第2話 どこに行くんだろう?

 落ちて行く。

 ただ落ちて行く。


 見上げると青空や木々、駅の上部が見えていた穴が塞がるところだった



 ああ、もう帰れない…。


 私は抗うことを諦めて現状を受け入れた。




 ここはどこだろう。

 落ち行くのが速いのか遅いのかもわからない。

 まわりは暗闇で、魔方陣もどきと死神もどきは輪郭が見える程度にぼんやり発光していた。

 そして、私の足首に魔方陣もどきの文字が絡まっているようだった。


 ここは地獄?

 いつまでも落ちていくなら阿鼻地獄かな?業火で焼かれてないけれど。

 私、そんなに悪いことをしただろうか?

 悲しくなって涙がこぼれる。

 だが、どんなに泣いても助けてくれる人はここにいなかった。




 何十時間、もしかしたら何日間も落ち続けている。

 気を失う時間もあるが、気付いている時は何か変化がないかと見回した。



 そして、とうとう何かを発見する。



 見下ろすと魔方陣もどきの文字の隙間から小さくて白い点が見えた。

 もしかして出口?

 ここから出たら私はどうなるのだろう。



 白い点に向かって落ちて行く。


 ん?


 白い点が段々大きくなる。


 んん?



「!!!」



 それは点ではなく手。

 とてつもなく大きな人間の半透明な手首から先だった。そして両手で水を掬うような形をつくり闇に浮かんでいた。



 阿鼻地獄じゃなくて孫悟空かい!

 お釈迦様の手のひらですかい!


 って言うか、ぶつかるよこれ。このままじゃ激突だよ!


「止まってーーー!!!」



 サアァーーー!



 ぶつかる衝撃はなかったが、ジェットコースターから急降下したような、何かから抜けでたような感覚があった。


 思わず下を見ると半透明の手のひらに乗っている。


 なのに、


 なのに、


 死神もどきと魔方陣もどき、そして私の体が更に落ちて行くのが見えた。


 え?

 なんで?

 じゃ、手のひらに乗っている私は何?


 意識はここで途切れ、何もわからなくなった






 ん~あと5分。

 うぅ、ん?あれ?

 朝?え、時間!


 ガバッ!


 飛び起きた。

 会社!遅刻!まずい!

 慌てて仕度をしようとしたが自分の部屋じゃないことに気付く。

 まわりを見るとそこは真っ白い何もない空間だった。


「こ、ここは?」


 ハッ!


 急に思い出す。

 会社に向かう駅前広場での出来事を。

 暗闇の中の出来事を。


 私死んだんですか?

 不思議と焦りも悲しみもない。

 死神もどきを見た時は恐怖で逃げようとしたけれど、父も母も看取り自身も体調を崩していたからか、今世にあまり未練がないように思う。

 そして、あの状況から自分がどうなったのか想像はついた。

 だって大きな手に掬われた時、手の上にいるはずなのに落ちていった体を見ちゃったしね。


 うん、それで私はどうしたら良いの?

 何もなくて困惑する。

 しばらくの間、周りをボーッと眺めるしかなかった。




「朝宮ゆきですね」


 背後から突然声がして思わず飛び上がる。

 慌てて振り向くと、洋風と和風のどちらも超絶美女が二人、指輪な物語に出てきた魔法使い(白)に似たご老人が一人。

 計3名が立っていた。


「…はい、あの…」

「わたくしはムゥ。時空の狭間を司る神です」

「わしはウルトラウスオルコトヌスジリアス。フェリアという世界の神じゃよ」

「われは桃花咲待姫ももはなさくまつびめ。そなたが暮らしておった日本の神じゃ」



 ムゥ神はギリシャ神話に出てきそうなドーリア式キトン(生地は良さそう)を身に纏い、腰辺りまで伸びたプラチナ色の髪。無表情の美女で淡々とした話し方だった。


 ウルトラ…(長くて忘れ…、ごめんなさい)神は、銀糸で刺繍が施された白いローブを纏い、白い髪と髭の好々爺。穏やかで優しそうだが豊かな眉毛で目元がよく見えない。

 フォッフォッフォッと何故か嬉しそうに笑っていた。


 そしてあと一柱。

 御朱印をいただく為あちこち行っていた私は知っている。日本の御祭神だ。

 すごく惹かれていた神様なので直接会えてむちゃくちゃ感動!

 桃花咲待姫命ももはなさくまつびめのみことは天女がお召しになるような着物姿だった。

 烏の濡れ羽色の髪は足もと辺りまで伸びサラリと揺れている。

 でもどうしてだろうか。怒っているような、悲しんでいるような表情を浮かべていた。


「こ、こんにちは。朝宮ゆきです。宜しくお願いします」


 さっきは驚いて何も言えなかったけど、やっぱり挨拶は基本です。うん。

 私は正座の姿勢で頭を下げた。


「ずいぶん落ち着いておるが、そなたは何が起きたのか把握しておるのかや?」

「い、いえ。ただ自分が死んだことだけは何となく」


 そうか、と桃花咲待姫命ももはなさくまつびめのみことは目を閉じため息をついた。


「あの、私はなぜ死んだのでしょう?あの死神は何ですか?私はこれからどうなるのでしょう?」

「……うむ。順を追って話そう」


 まずは桃花咲待姫命ももはなさくまつびめのみことから話が始まった。


「そなたは地球に根付く魂だった。人類が誕生してから此の方、輪廻転生を繰り返し、大罪も犯さず徳を積み、魂を磨き、神格を高めてきた稀なる者。あと二巡、大罪を犯さなければあと二巡の輪廻転生で小さき神となり、地球で一番相性の良いわれの眷属神となる筈であった。それが、あの世界のせいで…」


 美しい顔を悲しそうに歪めた。



 って、え!

 か、神になる筈だったの?私が?



 次にウルトラ神が話始める。


「おぬしが言う死神だがの。あれはある世界の邪神を崇める信徒じゃよ」


 困ったように眉を八の字にする。


「あの世界の神は怠慢での。世界創造したもののすぐに飽きて…生まれた星を放置してしまったのじゃ。我らは基本創った世界を直接干渉せんが、管理はしていての。何かあれば出来る範囲で手助けをしておる。ほれ、お告げとか降臨とか聞いたことがあるじゃろう?」

「はい」

「でもあの世界は何の管理もされずにいたからの。命ある者たちは苦しみ、結果として自身の都合の良い神を崇め始めたのよ。初めはもちろん存在しない神じゃったが…」


 ふぅ、とため息をつく。



「少し話を加えるが、神は人の子のように定められた寿命がない。じゃが、命ある者たちに忘れ去られ祈りがなくなれば、神の力は弱まり時に消滅することさえある。逆もまた然りじゃ」

「信仰によって力の強い神となる場合があるんですね」

「うむ。それが良い方向に向かう神であれば我ら一同歓迎するのじゃが、時として邪な力を持つ神が生まれる場合もある。今回は後者じゃの。あの世界の歪な信仰が邪神を生んだ」

「邪神…」

「我らは基本、互いの時空に干渉はせんでな。把握した時はすでに力をつけ始めておった」


 ごほん、と咳払い。


「神力の増やし方は信仰以外にも多岐多様にわたるが、そのひとつに他者の力を喰らい己の糧とする、というのがあるんじゃよ。わしらはそんな事せんがの。だがあやつはまず、自分の星の力ある魂たちを喰らっていたようじゃ。無論、それだけでは到底足りぬ。一番早いのは神を喰らうことじゃが、あの星の神は不在。ならばと他所の神を狙うも時空渡りが出来る程の力はまだない。他に考えられるのは人型の子らに近隣の時空から神を召喚させること。じゃが人が神を召喚するなど到底出来ぬ。出来るとすれば…」


 スイと私を見据える。


「神に近く、しかしながらまだ人の子のお主じゃな」


 ヒュッと喉が鳴る。

 もう言葉も出なかった。


「あの世界と地球の時空軸は相当離れておる。本来ならば人の子にこの距離での召喚など無理があるのじゃが、邪神の力を借り、時間をかけ、信徒の命を犠牲にして何度も探りを入れよった。無論、地球の神々も我ら他所の神々もそのままにしていた訳ではないぞ。邪神の制圧に向かった神も、放置した元凶を取り押さえに向かった神もおる。地球の神々は無数に空けられる時空の穴を塞いで廻っていた。無数の穴は地球の理を歪めるでな」


 私のせい?

 それって、私のせいで地球が危険にさらされたんじゃ…。


「己のせいだと思うておるならばそれは違うぞ。そなたは輪廻転生で善行を積んできただけ。そこに何の落ち度がある」


 桃花咲待姫命ももはなさくまつびめのみことが優しい声色で話し出す。


「寧ろそなたは被害者。責があるは我ら神よ」


 三柱の神が同時に頷いた。


「そなたを守りたかったが隙を突かれてしもうた。すまぬの」


 桃花咲待姫命ももはなさくまつびめのみことの長いまつげが目元に影を作る。

 私はその瞳を見つめて首を横に振った。


「皆様に気にかけていただけて嬉しいです。ありがとうございました」


 はぁ…。


 美しい唇にため息ひとつ。


「われはそなたが小さき神になることを知り、何代か前からずっと見守って来たのじゃ。何しろ、われにとって初めての眷属神だからの」


 桃花咲待姫命ももはなさくまつびめのみことのそばにいられるのが嬉しいと感じるのは、たぶん今の私が生まれ変わる前から見ていてくださったからだと思う。


「じゃあ、あと二巡すれば良いですか?輪廻転生を二回繰り返したら桃花咲待姫命ももはなさくまつびめのみことの元へいけますか?」

「………」


 悲しそうな表情で見つめられる。

 それだけで、おそばに行けなくなってしまったことを理解した。


「そなたは、時に神界でわれの側仕えをし、時に眷属神のメジロとなって地上にわれの言葉を伝える役目を担う筈であった」


 私の頭を撫でる寸前でスッと手を引く。


「われの可愛いメジロ。そなたを迎えることができなくなった。残念でならぬよ」


 他の二柱も顔を曇らせる。


 じゃあ、私はどうなるの?

 生まれ変わることが出来ないなら消えるしかないの?

 不安な気持ちで次の言葉を待つ私であった。

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