ダンジョン探索の食事事情


 時は幸助がノアを仲間に加え、超高難度ダンジョン【絶望の虚】の第199階層を攻略していた頃の事だ。


 199階層を探索し始めて四日目。


 幸助は【フォーチュンダイス】やフェイトの手によって改造されたスマホ【グリモア】を駆使することで、ほぼ最短距離で199階層を攻略していた。


 ダンジョンの複雑に入り組んだ構造も、カンストした運気と【激運】のスキル補正を前には何の障害にもならない。


 これまでに何度か道を外れはしたが、その先には決まって宝箱や希少なアイテムがあった。


 もっとも、その不自然な速度の攻略がダンジョンマスターの目に触れたことで、後に別の困難に遭遇することになるのだが。


 ともあれ、順調に第200階層へと続く階段へと進んでいた幸助たち。


 しかし、ここに来て幸助は転生後最大の危機に直面していた。



――その日の昼食時


「ノア、そろそろお昼にしよう」

『……』


 周囲の魔物を排除し安全を確保した幸助は、マジックバッグから自分とノアの2人分の携行食を取り出す。


 ダンジョン攻略の中で唯一の楽しみである食事。


 にもかかわらず、二人の表情は暗かった。


「これが最後の携行食……」

『……』


 この携行食は一回の食事に必要な栄養素を1食でカバーできる優れものである。


 これは非常時の際に幸助が一週間食うに困らないことを考えてフェイトが21食分用意し、マジックバッグの中に忍ばせていたものだ。


 さらに、フェイト特製の携行食には微弱な回復効果まであり、戦闘での疲労を癒し、ダンジョンの攻略に一役買っていた。


 常に命の危機に晒されるダンジョン攻略。


 いつ魔物に襲われるか分からない環境では、安心して眠ることすらままならない。


 そのような極限状態の中で唯一、この食事の時間だけがダンジョン攻略で荒んだ心を癒してくれた。


 しかし、その楽しみもこれで最後。


 二人は味わって小さな携行食を飲み込んだ。


「夕食はどうする、ノア?」

『……』


 第199階層には、主にアンデッド系の魔物が出現する。


 アンデッドに分類される魔物は大きく分けて3種。


 ゾンビ系、スケルトン系、そしてゴースト系である。


「ゾンビの肉は食べたら腹を壊しそうだ。一応、火属性の魔法は使えるから加熱はできるんだけど……無理だな。紫色の肉とか、例え火を通しても毒が残ってるだろ」

『……』

「スケルトンは骨だしな。……出汁を取る?……腹壊しそう。ゴーストは非実体だから論外」

『…………』

「どうにかして食料を手に入れないとな」

『……!』



***



 昼食から数時間後。


 二人の目の前には、昼食後の戦闘で倒した魔物の死骸があった。 


 第199階層に出現する主な魔物はアンデッド系だが、それ以外の魔物も稀にではあるが出現する。


 そのなかでも、食べられる可能性のある魔物を集めた。


しかし――


「ムカデ、イモムシ、クモ……」

『……』

「アンデッドよりはマシかもしれないけど、食べられるか?」

『…………』


 第199階層では希少な生物型の魔物。


 だが、苦労して見つけたそれらの魔物は、食材と呼ぶには少々勇気のいる者たちばかりだった。


 それらを前に、苦い表情をする幸助。


 隣にいるノアも、これらの魔物を食べることに気が進まない様子だった。


 ひとまず幸助は、この魔物が食べることが可能であるかをグリモアを使って調べる。


 【劇毒百足ポイズン・センティピード


 洞窟や地中の湿った場所を住処とする大型の昆虫型魔物。牙に強力な毒を有しているため、非情に危険。

~~~

 多くの場合、体内に様々な寄生虫や細菌を保有しているため、食用には向かない。十分に加熱することで食すことは可能だが、えぐみや苦みが強く、また身や甲殻に含まれる微弱な毒によって腹を下す場合がある。

                   』

 【暴食蠕虫グラトニー・ワーム


 大食であり、遭遇した生物なら何であろうと噛み付くが、特に腐肉を好んで食す。

~~~

 様々な生物を捕食する為、中には危険な毒が蓄積されている場合があるため、食用にするには危険。

                   』

 【擬態蜘蛛ミミック・スパイダー


 森や洞窟に生息し、周囲に擬態して獲物を待ち伏せる。擬態には魔法を用いるため、看破することは非常に困難。

~~~

 無毒。食用可。

                   』



 グラトニーワームに関しては、倒した時に出たドス黒い体液が酷い悪臭を放っていたことから、幸助は真っ先に食材候補から除外していた。


 次にポイズンセンティピードは、頭部を取り除き加熱さえすれば食用が可能であるが、寄生虫や細菌が怖いので除外している。


 ミミックスパイダーは、グリモアの説明を見る限り安全であると判断できる。


 だが、その簡略化された説明文が、幸助には罠に見えてならなかった。


 幸助としては、正直どの魔物も食べたくはなかった。


 しかし、食事を抜くという選択肢を取ることはできない。

 

 移動や戦闘で消耗した体力を回復させるためにも、食事によって栄養を摂ることは欠かせない。


 どうするべきか悩んでいると、ノアがマジックバッグを漁っているのに気か付いた。


「どうした、ノア? 携行食ならもう無い――」

『……!!』

「それは⁉」


 食べられるものを探していると考えた幸助だったが、直後、ノアの取り出したものを見て絶句する。


 ノアがマジックバックから取り出したのは、第198階層で倒した地竜アース・ドラゴンだった。


 もしやと思い、アースドラゴンをグリモアで調べる幸助。


 【地竜アース・ドラゴン


~~~

 多くの魔力を保有する亜竜の肉は寄生虫や細菌に侵されることがないため、非常に安全であると同時に絶品。しかし、討伐は非常に困難である為、その肉には天井知らずの値が付けられる。

                   』


「ノア、ナイス!!」

『……!』


 こうして、幸助たちはゲテモノ料理を回避することに成功した。


 後に、このエピソードを知った白銀竜が、ダンジョンを攻略した幸助たちに豪華な夕食を用意したのは、少し先の話だ。

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