(3-3)


   ◇


 オレには同い年の弟がいた。

 弟なのに同じ歳ってなぞなぞみたいだけど、なんてことはない、双子ってことだ。

 でも、二卵性双生児だから、見た目も性格も、そして能力も全く似ていなかった。

 弟は赤ちゃんモデルもしていたくらい目がぱっちりしたイケメンで、幼稚園からは毎年バレンタインのチョコをそれこそ段ボールで抱えて持ち帰ってきていた。

 脚がすらりと長くて速く、サッカーではディフェンダーを手玉にとって敵からは憎まれるような選手で、中学に入った時には身長が百七十センチあった。

 頭一つくらい低かったオレはブサイクだし、運動はまるでだめ、バレンタインなんて義理チョコだってもらったことがない。

 たまに来るのは、「弟くんに渡して」と頼まれるやつに決まっていた。

 オレはいつも、「いいよ」とにこやかに対応していた。

 作り笑い、愛想笑いだけは得意な子供だった。

 弟は小さい頃からオシャレで、服にもこだわりがあったし、音楽も大人が聴くような曲を誰よりも早く取り入れていた。

 オレはと言えば、ノリノリのヒット曲を歌ってるのに『蛍の光』と間違われるような音痴だし、服は体の大きい弟のお下がりだけど、全然似合わなかった。

 学校の成績は比べものにならなかった。

 一度聞いたら何でも理解して覚えてしまう弟は小学生の時に塾にも行かずに高校生レベルの英検に合格していた。

 漢字の書けないオレは、『友達』という漢字を、しんにょうに『幸』と書き間違えることがあって、そのたびに、「おまえ友達がいない人みたいだぞ」と、みんなに笑われていた。

 一度会っただけで誰もが友達になりたがる弟にくらべたら、実際オレに友達はいなかった。

 二人一緒にいて兄弟と思われたことは一度もない。

 二卵性双生児だと知った相手は必ず優秀で体格のいい弟の方を兄だと思っていた。

 鏡には右と左が逆向きの自分の姿が映るものだけど、オレはいつも弟と比べられていて、弟と正反対の誰かが映っているんだと思って生きてきた。

『じゃない方の兄』

 それがオレだった。

 ――なぜ過去形なのか。

 弟はもういないからだ。

 中一のちょうど今ぐらいの梅雨時だった。

 オレと弟は二人でコンビニに買い物に出かけていた。

 自転車をこぐのも速い弟はどんどんオレを引き離して先に行っていた。

 大人並みの身長になった弟は車輪の大きな新しい自転車を買ってもらっていて、オレは錆びたお下がりだった。

 いつものことだし、どうせコンビニで追いつくんだとたらたら走らせていたら、前方で風景が揺らぐような衝撃音がした。

 追いついてみたら、軽トラックがガードレールを突き破って畑に突っ込んでいた。

 飲酒運転の年寄りが弟をジャガイモ畑に弾き飛ばしたのだ。

 泥にまみれた弟はピクリとも動かず、顔には薄紫色の花が散らばっていた。

 オレは畑の中に足を踏み入れることができなかった。

 ジャガイモの葉が濃緑の海のように波打ち、弟は沖へ流されていってしまったかのように、俺の手の届かないところにいた。

 あいつはいつもそうだった。

 どうせ、いつも手の届かないところにいたんだし。

 いつだって、追いつけやしなかった。

 なんで、おまえだけいつも先に行っちまうんだよ。

 オレはずっとおまえの背中ばかり見せられていたんだ。

 弟が死んだあの日以来、オレはいつも、「せめてこっちだったらな」という視線の中で生きてきた。

 先生や同級生、近所の大人、そして、親からも。

 もちろん、口に出しては誰も何も言わない。

 だけど、まるでオレを鏡の中に閉じ込めるかのように、「こっちの世界にいるべきなのはおまえじゃなかったのに」と、相手の心の中で繰り返される容赦ない舌打ちがオレノの耳には聞こえてきてしまうのだ。

 高校に入学して、身長だけはようやく弟に追いついた。

 だけど、それ以外は永遠に追いつくことはないんだろう。

 鏡を見ると、オレは目をつぶってしまう。

 弟じゃないやつが映っているからだ。

 死んだはずなのに、なのにまだ『じゃないやつ』が映ってる。

 窓に映る影を見るのも嫌だから、高校に入って電車を使うようになってからはいつも車内の方を向いて立つようにしていた。

 いっそのこと、窓の向こう側へ行けたらいいのにな。

 ――そうすれば影を見なくて済むのなら。

 いつもオレは一歩踏み出そうとして、滝のような冷や汗を垂らしながら踏みとどまっているのだ。

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