噺家ばなし 完
朝香るか
寄席で
第1話
噺家は話し始める。
「なぁこんな話を知っているかい?」
「なんだよ勿体ぶって」
「酒乱の男が家族をもったんだと」
「よくある話だねぇ。昭和の後期の話かい」
「冗談言っちゃいけないよ。平成後期の話さ」
「へー。色々規制もできたけど娯楽の多い時代だったのに」
「酒乱ねぇ。毎晩酒に逃げるのさ。そしたら家庭に帰って暴力をふるうのさ」
「へえ。やな男だね」
「そのやな男に惚れた女もいるもんだから質が悪いのさ」
「まさか子供なんていないんだろ。育てられるとはおもえないね」
「それが2人もいるってんだから驚きよ」
「へぇ、そんなことあるのかい。子供に暴力はいけねぇよ」
「一般的にはそうなんだろ。しかしその家庭では子供に暴言や暴力をふるうのが当たり前ってんだ」
「へぇ。悲惨な家庭だねぇ。親戚とか誰か助けないのかい?」
「その父親っているのが外っ面はいい男なんだと。親戚関係の人間は誰も気が付いてないってさ」
「そんなこと可能なのかい? 親戚にはばれなくても近くに住んでいる人はどんな様子か知っているんじゃないのかい」
「知っているはずなんだが。『うちの事だから干渉しないでくれ』って奥さんが言うんだとさ」
「子供にとっては地獄のような空間だろうよ」
「だろうな。誰にも助けを求めなくなって笑うこともなくなったんだ」
「へぇ。そんなら学校の先生は助けてくれるんだろう?」
「まさか。見向きもしなかったさ。助けてもくれないしニタニタした笑いを浮かべて児童を見るだけさ」
「公務員だろうに。何とか止められないもんかね」
「その当時は何も支援っていうのがなくてさ」
我慢するしかなかったそうだ。理不尽だろう。そう問いかける噺家は同情している様子ではなく楽しい話をする様子だった。
「10年以上そんな感じだったんだとさ。子供は男の子だったんだと」
「へぇ。その子はどうなったんだい?」
「もちろん親に反抗できるようになってきたら対抗するさ。でもまだ経済的にも自立はできないだろう」
「ああ。何とか無事に育ってほしいねぇ」
「そんなときにお節介な夫婦が引っ越してきたんだよ」
「その子を助けてくれるかね?」
「なんと助けてくれたんだな」
「たびたびウチに来ないかと誘ったんだ」
「そんでどうなった?」
「母親にばれて連れ戻されたさ。それでもあきらめず誘って公園なんかで話を聞くんだよ」
「へぇ。優しいねぇ。でもそれって訴えられないかい」
「母親からは何度も注意が言ったさ。それでもあきらめずに何度も何度も話をつづけたのさ」
「こんなにも傷があるっているのに何もないなんてあるわけない。この子は保護されるべきだよ」
「本当にそんなことできると思っているんですか? たったこれだけの傷です。本人が転んでけがをしているだけですから」
「母親はこうして譲らないんですわ。そんなんだから息子は高校進学と同時に両親の元を離れて夫婦のところに身を寄せるんですわ」
「高校ゆうても未成年でしょうに」
「そう。だから3日に一度は帰るくらいの距離感ですわ」
「それなら何とか訴えられずに済みますな」
「訴えられえたのは父親の方なんです」
「何をしでかしたんです?」
「会社の忘年会でお酒を飲みまして酒乱が出てしまいまして会社を首になったんですわ」
「自業自得じゃないか」
「そうなんですけど。子供への暴力が減った代わりに母親に暴力が行くようになりましてね」
「何とも。別れた方がいいでしょうに」
「それでも別れられないと」
「何か弱みでも握られているんでしょうか」
「惚れた弱みですわ」
「子供たちは大丈夫か」
「もうすっかり高校も卒業して立派に働いておりますわ」
それならよかった。
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