【第3章】 雪中キャンプ編 清水奈緒3


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 清水奈緒は叫び声をあげながらテントを飛び出した。運の良いことに、辺りは一面雪である。奈緒はダイブすると、必死に雪の上を転がり、体に燃え移った火を消す。奈緒自身が燃料を被ったわけではなかったので、幸いにも火はすぐに消えてくれた。しかし、一瞬でも火に包まれた訳なので、無事とは言いがたかった。上半身を中心に軽度のやけど特有の引きつるような痛みを感じた。


 ショートカットにしていて助かった。いつものロングヘアだったら、確実に頭部も火だるまだっただろう。


 見ると、レイジのカマボコテントは完全に炎上していた。骨組みが熱で歪み、原型をとどめられず崩れていく。


 そうだ。なっちゃんは?


 あわてて周りの地面を見回し、ロッジから持ってきた斧を、半分焦げた手袋をした手で拾い上げる。


斧を構え、辺りを見回す。


「なっちゃん! どこ!?」


 炎上するテントにまだいるのなら、もう助からないだろう。入り口は奈緒が塞いでいた。


 いや。そんなはずはない。なっちゃんはこんなことじゃ死なない。


 私が雪の上を転がっている隙に、入り口から逃げていったか、それとも別の方法で脱出しているはず。どこだ。どこにいる。


 夜明けが近い。奈緒の背後の空は明るくなり始め、キャンプ場は橙色に浮かび上がり始めていた。そんな中で、大きなテントが燃え上がり、黒煙を上げている。


「かくれんぼ? なつかしいね! なっちゃん」


 奈緒は周りの雪に目を配る。新しい足跡はない。つまり、ナツは雪の通路を移動しているのだ。ということは、行き先はナツのテント方向か、ロッジ方面しかない。


 奈緒は斧を持って、ナツのテントに向かった。




 あたしがレイジになった日に、ソロ用のテントを張った場所。なっちゃんが全くおんなじ場所に設営を始めた時は驚いたよ。やっぱり運命だね、なっちゃん。




 奈緒はテントに着くまで一度も立ち止まらず、そのままの勢いでテントの柱めがけて斧を振り切った。派手な音をたてて柱が折れ、テントが倒れる。


 ・・・・・・いない。


 ということはロッジ。ないしは途中のトイレか。


 まあ、なっちゃんのことだから、中途半端にトイレに逃げ込んだりはしまい。チャンスを逃さず、一気にロッジまで行くはずだ。


 しかし、ナツには車がない。ナツのスマホもあたしが持っているから助けも呼べない。ナツはすでに詰んでいる。


 もしかしたら駐車場で美容師の友達が来るのを待てばなんとかなると思っているのかもしれないが、なんならあの子も殺せばいい。死体が増えればその分の処理が大変だが、それはあとでゆっくり考えよう。なんとでもなる。


 奈緒は斧を肩に乗せると、ロッジに向けて雪の通路を足早に歩いて行った。








 斉藤ナツは身を縮めながら考えていた。自分の体が入るか入らないかのぎりぎりの空間に体を押し込み、足のやけどと切り裂かれた耳の痛みに耐えながら、ただ考えていた。


 なぜ、レイジの霊は、私がスマホを見つけた瞬間に消えたのだろうか。


 私が彼のスマホを手に取った瞬間、ループが解けた。


 思い残しがなくなった?


 自分のスマホを見つけてほしかったのだろうか。


 でもなぜ?


 あとは、私に任せるということだろうか。


 私に、届けろと言うことだろうか。この動画を。


 レイジの声を思い出す。スマホに向かって必死に語りかけていたあの声。


『みてますか? 聞こえてますか?』


 誰に届けたかったのだろう。


 レイジはネット上で炎上した。紗奈子が知っていたぐらいだから、大変な騒ぎだったんだろう。ファンからも様々なしっぺ返しを食らっただろうし、紗奈子とは比べものにならないほどのアンチコメントの嵐を受けたはずだ。レイジは誤解だと主張していた。でも、誰にも信じてもらえなかった。心が折れても不思議ではなかったはず。


 それでも彼は、動画を撮り続けた。緊張と不安でスマホを持つ手を震えさせながらも、撮影を続けた。


 そうして撮った動画を、彼は、誰に届けたかったというのだろう。




 わかったわよ。


 私が届けてあげる。


 この動画を。ちゃんと世界に公開してあげる。


 なんなら、あんたへの世間の誤解も、全部晴らしてあげる。


 あんたには何の義理も恩もないけれど。




 強いて言うなら、そうね。キャンプ仲間、だもんね。




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