038.アルトの気持ちとわたしの気持ち
「ホーリーヒール」
「さんくす」<ありがとう>
「いえ」
アースオーアドラゴンから逃れた二人はセーフティーエリアで休んでいた。光がノーアを優しく包み込み受けた傷を徐々に癒していく。ホーリーヒールには壊れた装備ごと直す効果もあるようで、ひしゃげていたノーアの装備も傷と共にゆっくりと元の形に戻っていく。
「それで、これからどうしましょう?」
「今日は終わろ?」<今日はもう終わりにしよう? どうするか考えるのは明日にしよう>
ダンジョン内は夕陽が落ち始めていた。外の世界とリンクしているみたいでダンジョン内でも夜がくる。まだ少し早い時間だけど疲れも溜まっているだろうし、夜に戦うのは危険かもしれない。明日万全の状態で戦ったほうがいいのかも。
「……そう、ですね。ぼくが先に見張りをするので先に眠っててください」
「りょ」<了解>
ノーアが寝袋を取り出し中に潜り込んでいく。
アルトはノーアから少し離れて地べたに座り込んだ。
アルトはいつもなら見張りをしながら魔法の練習をするんだけど今日はしていない。俯いたまま何事か考えているみたいだ。
『今日は魔法の練習をしないの?』
『……』
アルトは返事をしてくれない。やっぱり〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉に会った後からアルトのわたしに対する反応が薄い気がする。それともさっきの『ムキになるな!!!』が響いているののかな? つい鋭い口調になってしまったことに良心の呵責を感じる。アルトを怒らせてしまったかもしれない。
『ごめんなさい。さっきは大声を出してしまって』
アルトは俯いたまま黙っていたが、しばらくして少し顔をあげた。その口元はいつもより引き締まっていて不甲斐なさがにじみでているような気がする。
『……ぼくのこと呆れてませんか?』
アルトのことを呆れる? 誰が? ……わたしが?
『なんでそう思うの?』
『ダンジョンを無理やり進もうとして失敗してるから』
その言葉は少しの怒気となさけなさを含んでいるように聞こえる。それはわたしに向けてだろうか。それともアルト自身に向けて?
『呆れてないよ。……わたしが不安なだけ』
『不安、ですか?』
『うん。不安。わたしはアルトがいなくなってしまうかもしれない、死んでしまうかもしれないと思うと不安になる』
『ぼくが死ぬ? それはぼくが不甲斐ないからですか』
『違う。不甲斐ないのはわたしだよ。なぜならわたしは、一度アルトを死なせてしまっているから──』
わたしはアルトに死に戻りのことを話すことにした。最初の転生で回避できたはずなのにアルトを無駄に死なせてしまったことを。自分の不安をアルトに伝えてわかってもらうために。不甲斐ない自分を知ってもらうために。
……いや、おそらく信じてもらえないだろうそれを話すのは自分のためかもしれない。わたしがアルトに懺悔したかったという自分のエゴだろう。
しかしアルトは真剣な様子で聞いてくれる。
アルトはなぜそんなにも焦っているのだろうか? なぜ引き返そうとしないのだろうか? なぜ一見無謀にも見える道に縋って、会ったこともない妹のためにそこまでできるのだろう。
『わたしはね? 今でもアルトに引き返して欲しいとは思ってる』
『やっぱり、ぼくが不甲斐ないから──』
『だけどそれはアルトに自分の命を優先して欲しいから』
『ぼくの、命……』
わたしは見たことのないアルトの妹よりもアルト自身を優先してほしい。誰かのために自分を犠牲にするようなことはしてほしくない。それが誰であろうと、母親の頼みであろうと、たとえ助けるのが妹であっても。もちろんそれはわたしのわがままだ。
『……セイさんならどうしますか?』
『えっ?』
不意のアルトの言葉にわたしは前世での妹のことを思い出した。わたしは妹がどのような扱いを受けているのかを知らなかった。何不自由のない生活を送っているものだと勘違いしていた。妹は幸せに暮らしているのだと思っていた。妹が死んだと知らされたときにそれが全部虚構だったと気がついた。
『セイさんにもし妹がいたら、助けを必要としていたらどうしますか?』
アルトが同じ問いをわたしにかけてくる。もしわたしが妹の境遇を知っていたら? 本当はどんな扱いを受けているかを知っていたら? たとえ妹を助けるのがどんなに困難な道かわかっているとしたら?
『……助ける』
わたしはアルトに言いたいわけでもなくポツリと言葉をこぼしていた。これは矛盾だ。アルトに言っていることとわたしが考えていることは食い違っている。自分のことは棚に上げてアルトに自分の命を優先して欲しいと願う。わたしはずるい人間だ。
『ぼくも不安なんです』
『……不安?』
『今このダンジョンでは異変が起きています。もしかするとこの異変は一時的なもので時間が経てば元に戻るかもしれません。でも、そうじゃないかもしれない。ダンジョンの異変のせいで妹は死ぬかもしれない。急がないと間に合わないかもしれない。そして間に合わなかったら、ぼくはぼくを許せそうにありません』
そう。妹が死んだとき、妹を死なせた人々を憎んだ。それ以上にわたしは自分自身を許せなかった。力がない自分を憎んだ。妹を死に追いやった人々を許せなかった。
昔のわたしは今のアルトの写鏡だ。同じ心境だ。わたしは知らず知らずの内にアルトに自分と同じ道を歩ませようとしてしまっていたのだろうか?
わたしは自分の中の矛盾に整理をつけることができない。自分の中の正しいこと、間違っていることが混沌となって混ぜられていくような気持ちにさせられる。
『……それならもっと頼ってよ』
言っていることが支離滅裂だ。なんの理論も論理もない唐突な言葉。それなのにアルトは律儀に返事を返してくれる。
『十分頼ってると思います』
『全然してなかったよ!!』
『そうですか?』
『そうだよ!!』
『……確かに、進むべきだと思っているのは自分だけだと思って、自分一人で解決しようとしてたかもしれないです』
わたしは行き場のない怒りをアルトにぶつけてしまっている。
だけど!!
わたしは大したことはできないかもしれないけど、話を聞くことくらいはできる。相談に乗ることだってできる。一緒に作戦を考えることだってきっとできる。できることは色々とあるはずだ。
『もう、妹に死んでほしくないんだよ!!』
アルトと妹の死がごちゃ混ぜになる。アルトには意味がわからないだろう言葉をアルトにぶつけている。
『ぼくはセイさんの妹じゃないよ』
口調を変えたアルトはなぜか晴れ晴れとしたような輝かしい笑顔をわたしに向けた気がした。
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