060.冤罪
「先ほどの話を教えてほしいのだけど」
「先ほどの話とは?」
「襲撃したのが魔人族であることを確認したのかと言う話だよ」
「そのままの意味だが?」
アルセリアの言葉にアーサーは難しい顔で首を傾げる。アルセリアは仕方ないとばかりに説明を補足する。
「主らは戦闘した魔人族とやらを本当に魔人族であると確認していないだろう。大抵の場合捕らえられず取り逃し、うまく殺せたとしてもその場で死体を焼き埋めるだけ。捕らえたものもすぐに自害したか、その場で殺しているそうじゃないか。魔人族が国内に入ることを嫌ってな」
「そんなことは……」
ない。とは言い切れない。そういう顔をしている。
元々この国は純人国家主義で亜人獣人を国内に入れることも嫌うような国だ。そういうことがあってもおかしくはないのかもしれない。
「ですが、ヴァルガン大司教が確認していたはずです」
「そのヴァルガンとやらが嘘をついているとすれば?」
「そんなことはありえません!」
テレジアが叫んで否定する。
だけどわたしは腑に落ちてしまう。
魔人族の襲撃に見せかけることはヴァルガンの利になっている。
なぜならセラフィナの〈結界術〉で襲撃を防ぐことで王家が教会に頼るしかなくなるからだ。実際王様はヴァルガンのいいように使われているらしいからね。
さらに言えば魔人族のしわさに見せかけるのはヴァルガンが魔滅派だからだろうね。国民の魔人族への悪感情をさらに増大させる目的があるのかもしれない。それ以上の何かを考えている可能性もある。例えば魔王国を攻める口実とか?
そうするとそれを実行できるのかというところだが、ヴァルガンは〈策謀〉
具体的には〈変装〉で国民を魔人族に変装させ、〈教唆〉〈洗脳〉でノクターン城塞都市の城壁を襲わせる。〈偽造工作〉でそれが偽の魔人族の襲撃であることを隠蔽する。もともと魔滅派が多いトロン王国だ。魔人族の襲撃に疑念を持つ人も少ないだろう。できなくはなさそうだ。
それにエレイン王女のこともある。
エレイン王女が国内でしか作れない毒を盛られていたのだとすると内部犯であると考えるのが普通だ。そして、エレイン王女が毒で衰弱したままでいることで得するのは……。
エレイン王女が呪いで寝込んで国防に寄与できなくなることで王家が教会を防衛面で頼るしかなくなること。エレイン王女への聖女の継続的な治療によって英雄であるアーサーを自分の駒として使えること。そして呪いが魔人族のしわさだとすることで王家が魔人族に対して悪感情を増大させること。
それを考えるとヴァルガンが一番得をしているのではないだろうか。
もちろん証拠はない。ないけど。
『ヴァルガンが怪しいよね』
『ぼくもそう思います』
個人的な恨みとかじゃないよ。あくまで客観的に見てそう思っただけ。
「本当のそうであれば父上に相談しなければならないね」
「アーサー王子!」
まだテレジアは納得が言っていない様子だ。だけどそれは当たり前だよね。だって認めたら国内にいるトップの聖職者が国を貶めていたということになってしまうから。
「ぼくは父上にアポイントを取ってくる。アルセリア殿はぼくの父、トロン王国国王にあっていただけるかな?」
「面倒だがセリスが滞在していることもある。会ってやらんこともない」
「感謝する。スペイシャルテレポート」
アーサーが姿を消した。転移を使ったんだろう。
そして、この場にはアルトとセリス、アルセリアとテレジアが残された。沈黙が流れる。
ほとんど初対面ばかりのメンツを残してどうしろと?
◇◇◇
幸いにもアーサーはすぐに戻ってきた。なんだかんだアルトとセリス、アルセリアは談笑していたがテレジアは一人だった。すぐに戻ってきていなかったらテレジアの胃には穴が空いたに違いない。
「父上はすぐにでも会えるそうだ」
「英断だな。そうでなければ乗り込んでいたところだ」
「やめてください」
「もちろん嘘だとも」
アルトがうろんげな表情をアルセリアに向ける。アルセリアはどこ吹く風だけど。
「では、行こうか。スペイシャルゲート」
転移扉を出現させアーサーがアルトたちを中へ誘導する。
転移扉の向こうはいわゆる謁見の間だった。高い天井に彫りの施された柱が両側にそびえ、部屋の中央には壮麗な玉座がある。広い床には玉座まで赤い絨毯が敷かれその両側に騎士と思われる人々がずらっと立ち並んでいる。玉座には冠を被った壮年の男性が座っていた。おそらく彼がこの国の国王なのだろう。
……普通王座の間へ直接繋げるか? アルトとテレジアが扉の前で固まってしまってるよ。アルセリアとよくわかっていないセリスはものともせずに進んでいくけど。
「お主がこの国の国王か」
不敬にもアルセリアが国王様にそう言う。いやアルセリアも魔王だから不敬ではないかもしれないけど。
周りの騎士たちもざわついている。やっぱりちょっと不味かったかもしれない。
「貴様。不敬であるぞ」
玉座の横に控える礼服をまとった男がアルセリアに諫言する。
「よい。宰相は黙っておれ」
「しかし」
「二度言わせるな。アルセリア殿だったかな。いかにも。余がトロン王国国王フェルヴィウスである」
「フェルヴィウス。部下はちゃんと躾けておくべきだな」
「貴様。国王様を呼び捨てるとは」
「良いと申しておるのだ。話の首を折るな。次はないぞ」
アルセリアは魔王だからね。フェルヴィウス王としても怒らせたくない相手なのだろう。それに食いつく宰相さんは大物だ。それともアルセリアが魔王だとわかってないとか?
「それで、アーサーからは話を聞いたが本当のことであるのか?」
「我はヴァルガンなる者をしらん。だが我が国が貴国を襲撃していないことは魔王の名にかけて誓おう」
「そうであるか。しかしアルセリア殿の言うことをただ真に受けるわけにもいかぬ。何か証拠でもあるか?」
「証拠か。今貴国が存在していることが証拠になると思うが?」
「貴様! 黙っておれば言いたい放題いいおっ、ヒッ!」
また口を出そうとした宰相がアルセリアの〈覇気〉を喰らった。尻餅をついている。3度目の正直と言うやつだね。〈覇気〉の余波でフェルヴィウス王も手が震えている。とばっちりだ。
騎士たちが一斉にアルセリアに向けて剣を抜く。それを見てアルセリアが好戦的な笑みを浮かべる。
「証拠としてここにいる騎士を皆殺しにしてみろということか?」
「いや。違う。騎士たちよ。剣を収めるのだ」
フェルヴィウス王の一喝で騎士たちが剣を収める。英断だね。止めていなければ本当に皆殺しにされていたかもしれない。
しかし、証拠か。証拠ね。襲撃者を捕らえることができれば明らかにできそうだよね。それにエレイン王女の毒のこともある。これも明るみにしたいところだ。
『アルト』
『ですね』
「御前への発言をお許しください」
「お主がアルトか。述べてみよ」
「エレイン王女が快癒されたことはご存知でしょうか」
「知っておる。本当は呪いではなく毒であったということもな」
「ぼくはこの毒を盛ったのもヴァルガン大司教の差金だと考えております」
「なんだと」
周りから驚きの声があがる。だがフェルヴィウス王は徐々に納得だという顔をしていく。流石に王なだけあって頭の回転は早いらしい。
「確かに言われてみればヴァルガンの利になっていることばかりだな。しかし証拠はあるのか?」
「ありません。ですのでヴァルガン大司教に自ら証言してもらいたいと思います。ヴァルガン大司教を召喚していただけませんか?」
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