第2話 運命のイタズラ
「おはよう!」
「……えっ?」
クラクラとする頭を押さえながら起き上がる。
どうやら俺は、芝生の上に横になっていたみたいだ。
周囲を見回すと、そこはどこかの庭園のようで、よく手入れのされた草花や木が見事な調和をしている。
そして、目の前には微笑みを湛えた少年……いや、少女?
「えっと……」
「はいはい、混乱しているのは分かるけど、まずは座ろっか! さ、立って!」
「うわっ⁉」
「こっちこっち」
彼(彼女?)に腕を引かれ、ガーデンセットに腰掛けさせられる。
そして当人も俺の対面に座った。
「さて、はじめまして幸助くん」
「何で俺の名前を?」
「知ってるよ、何だって。ボクの名前は“フェイト”。キミたちの言うところの神様だよ」
神だと名乗った少年?少女?は、ニコニコと俺のことを見つめる。
顔つきは中性的で、ぶかぶかの白いTシャツにゆったりとした黒のハーフパンツを身に付けている。
どことなく、不思議な雰囲気の漂う人……いや神様か?
フェイトさんは明らかに俺が不信感を持っていると知りながらも、欠片も笑みを崩すことは無い。
その顔が少し不気味だった。
「信じられないかい?」
「……はい」
「それでいいんだよ。目の前のヒトがいきなり『自分は神様です!』なんて言い出したら、十中八九それは詐欺師か異常者さ」
「……はぁ」
「それにボクはボク自身のことを神だなんて思っていない。精々が人間の上位種、ってところかな?」
「ええっと……」
「不審に思うのも無理はないよね。けど、ちょっと思い出してみて欲しい。幸助くん、キミはここに来る前に、何をしていたのかな――」
ここに来る、前?
俺は――
――女子高生の後ろ姿
――赤いスポーツカー
――そして、全身に奔る激痛
「ぐっ……!」
「思い出したみたいだね」
そうだ。
俺は“死んだ”んだ。
それなら、ここは――
「天国じゃないよ。そもそも、天国も地獄も存在しない。ヒトは死んだら魂は砕け、新しい生物の魂の糧になる」
「……」
目の前の神と名乗る人物の言葉。
酷薄なことのはずなのに、どこまでも楽しげに語る様子。
それは正しく、神の価値観を表しているように思えた。
「じゃあ、何で――」
「キミがここにいるのか、かい? それはちょっとしたサービスさ」
「サービス?」
神――フェイトさんはガーデンテーブルの下から何かを取り出し――
「おめでとう! キミには転生し、二度目の生を生きる権利が与えられました‼」
「…………え?」
フェイトさんは取り出したクラッカーを僕に向けると、思い切り紐を引っ張った。
飛び出てきた色とりどりの紙テープや紙吹雪が、俺の頭に降り注ぐ。
一瞬、何を言っているのか理解することができなかった。
転生?
権利?
「難しく考えなくてもいいよ? ボクが提案しているのは『もう一度、今度は別の世界で生きてみませんか~?』ってこと」
「……」
もう一度生きる。
転生。
転生……。
「折角のお誘いですが――」
「ああ、言葉が足りなかったね。不幸体質なキミだけど、転生したらそれも無くなるから。安心して!」
フェイトさんは俺が断るのを見透かしたように、先んじて手を打ってくる。
今までの人生、不幸なことばかりだった。
不幸だから日常の小さな幸福を感じることができる、なんてこと、所詮は幸福な人の考え方に過ぎない。
でも、この不幸体質が無くなるなら……もう一度、人生をやり直してもいいかもしれない。
フェイトさんの屈託のない笑みを見ていると、心からそう思えた。
「転生、する気になってくれたようだね!」
「はい」
「よし! それじゃあ、キミのステータスを決めようか!」
フェイトさんはテーブルの下から真っ白なタブレット端末を取り出す。
「先進的でしょ? 今は神様だってタブレットを使う時代だよ!」
「そうなんですか?」
「……なんてね! ウソウソ‼ この方がキミが使いやすいと思ってね!」
そう言うとフェイトさんは、俺にタブレット端末を渡してくる。
「ステータス、って解るかい?」
「ゲームのキャラクターの能力値、ですか?」
「そうそう、パラメーターか言うアレね。今からこのタブレットを使って、君が、君のステータスを決めるんだ」
ステータスを決める……って、俺が⁉
こういうのは神様がやるものじゃ……。
「やってないよ? ヒトの人生も能力も、ヒト以外の全生命体も、果ては石や砂粒ひとつの運命に至るまで全てランダム。乱数によってはじき出された結果さ」
フェイトさんが指を弾くと、宙にホログラムの映像が浮かび上がる。
動物や植物、風や雨、惑星や、たった今消滅した恒星。
その映像ひとつひとつの横に、数えるのも馬鹿らしくなるような莫大な数字が表示されている。
その意味はさっぱり分からなかった。
「それじゃあ――」
「キミの体質は違う。あれは一種のバグさ」
「……バグ?」
「そう、バグ――ああ、待って待って、違うよ? 君が世界に必要ない存在って訳じゃないからね?」
そう前置きして、フェイトさんは続けた。
「正直、ボクは人の命も運命も、どうだっていいんだ」
「……」
「何億という命が終わろうと、何兆という運命が狂おうと、ボクさえ楽しければそれでいい。
そう語るフェイトさんは、神に相応しい存在感を放っていた。
無慈悲で、超然的で、全能的で……。
その中性的な顔に浮かべる微笑みに、心の底から恐怖した。
完成された生命体。
上位の存在であると、理解させられてしまう。
「だけど、報いは存在するべきだと思うんだ。信賞必罰? 善には善を、悪には悪を……ってね」
「……神様とは思えないような考え方ですね」
「そう思うかい? でも、
それまでの近寄りがたい雰囲気を霧散させ、フェイトさんは無邪気に笑う。
「結局、何が言いたいかって事だけどね?」
「……?」
「もしもキミが自暴自棄になって――とかしたら、ボクもキミを転生させてあげようなんて思わなかった、ってことだよ」
「……」
「よく頑張ったね」
フェイトさんのその言葉に、今までの俺の人生が肯定されたような気がした。
――間違っていなかった
心から、そう思うことができた。
『よく頑張ったね』
その一言が、たまらなく欲しかったんだ。
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