055.エレイン王女の呪い?

「着いたよ。ここがハモニス教会のノクターン城塞都市支部だ」


 着いたのは石造りの白亜の建物だった。外観に太陽の光があたり神秘的な雰囲気に包まれている。


 ちなみにここまでは城塞都市の近くまで転移して城門をくぐってそこからまた転移するという一見迂遠な手順で移動した。

 教会まで直接転移することはできないのかな?って思ったけど結界に隔てられているところへは直接転移することができないみたい。


 ちなみにセリスは宿屋に置いてきた。種族的にセリスは結界を通り抜けられないと言うのだから仕方がない。セリスは不満げな顔をしていたけど最終的には折れて待つことにしたみたいだ。


 アルトは今、アーサーから渡された引きずるくらいの黒い外套を着てフードを被り姿を隠している。正体がバレないようにするためだ。この外套は認識阻害の魔道具でかなり高性能らしい。だけど控えめに見ても不審者だよね? アーサーはこの格好でアルトを教会にの中に入れるつもりなのかな? 大丈夫? 通報されたりしない?


 わたしの心配をよそにアーサーは建物の扉を開き、聖堂の中に入っていく。高い天井と美しく装飾されたステンドグラス、奥にあるのは調和神の石像かな? その石像に向かって信者たちが静かに祈りを捧げている。


 アーサーは近くで祈りを捧げている一人のシスターに声をかけた。長い銀髪の上からヴェールを被った儚げな美少女だ。


「やあ。エレインの面会に来たんだけど」

「王太子様? 少々お待ちください。司教様をお呼びしますので」


 シスターはすぐに奥にある扉に向かっていく。司教とやらを呼びにいくのだろう。突然の王太子の訪問に慌てる様子もない。多分アーサーはよくお見舞いに来るんだろうね。

 しばらくすると神官服を着た中肉中背の男が先ほどのシスターと一緒にやってきた。


「これはこれはアーサー王太子。今日はどのような用件でこちらに?」

「ダリス司教。わかっているだろう? エレインとの面会だよ」

「なるほど。……そちらの方は?」

「ぼくの友人だ。回復魔法の使い手でね? エレインを見てもらおうかと思っている」


 まだ友人になった覚えはないけどね。逃亡犯です、と言われるよりはマシだから許してあげるけど。


 ダリス司教と呼ばれた男はアルトにじっと顔を向けたあとアーサーにニコリとした顔を向ける。


「すみません。エレイン王女には王族の方以外会わせないように言われておりまして。面会できるのはアーサー王太子のみとなります」

「ぼくの友人を通すことができないというのかい」


 アーサーは静かながらも怒気を乗せるという器用な脅しをした。しかしダリス司教は涼しい顔でアーサーの脅しを流していく。


「ヴァルガン大司教の言付けですので。せめてそちらの方々の素性をお教え願えますか? ヴァルガン大司教に確認いたしますので」

「……わかった。もういい」


 やっぱりアルトたちの格好はちょっと怪しすぎたかな? 面会拒否されてしまったみたいだ。でも流石に姿を表すのは無理だからね。アーサーが断るのもしょうがないよね?

 ちなみに横ではシスターがアルトのほうを見て目を細めていた。やっぱり怪しいですよね。わかります。


『面会拒否されたみたいだね』

『そうみたいです。これじゃあ確認も回復もできないです』

『わたしが確認してこようか?』

『できるんですか?』

『エレイン王女が近くにいたらだけど』


 わたしはアルトから50メートルくらいなら離れることができるからね。エレイン王女が近くにいれば〈天眼〉は使えるはずだ。


 アルトがわたしの言葉に納得してアーサーに小声で話しかける。


「アーサーさん。エレイン様がいる部屋はこの教会の地下にあるんですよね」

「そうだけど」

「ここからエレイン様のことを調べてみます。エレイン様の外見の特徴を教えてください。あとどの辺に部屋があるかも」

「そんなことができるのか、いや、わかった。エレインはぼくと同じ色の金髪を肩くらいまで伸ばしていて12歳。部屋はちょうどこの下あたりだと思う」


 わたしはそれを聞いて地面を潜った。地面の下はシンプルながらも神聖さが漂っている部屋だ。部屋にはメイド服を着た付き添いと思われる人が立っていてその一角に白いカーテンで囲まれたベッドが置かれている。

 中を覗くとアーサーの髪と同じ色をした金髪の少女が目を閉じて眠っていた。身長はアルトとちょうど同じくらい。目を閉じていてもかなりの美少女であろうことが窺える。しかしその肌は青みを帯びていて明らかに普通じゃない様子だ。


 この子がエレイン王女かな? そう思ったわたしは早速〈天眼〉を発動する。


────────────────────

 名前:エレイン

 種族:人族

 状態:擬呪毒

 技能:結界術

 魔法:光

 恩恵:─

────────────────────


 エレイン王女で間違いないみたいだね。そして状態は、擬呪毒?


────────────────────

 状態:擬呪毒

 呪いに擬態した毒。その毒は身体中をめぐり体の自由を奪うが致死性はない。呪いへの擬態は秀逸で〈鑑定〉を使用しても見破ることはできず呪いと判定される。毒はトロン王国でのみとれる呪い茸を原料に作られる。

────────────────────


 なるほど? アーサーはエレイン王女が呪いにかかっていると言っていたけど本当は毒だったと。


 〈鑑定〉でも見破れないものを見破るとは〈天眼〉さんの面目躍如だね。さすが万物を見通すと言われているだけはある。

 さっそく元の場所に戻ってこのことをアルトに伝えた。


『見てみたんだけどエレイン王女は呪いじゃなくて、擬呪毒っていう毒に侵されているみたい』

『そうなんですか? でもアーサーさんは呪いだって言っていましたよね?』

『〈鑑定〉でも見破れない毒みたいでね。呪いって判定されるらしいよ』

『なるほど。アーサーさんに伝えます』


「アーサーさん。エレイン様は呪いじゃなくて擬呪毒という毒に侵されているみたいです」

「本当にここから調べたのかい? いやしかし〈鑑定〉に立ち会った時は確かに呪いだって出ていたけど?」

「擬呪毒は〈鑑定〉が間違って呪いと判定してしまうみたいなんです」

「そんなことが? いや試してみる価値はあるか」


 アーサーは先ほどのシスターの元へ向かっていき、そのまま何事かを話し始めた。ここからでは何を話しているかは聴こえない。だから近づいて聞き耳を立てることにする。


「──だから毒に効く魔法を試してみてもらいたいんだ」

「呪いに擬態する毒ですか。そんなものがあるのですね。試してみてもいいですが」

「ありがとう」

「ですがわたしの魔法ではどちらにしても効き目は薄いかもしれません。〈水竜王の聖水〉は持ってきていただけたのですか?」

「それは、すまない。急用が入ってしまって取りに行けなかったんだ」


 エレイン王女の治療の方針について話しているのかな? それに〈水竜王の聖水〉ならアルトが持ってるけど。


『アルト。アーサーが〈水竜王の聖水〉が欲しいみたい』

『そうなんですか? 渡してきます』


 アルトがアーサーとシスターの方へ向かっていく。シスターが眉をひそめる。そんなにダメかな? アルトの格好。いやダメか。


「アーサーさん。これを使ってください」

「これは?」


 アルトがアーサーに〈水竜王の聖水〉の入った小瓶を渡す。

 シスターがアーサーからビンを取り上げて何事か調べ始めた。


「〈水竜王の聖水〉ですね。王太子様。持っているのならそう言ってください」

「いやこれはぼくのでは──」

「もう一本ありませんか?」

「あります」


 アーサーがそれを受け取る。シスターがそれを取り上げる。……アーサーを経由する必要ある? アルトを警戒しているのはわかるけど。


「これで呪いと毒の両方を試せますね。エレイン王女の元へ行きましょう」

「ぼくも行こう」


『わたしも行ってくるね?』

『わかりました』


 二人は聖堂の端にある階段を降りていく。わたしはその後をつけていく。

 それにしてもシスターさんはエレイン王女のいるところに行けるんだね? 結構信頼されている人みたい。今更だけどこの人誰なんだろう?


────────────────────

 名前:テレジア

 種族:人族

 状態:通常

 技能:鑑定

 魔法:聖

 恩恵:調和神の聖女

────────────────────


 聖女様でしたか。そりゃエレイン王女のところに行けるわ。だって治療してる本人だもの。


 二人が先ほどの部屋に入っていき白いカーテンを開ける。ベッドには先ほどと同様に青い顔のエレイン王女が横たわっている。

 アーサーがエレイン王女の口元へ小瓶を持っていき〈水竜王の聖水〉を飲ませた。それを見届けた聖女様、テレジアがエレイン王女の体に手を翳して精神集中を始める。


「ホーリーアンチカース」


 光がエレイン王女の体を包む。しかし。


「ダメですね。王太子様。もう一度聖水を王女様に」

「わかった」


 アーサーがもう一本の〈水竜王の聖水〉をエレイン王女に飲ませ、聖女テレジアが再度精神集中する。


「ホーリーキュア」


 魔法を唱えた。

 先ほどと同じように光がエレイン王女の体を包む。しかしさっきと違いエレイン王女の青みを帯びていた肌が徐々に肌色に戻っていき、頬が少し赤みを帯びていった。そしてエレイン王女が目を開く。


「聖女様。とお兄様?」

「エレイン!」


 アーサーがエレイン王女に抱きついた。

 わたしは感動の再会に水を刺さないように静かにその場から離れていった。

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