五話 竹ちゃんの、子守(5)

 加藤屋敷(熱田羽城)に信長が遊びに来るのを、竹千代が待ち侘びるようになった。

 尾張国内の市散策・海岸で潮干狩り・川でバーベキュー・山で猪狩り・練兵の見物・馬選び・鉄砲の試し撃ち・沼で大蛇退治。

 その経費は、金森可近ありちかが持つ、接待費用から捻出されている。

(これが、目的か〜)

 金森可近ありちかと同じく、竹千代人質ツアーの饗応を名目にした、暇潰し。

(害は無い)

 次世代のリーダー同士が、親の資金で遊んでいるだけ。

 とはいえ、信長の取り巻き達も一緒に遊ぶので、可近ありちかの見積もりよりも早いペースで、接待費用が減っている。

 足りなくなる可能性が高まってきたので、織田信秀に追加の接待費用を求めて那古野城に行くと、吠えられた。

「三郎(信長の通称)を、甘やかすな! 遊ぶ金が欲しかったら、人質に集らないで、自分で稼がせろ!」

「自分も、そう意見具申しましたら…いえ、言わない方が良いですね」

「うむ、だいたい察しが付く。だが、言え」

「邪魔になりそうな親戚の城から、遊興費を強奪しようかな、と」

「なんだ、てっきり、此処から強奪する気だと思っていた。父親思いだよな、三郎」

 あの子にして、この親あり。

「そういう見方も、可能ですね」

 可近ありちかは、賛同も感想も、差し控える。

「で、どの親戚を、やる?」

「それを此処で言ったら、奇襲が出来なくなります」

「茶室だぞ? 気にするな五郎八ごろはち(可近の通称)」

 信秀は怪訝そうな顔をするが、可近ありちかは油断しない。

「茶室は茶坊主が聞き耳を立てているので、城内での密談には、不向きです」

「相互監視させているから、意外と漏れぬ」

「では、内通者の名を書いた文を、此処に入れておきますので、後でご覧ください」

「おう、見とくわ」

 今の会話を盗み聞きして、出奔するか茶室の中を探索し始める茶坊主がいたら、内通者確定。

 そういう小ネタで罠を張りつつ、追加の接待費用を貰ってから、可近ありちかは加藤屋敷(熱田羽城)に戻る。



 加藤屋敷(熱田羽城)に戻ると、信長(十四歳)は竹千代とロクでもない話題を話し合っていた。

 竹千代の、時価だった。

 竹千代本人が、値を告げる。

「千貫(約一億円)」

「けちめ」

 信長(十四歳)は厳しく採点する。

「買収費用と接待費用を引いたら、儲けがほとんどないだぎゃあ」

「五千貫(約五億円)」

 酒井忠次が横から口を出すのを皮切りに、段々と値が上がっていく。

 二万貫(約二十億円)まで上がったところで、金森可近ありちかが意見を出した。

「どうして、最安値の意見を出さないのですか? 今川義元なら、恥ずかしくない範囲で、安く値切ってくると思いますが」

「二万貫(約二十億円)未満では、竹千代は売らないだぎゃあ」

 竹千代本人がいるのに、信長(十四歳)は値切らずに吼える。


 こんなメチャクチャなサイコパスでも、一緒に遊んでいると慣れてしまうので、幼少期の人間関係構築は恐ろしい。


 信長(十四歳)は吼えてから一息吐く間もなく、金森可近ありちかに続きを求めて指揮棒を向ける。

「話せ」

「人質には、人質です。今川は竹千代様奪還の手段として、交換出来る人質を捕りに来る可能性も有ります。

 尾張国内では難しいので、織田勢が三河に攻め込んで来た戦さ場で、殿の子息を生け捕りにするでしょう」

「弟が、狙われるか」

 自分が生け捕りにされる可能性は無視して、信長(十四歳)は脳内で『可近ありちかが提示した可能性』を思考する。

「可能か?」

 戦場で、警護されている織田家の子弟に接近するのは、優勢の今川でも難易度が高い。

 特に織田家は、逃げ足の速さが、自慢。

 織田家には、戦死はあっても、逃げ遅れはない。

「戦闘中は、もちろん不可能です。面倒臭いですから。チャンスは、織田を退却させた後です。

 殿は必ず、一網打尽にされぬよう、参戦させた御子息を分散して逃します。そこを狙うでしょう」

 いつもは自分が最優先で逃げ、子供達の行く末は傅役に一任しているとは言わずに、可近ありちかは雇用主の名誉を守る。

 竹千代人質ツアーの皆さんも聞いているので、三河にも流れる事が前提の会話なのだ。

 信長(十四歳)はこの会話を、三河衆に身代金をかき集めさせる算段で始めたであろうが、可近ありちかは別方向に話のベクトルを押す。

「という訳で、次に三河に攻め込む時は、人事に要注意です」

「次は信長が行く。『弟』たちには、手出しをさせない」

「退き戦では、若様も最優先で逃げざるを得ません。守りには行けません」

 身内に甘い信長の存念に、不可能と断じる。

「腕の立つ護衛を増やしても、足りないでしょう。三河衆は、竹千代様を奪還する為に、一丸となって襲って来る。守りきれません」

 そういう事を容赦なく平気で言上出来るので、金森可近ありちかはその後も長く重用される事になる。

「なら、人質にされる前提で、布陣するだぎゃあ」

 信長(十四歳)は、そこで話を打ち切って、大急ぎで帰宅する。

 物騒な若様の馬の蹄が聞こえなくなってから、酒井忠次は可近ありちかに、ぼやく。

「二万貫の方が、安く済むかもしれん」

「すみません。三河衆の損害を、度外視した企みです」

「いや、いい。交換材料くらい、三河衆の手で揃えないと」

「意外と、今川が金で解決するかもしれませんよ」

「それだと、どうせ三河で増税される。金森殿の企みで、行く」

「ご武運を」

「其方こそ」

 とはいえ、次の織田VS今川の大戦が勃発するまでは、これまで通りの生活になる。



 お福は、那古野の城下町への買い物デートの際に、可近ありちかを問い詰める。

「金森は、いっそ竹千代様の直参になりなさいよ。名君になるわよ、竹千代様。ほら、織田は、次のアレが、アレだし」

「お福さんも、オブラートに包んだ物言いを使えるようになりましたね。嬉しい」

「このまま織田を見限って、三河に来なさいよ。給金は低めだけど、優しくしてあげるから」

 敵の本拠地で上級将校を引き抜こうとか、本来なら福が捕縛や処断される行為だが、放置されている。

 織田の方は、金森可近ありちかが勝つと見越している。

 金森可近ありちかは、買った西瓜を持たされながら、涼しげに反論する。

「竹千代様が自分を雇えるようになるまで、あと十五年は待たないといけません。その間、貧乏する気は、ありません。

 自分、趣味が多いので、主君に求めるのは現金払いのみ!」

 こういうのを雇える経済力が、織田家の重要な武器なのだ。

「竹千代様に仕えれば、私の返事が『保留』から可能な限り『承諾』に寄せる可能性が高まるような気もするのに」

 西瓜を買って可近ありちかの両手を塞ぎ、感激の余り抱き付いてくる行動を封じてから、お福は牽制球を投げてみる。

 金森可近ありちかは、その牽制球にワザと頭をぶつけて危険球にする。

「お福さんが、自分との家族計画に前向きに善処する日々を脳内で悶々と蓄えてくれていたなんて、望外の幸せです! そう、愛は国境を越えますよ! 平気で反復横跳びしますから!

 でも収入が十倍は違うから、自分は織田に留まります。お福さんも、所得の事を吟味して、寿退社する方向でゴー・トゥー・尾張!!」

 両手に持った西瓜を頭の上に器用に載せながら、可近ありちかは抱き寄せて告白を上書きする。

「お福さん! 自分は主君から、きちんと給金を余分に出させるナイスガイです! 侍女を続けるより、パーフェクトに、お得ですよ!」

「話の一部分だけを拡大解釈して、結婚を迫るな!」

 福が引いているので、可近ありちかは距離を戻す。

 西瓜は頭上から戻さない。

「ツッコミ待ち?」

「最高記録を更新中なので、このまま」

「暇人」

「だって、お福さんが、嫁に来てくれないし」

「… …」

「もう少しで、落ちます?」

 福は短刀を抜くと、垂直ジャンプをしながら一閃。可近ありちかの頭上の西瓜を、横一文字に両断した。

 両断された西瓜を二人で平らげてから、新しい西瓜を買い直す。


 帰路の馬上で、福は訊いてみる。

「私が竹千代様と一緒に今川に行ったら、金森は如何するの?」

「織田に今川を攻め滅ぼさせて、お福さんを取り返します」

 平然と答えるので、福はリアクションに困る。

 困ったので、可近ありちかの背中に、「ばか」と指で書いてみる。

「どうです? 今川を滅ぼす『傾国の美女』になった気分は?」

「実感、ない」

 『傾国の美女』という実感はないが、本気で金森可近ありちかに惚れられているという実感が、胸に詰まっているのを自覚してしまう。

 その実感が、頭の中まで昇ってくる。

 背後から腰に手を回している福の身体が、急激に熱量を増しているので、可近ありちかは人体発火現象かと疑う。

 アホな可能性を疑う可近ありちかの心臓に、福の心音が、重なる。

 今までとは異なる、全力疾走している馬のような、高い熱量の心音だ。

 背中で福の胸の鼓動を感じて半年。

 今の可近ありちかは、福の心音ソムリエである。

「お福さん。まさか、ようやく、自分の気持ちが伝わりました?」

「…ここまで大きいと、自覚したら、苦しくなった」

「苦しい? 最寄りのラブホテルで、休みます?」

「うるさい、ばか、お前のせいだ、暇人、悪知恵男、金の亡者、無責任男、風流人、暇人、茶人、ばか、極悪人の手下、暇人、茶道魔人、蹴鞠野郎、無責任詩人、暇人、ばか」

 その後、延々と

 加藤屋敷(熱田羽城)に着くまで

 福は馬上で、可近ありちかを抱き枕にして、不貞寝していた。

 その有り様を見た酒井忠次は、故郷に代わりの侍女を送るように、催促の手紙を書く事にした。

 どう見ても、手遅れである。

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