隣、いいかな?
埜田 椛
第1話 駅のベンチ
今日こそ、今日こそ学校に行かなきゃ。
そんなことを思い、どうにかベッドから起き上がってパジャマから制服に着替えて鞄を持って家を出た。
家から駅までは徒歩10分ほどだが、倍の20分はかかってしまった。
改札を抜けて駅のホームに向かえば、忙しなく電車に乗り込むサラリーマンや学生たちの姿が
それを見て足が竦む。
ホームに立ちっぱなしだと人の邪魔になってしまう。
慌てて空いているベンチに腰掛けた。
腰掛けてからどれくらい経っただろう。
通勤に向かう人が少なくなり、学生や通学に向かう人も少なくなってきた。
あぁ、スマホを見るのも怖いな…。
そんなことを思いながらずっと下を向いていた。
「もし、そこのお嬢さん」
年配の男性の声が聞こえたが、その声は自分に問いかけていないだろうと一度無視をした。
「俯いてるお嬢さん、具合でも悪いのかい?」
「へ?あ、私?」
ここでようやく顔を上げれば杖をつきながらも心配そうな顔をしている優しい雰囲気のおじいちゃんと目があった。
「そうじゃよ、どこか気分が悪いのかい?駅員さん呼ぼうか?」
「あ、いえ!あの、大丈夫です…。」
「じゃあ、隣座ってもいいかい?」
「あ、はい、どうぞ。」
そんなやり取りのあとおじいちゃんは隣のベンチに座った。
ふー、と息を吐きながらも着ているジャケットのポケットを探っていきあった、と声を出しなにか差し出してくれた
「お嬢さん、甘いのはお好きかい?」
そう言い差し出してくれたのはりんごの飴だった。
「いただきます…。」
「アレルギーとかあったら他の味もあるからの、みかんにぶどうにミントとかも。」
続けて他の味の飴も見せてくれればどうしてそんなに持っているのだろうと気になってしまい聞いてみた。
「おじいちゃん、どうしてそんなに飴持っているんですか?」
「ん?それはな、ワシの奥さんも娘も孫もみーんな電車酔いする人でな、電車乗る時に飴を舐めるとマシになると言うから持ち歩くのが癖になったんじゃ。」
「おじいちゃんは電車酔いしないの?」
「しないの、電車はむしろ乗るのが大好きじゃ。」
話を聞きながらもりんごの飴を開けて口に入れれば甘すぎないりんごの味にホッとした。
「お嬢さんは今日お出掛けかい?」
そう聞かれて思わず飴の空き袋をぎゅっと握りしめた。
「お出掛け…というか、学校に行かなきゃいけなくて…。」
制服着ているから学生ってことは分かるんじゃないのかな。
とか思っていたら
「学校はどう行くのかい?」
「え?えっと、ここから上りの電車に2つ乗って、そこから歩きで…。」
「そうか、そうか。電車の旅ってほど乗らないのか。」
「近さで選んだので…。」
そう、近い学校を選んだのになんで行けないんだろう。
「今日はいい天気じゃの、ワシも思わず外に出てきたんじゃ。」
空を見なさい、と言われ素直に上を向き空を見れば青い空と所々ある白い雲が綺麗だった。
「綺麗な空…。」
「そうじゃろ、いつも縁側で見ていたんじゃが今日はどうしても駅に行きたくての。」
「なんで?」
「電車に乗ると窓から空も景色も見えるじゃろ?一駅進むごとに空も景色も変わって…ワシはそれが大好きなんじゃ。孫ともよう出掛けてたわ。」
「お孫さんと仲良しなんだね。」
「そうなんじゃよ、今都心の大学に行っていて忙しくてなかなか会えないんじゃが可愛い孫娘なんじゃよ。」
おじいちゃんはスイスイとスマホを操作していき、見せてくれた画面にはスーツ姿で笑顔の女性が入学式と書かれている看板と一緒に写っている写真だった。
「お孫さんは電車酔いまだするの?」
「そうみたいじゃ、時々美味しかった飴とか送ってくれてな。それを舐めながら電車乗るのが今のワシの楽しみなんじゃ。」
楽しそうに話すおじいちゃんを見て思わずいいな、と声が漏れた。
「どうしてそんなに楽しそうなの?」
問い掛けには少し不思議そうにしながらもおじいちゃんは答えてくれた。
「楽しいことばかりじゃからな、昨日孫から飴が送られてきて今日駅に来たら可愛いお嬢さんとゆっくりお話できて。」
「私も楽しみたい…。」
「そうか、そうか。じゃあワシともう少しお話して楽しみを見つけようじゃないか。」
おじいちゃんは何が好きなのか、どんなことを普段しているのかと何気ない話を振ってくれた。
時計を見ればもう昼の12時半になろうとしているが、おじいちゃんは学校のことは触れないでいてくれた。
「いやはや、楽しすぎて話し過ぎたの。お嬢さんお腹は減らないかい?」
「大丈夫です、あの…」
「ん?どうした?」
「私になんで学校行けって言わないんですか?制服着て学校も近い場所って分かってるのに、なんで…」
自分で聞いておいて胸が苦しくなった。
だって、その言葉は…言われたくない言葉だから。
「ワシが言わなくても行きたかったら行けばいい、行きたくないんだったら行かなくてもいい。ワシには言う権利ないからの、学校に行けなんて。」
「え、でも、大人はみんな言ってくるよ。学校行けって…」
担任も、親も、みんなみんな言ってくる。
学校に行けって、じゃないと…
「学校に行かなくてもどうにかなるぞ?」
「え?いや、そうじゃなくて…」
「行きたいなら行くべきじゃ、行きたくないのなら案外なんとかなるから行かなくてもいいのじゃ。」
「えっと、え?」
「ワシの孫も学校嫌いでの、高校の単位が足りないとかで何度も娘が学校に呼び出されておった。じゃけどな、孫は学校嫌いじゃけど大学には行きたいからなんとか頑張るって言って単位ギリギリで卒業したんだと。」
「立派、ですね…。」
学校嫌いでもちゃんと単位間に合わせて、卒業したあとは大学に通って
そんな立派なお孫さんがいるおじいちゃんってすごい人なのかな。
「お嬢さんみたいにこうしてベンチに座って俯いておったわ。」
「え?」
「学校行くって言うから心配での、一回後をこっそりつけたんじゃ。そうしたら電車には乗らずさっきのお嬢さんみたいにベンチに座ってじっと俯いて…2時間位してようやく電車に乗って学校に行っておったわ。」
おじいちゃんの方を向けばじゃからの、と言葉が続いた。
「行きたくないのなら行かなくていい、こうして駅に来たんじゃから途中まで行けてるんじゃ。行けなかったらこうしてまたじいさんの与太話にでも付き合ってくれるかい?」
駅まで行けたからいいんだ。
今まで学校に行かないと駄目だと思っていたから
ゴールじゃないと思っていたからおじいちゃんの言葉に驚いて何度も瞬きをした。
「…おじいちゃんいつもここにいるの?」
「お嬢さんが望むなら毎日いるぞ。」
「これから寒くなるよ、雪だって降るかも…。」
「じゃあ、カイロを持ってこないとな。新しいニット帽もおろさんと。」
「雨降って空が綺麗じゃない時だって…」
「傘があれば大丈夫じゃ、傘に青空書いてるからの。」
「じゃあ、学校に行けそうなら送り出してくれる?」
「お嬢さんがそれを望むなら勿論送り出すぞ、背中を叩けばいいかの?」
そう言って杖を持ってない右手をスイングしてくる姿に思わず笑ってしまった。
このおじいちゃんは本当にいつもいてくれそう。
それが安心できた。
私はベンチを立ち上がった
行きは鉛みたいに重い足だったのに、今はそうでもない。
「じゃあ、おじいちゃん明日も来てね。私も頑張って駅まで来るから。」
「分かった、約束じゃ。指切りげんまんでもするかの?」
「大丈夫。あと1時間とかだけど、いってきます!」
鞄を持ち直して丁度来た電車に乗り込めば、窓の外でおじいちゃんは手を振ってくれていた。
電車が発車して見えなくなるまで、ずっと振ってくれていた。
「本当だ、空も景色も綺麗。」
おじいちゃんの姿が見えなくなり窓の外を見ていけば快晴と景色に目を細めた。
明日も頑張って駅まで来てみよう。
行けそうなら学校に行こう。
行けなくてもおじいちゃんとお話しよう。
そう思いながら学校の最寄り駅を降りれば学校に向かって走っていった。
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