしの勤めるMY不動産では、地方出身の社員に自社管理物件を一部家賃補助の上、社宅として貸している。

通常は入居者が少ない物件に住むことになるのだけれど、偶然、大学生の時からずっとMY不動産の管理物件に住んでいたわたしは、そのままそこに住ませてもらった。


航の部屋は、もともとお兄さんの雄大が住んでいた部屋だった。

父親名義で借りていたため、雄大が大学を卒業後、会社の近くに引っ越すのと入れかわりに、航が住むようになった。

そして、航も大学卒業後、MY不動産に就職したので、わたしと同じ理由でそのまま同じところに住んでいる。


会社から電車で40分ほどの距離にあるマンションは、駅からは徒歩10分、乗り換えなしの1本で会社まで来られるので、かなり交通の便が良いといえる。


だから、引っ越さないでいるだけ。




「おはようございます」


始業時間5分前になって航はようやく出社して来た。


昨日こっぴどくたたかれた頬は腫れている様子もなく、普段と変わらぬ様子だった。


「相変わらず嶋内くんはかわいいなぁ」


夏目さんがにこにこしながら航を見ていた。



顔だけはね……


社会人1年目の航は、22歳だけれど童顔で、随分若く見える。もしかしたら高校生と言っても誰も疑わないかもしれない。


会社では猫をかぶってるから、航は「かわいい新入社員」で通っている。

でも実際は、女をとっかえひっかえしてるようなやつ。




給湯室でコーヒーを淹れていると、航が隣にやって来た。

肩がふれている。


「真帆、起こしてくれれば良かったのに」

「知らない。自分で起きて」

「鍵渡すから」

「いらない。彼女に起こしてもらって」

「オレ、彼女いないし」

「だったら、いろんな子と遊んでないで作れば?」

「真帆が彼女になって」

「嫌っ」


そんなやり取りをしていたら、夏目さんが顔をのぞかせた。

先に気がついた航がわたしと少し距離をとった。


「嶋内くん、おはよう」

「おはようございます」

「今朝、遅かったね」

「寝坊してしまって。社会人なのに恥ずかしいです」

「間に合ったからOKだよ」

「良かった。夏目さんにそう言ってもらえて安心しました」


航が笑顔を見せる。


わたしはふたりが話している間に、そっと席に戻った。

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