三十三話 赤母衣衆筆頭の帰還(1)

 夜も更けて、月明かりを頼りに馬をスピード緩めに進めていると、可近は待ち伏せに気付く。

「あの杉の木の影に、落ち武者狩りとかが潜んでいない? 槍の穂先の光が見えた」

「俺が『槍の又左』だと知れば、逃げる」

「折れているけど?」

「夜目には分からねえって」

「ほら、来た」

 野武士か野盗か周辺の農民たちかは分からないが、それなりに良い武具を拾って戦闘力を上げた集団が、可近たちを落ち武者かどうかも確認せずに襲おうと道を塞ぐ。

 大高城へ至る道から来たので、今川方の武士だと勘違いされたかもしれない。

 可近は無用の殺生をしないで済むように、背中の赤母衣を見るように指差すと、待ち伏せ側が流石にヤバい相手だと気付く。

 軽く会釈をしながら道を空けようとしたのだが、前田利家が逃さなかった。

「いい槍持ってんじゃん、寄越せ、お前ら」

 待ち伏せしていた落ち武者狩りの一団が、前田利家に襲われて悲鳴をあげて逃げていく。

 かわいそうに、収穫した中でも最高品質の武具が、次々と強奪される。

「酷いな」

「何がですかー? 俺は帰り道にワンダリングモンスターと遭遇して、正当防衛でレアアイテムを獲得しただけですよー。RPGとして、正しい報酬ですよー」

 大量の獲得物を馬に乗せ、懐から出した算盤で売った場合の総合金額を算出する。

「よし、これで武具を新調して、次の戦は全力全開で行ける」

「大丈夫? 月明かりだけで算盤を弾いて、大丈夫?」

「大丈夫っすよ、暗算と数字が同じだったし」

「そんな才能が、あったのか」

 前田利家。

 百万石の大大名になっても決済の全てを独りで行う程に、計算が絡む仕事は得意というか、うるさい。

 とはいえ、武具が多過ぎて、馬が疲労を訴える。

「馬も、パワーのある馬に、替えないと」

「自分の馬には積ませないよ」

「えー、ちょっとぐらいは…」

 帰り道の向こう側から、一人の武者が、接近してくる。

 年齢不詳。

 月明かりで見る限り、武士。

 徒歩だが、歩みは頑健。

 早歩きなので、互いの距離は急速に縮まる。

 相手は、顔に髭を伸ばし過ぎた男だった。

「何だ長八郎か」

「殿?」

 髭面の少年が、月明かりの中で屈託のない笑顔を向ける。

「まつ様に言われて、加勢に来ました。でも随分と早いお帰りで」

 村井長瀬、十七歳。通称は長八郎。

 出仕停止処分を喰らって追放同然になった利家に、わざわざ仕える事を選んだ変わり者である。

「丁度良かった。これを持て」

 持ち運びに困っていた武具の大半を、村井長瀬に持たせる。

「売り物にするから、落とすなよ」

「伝言の護衛とだけ聞いておりましたが。落ち武者狩りも?」

「なんて人聞きの悪い事を! 俺たちを襲ってきた奴らを返り討ちにして、巻き上げただけだ」

「夜とはいえ、赤母衣衆二人を、襲います?」

 村井長瀬は疑惑の目で主人を見るが、利家はしらばっくれる。

「いい槍を見かけたので、又左の方から襲いに行った。かわいそうになあ」

 可近がバラして、村井長瀬が呆れる。

「あゝ情けない。落ち武者狩りを襲うなんて。墓泥棒の家に強盗に入るようなものだ」

「成り行きだよ、成り行き。そして、成り行きを無駄にしなかっただけ」

「まつ様が知れば、どんなにお嘆きになるか」

「長八郎、こんな脇差を、欲しくはないかい?」

「おお、これはジャストフィット…家来を買収しないでくださいよ」

「要らない?」

「要ります」

「ほらほら」

「でも、まつ様にバレますよ」

「ぐわっ…金森、悪知恵を頂戴」

「この後は、刀匠に仕事を頼んで、寝ます」

「俺も行く。頼まれた仕事は、その後の事まで面倒を見る(意訳・俺を助けないと、寝かさないぞ)」

 しつこそうなので、可近は熱田に着くまでに、対策を考えておく。



 熱田神宮には、三種の神器の一つ草薙剣くさなぎのつるぎが祀られている。

 その為、ここに祈願をする場合は良い刀剣を奉納する事が多く、熱田神宮の所蔵する刀剣の数は、博物館が開ける程だ。

 刀匠が神前にて腕前を披露して名刀を奉納する機会もあり、刀匠にとっては「オタクにとっての秋葉原・池袋」に匹敵する聖地である。

 てな訳で、熱田に住んでしまう刀匠も、少なくない。

 その少なくはない刀匠たちが、この日は多忙で悲鳴を上げた。

 熱田の各刀匠の元には、日が暮れても織田の武家が列を成して武器修理の注文をしている。

 加えて、熱田の町人衆も、武器の注文や修理の依頼に押しかけている。

 実は桶狭間の戦いの決着直後、敗走のついでに熱田の焼き討ちを図った今川方の水軍がおり、町人たちが迎撃して退けている。

 元々、熱田は今川迎撃の最前線として覚悟を決めて、町人総出で守備を固めていたので、これは攻めた方が迂闊。

 織田軍と地元の需要が溢れてしまい、熱田の各刀匠は用件だけを紙に書き留めて帰しているのだが、それでも夜まで列が消えない。

 トドメに、落ち武者狩りで収集した武具の修理を依頼する者も加わり、大渋滞。

「あ〜、どこも激混みで、うぜえ。並ぶぞ、これ」

 前田利家は嫌がるが、可近は嫌がらない。

「殿の名前を出せば、横槍で最優先に出来るじゃないか」

「あっさりと最悪な最適解を出しやがったな、このサボり魔。好感度が下がるぞ」

「大丈夫、刀匠と読者の顰蹙を買わない方法で、やるから」

 可近は、表に黒母衣衆筆頭・河尻秀隆が張り込んでいる刀匠の工房を見付けて、馬を付ける。

「おう、五郎八(金森可近の通称)。ここは閉店だ。予約すら締め切った。他を当たれ」

「夜間の警護を引き受けて、割引を?」

「優先順位を、得た」

「譲ってくれ」

「交換条件は? 茶の湯一年分か?」

 可近は、風呂敷から『義元左文字』を覗かせる。

「殿の用事を最優先で叶えたいのだが…与四郎(河尻秀隆の通称)が邪魔をするなら、殿に言うしかない。お気の毒に」

「先に言え、この性悪茶坊主が。断りようがない脅迫をしやがって」

「脅迫ではない。考えられる中で、最悪の場合を口にしただけ」

「又左、この茶坊主は、斬りたい時に斬ってもいいぞ」

「やらん。俺は、一人目で飽きた」

 低レベルな争いからは距離を置く事を学んだ、前田利家だった。

「ここの刀匠だって、左文字シリーズを弄れるなら、順番の割り込みぐらい、スマイルで容認してくれるって」

「黙れ。話を付けてくる」

 河尻秀隆は、店内に入って八秒で、戻って来る。

「入れ。二つ返事で、承知した」

「ごめんねえ、割り込んで」

「殿に譲ったのだ、勘違いするな」

 可近が平身低頭しながら店に入ると、『正宗』という文字入りの寝巻きを着た若者が、両目をギンギンに光らせて待ち構えていた。

 口からは、涎がダラダラと垂れている。

「『義元左文字』を、持って来たんけ? 早よ見せて」

「正宗さん?」

「あー、違う。これはファンアート。わての刀匠ネームは、大坂。力士と同じで、故郷に恩を着せとるねん。正宗の流派も学んだけど、芸風は幅広いで。長船から兼光まで、自在に魔改造したるわ。一番得意なのは、短刀製作やけどな。金次第で、国宝でもコピーしたるで」

(えらいアホに当たってしまった)

 可近はやや引いたが、信長の依頼は魔改造である。

 一周回って、最適の人材。

 風呂敷を広げて『義元左文字』を披露する。

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楽将伝 九情承太郎 @9jojotaro

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