037.イレギュラーのボス
〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉が消えた後、アルトたちは向かってきたCランクの魔物であるグランドエレメントドラコを倒した。付与のついていないホーリーレイヴァントとシャドウリーパーの一振りで一撃だった。
「あっけなかったです」
『あれと比べたらね』
ドロップを拾いながら納得のいかないような顔をしていた。あの埒外の魔物、〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉と比べたらCランクの魔物なんて雑魚だよね。
「さて、どうする?」<さて、これからどうする?>
「どうするって何がですか?」
「戻る推奨」<ぼくはダンジョンから地上に戻ったほうがいいと思うよ>
「……戻るつもりはありません」
「そう」<そう>
『わたしも戻ったほうがいいと思うけど』
『……セイさんも進むのは反対なんですね』
アルトの声が消えそうなくらい儚く聞こえる。
「次、来る」
「わかりました」
また魔物が向かってくるみたいだ。〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉がいなくなって急に魔物の出現頻度が増えた気がする。
◇◇◇
「あれが10階層のボスですか?」
「ん、強そう。Aランク?」<うん。強そうだね。Aランクくらいはありそう?>
10階層の門の前で二人はボス部屋の中を覗いていた。中には金属光沢のある鱗で覆われた翼のない巨大なドラゴンが中央で鎮座している。
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種族:アースオーアドラゴン
堅固な鉱石の鱗で覆われているドラゴン型の魔物。推定Aランク。地表内の土や岩、金属を操り、地を揺るがす地震を引き起こす。鉱石の鱗は外部からの力に対して高い防御力を持ち大抵の攻撃を弾きかえす。
口からは砂や金属片の含まれる暴風のブレスを吐き出し、地面に潜り地中を移動する。弱点は水に長時間浸かることによる腐食で体表が水で濡れると若干鱗や岩が脆くなる。
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『アースオーアドラゴン。Aランクの魔物だね』
6階層から10階層のここまで2日の期間がかかった。なぜかというと魔物の出現頻度が5層までと比べて倍くらいに増えたからだ。それでも道中に出てきたのはCランクの魔物ばかりだったので苦戦はしなかった。
しかし問題はそこではない。
アルトによるとボスの強さは道中の魔物の強さの1段階上になることがほとんどらしい。つまり10階層のボスは本来であればBランクであるはずだ。しかし、ボス部屋に現れたのはAランクの魔物。これがアーサーの言っていたイレギュラーなのだろうか? だけどボスがイレギュラーだとは聞いていない。
「おかしい。眷属のこともある。引き返す推奨?」<やっぱりこのダンジョンはおかしくなってる。〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉のこともある。引き返したほうがいいと思うけどどうする?>
ノーアがいつも以上の長い言葉で撤退を仄めかす。わたしも同じ意見だ。
これまで明らかにこのダンジョンは異常が発生している。〈冥府を纏うドラゴンの眷属〉の存在、魔物の出現頻度の上昇、イレギュラーのボス、それに、ダンジョンから出てきた騎士たちの様子も気になる。それらが全て根本的には同じ事象なのか、別々の事柄なのかはわからないけど、どれをとっても本来ならダンジョンを探索するのをやめる理由になるものばかりだ。
しかしアルトはかぶりを振る。
「いえ。進みます」
「そう」<わかった>
「ノーアさんは戻ってください」
「なぜ? 不要?」<なんで? ぼくはアルトにとって必要ない?>
「いえ。そんなことはありません。ですがこれ以上ノーアさんを巻き込むのは悪いです。ノーアさんは進むのに反対みたいですし」
その言葉にノーアはアルトの顔をじっと見つめた。吸い込まれるような瞳だ。いつもは眠そうな目をしてるから、ギャップにすごくドキッとさせられる。
「ぼくが止めるのはアルトを心配してるだけ。アルトが進むのならぼくも進む。巻き込まれるのが悪いとも思ってない。怒るよ」
それは副音声が必要ないくらい長い言葉だった。それだけに感情が込められているように感じる。少しの怒気とそれ以上の優しさがこもった声色だ。
アルトはノーアを見て瞠目していた。
「……わかりました。すみません。変なことを言って」
「ん。許す」<うん。許すよ>
結局戻らずに戦うことになったようだ。なんか二人がいい感じになってるのにジャラシーを感じるのはわたしの心が狭いからなのかな? わたしは二人に割り込むように無言でアルトに再度ウィンドウを共有する。
「弱点は、水ですか。ぼくたちには使えませんね」
『だね。試しに〈天授〉を試してみる? 水系の魔法が手に入るかも』
アルトは首を横に降る。
『やめておきます』
『どうして?』
『……今使うのはもったいないと思います』
『そう? わかった』
まあ、〈天授〉を試してみて出るかどうかは運だからね。確かにアースオーアドラゴンのためだけに水系の魔法が出るまで回すと言うのはもったいないかもしれない。
それにしてもアルトのわたしに対する反応が微妙にそっけない気がするのは気のせいかな? 気のせいだと思いたい。
「一旦試しに攻撃を仕掛けてみましょう。5階層のボスのときみたいに意外とあっけなく倒せるかもしれませんし。魔法も付与します」
「りょ」<了解>
ホーリースパークをノーアとアルトの剣に付与して二人はボス部屋の門を潜っていく。アースオーアドラゴンが二人の侵入に気がつき咆哮を放った。その耳をつんざく様な金属音に思わず耳を塞ぎたくなる。
「ウインドストーム!」
ノーアが片手をかざして強力な暴風を放射した。事前に準備していた魔法だ。巨大な竜巻のような風が瞬く間にアースオーアドラゴンに向かって襲いかかり、空中に舞い上がる砂塵で姿が見えなくなる。
その瞬間、アルトとノーアは左右に分かれてドラゴンに向かって走っていく。ドラゴンがブレスを放ち、二人が元いた場所を鉄片の暴風がえぐるように通り過ぎる。ウインドストームによるダメージは皆無なようで体には傷ひとつついていない。
二人がドラゴンに剣を振り放った。白い雷撃を帯びた二振りの剣はドラゴンの背中の鱗に直撃する。しかし、その鱗は頑強で二つの攻撃を甲高い金属音と共に弾き返す。付与した雷撃も通用していない。金属の鱗から雷撃が通じるかもとちょっと思ったけど、〈天眼〉に書いていない通り弱点ではないらしい。
ドラゴンが尻尾を横に振り回した。ノーアが運悪くそれを喰らい後方に吹き飛ばされて倒れる。ドラゴンがそれにブレスを放って追い討ちをかける。
「ノーアさん!」
アルトが精神集中をし始める。ホーリーバリア使おうとしているみたいだ。しかしその短い集中の時間のせいで魔法は間に合わない。
「〈影繰〉」<〈影繰〉>
ノーアの影が動き出しノーアを横に吹き飛ばす。多分〈隠密〉の副技にあったやつだ。ノーアはブレスからかろうじて逃れなんとか立ち上がるが、装備が一部ひしゃげている。
ドラゴンが再度ブレスを放とうとした。アルトが顔に剣を振り上げてブレスを阻止する。
地面が鋭いスパイク状になってアルトへ襲い掛かる。ドラゴンの能力だろう。それをホーリーバリアでアルトが防ぐ。
「しまっ──」
ドラゴンの顔がアルトの目の前に迫っていた。口には風の魔力の奔流が丸く渦巻いていて、次の瞬間には発射される。
鉄片の暴風がアルトを襲う。咄嗟に双剣をクロスさせて防ごうとするが皮膚を切り裂きながらアルトを後方へ吹き飛ばした。
アルトはかろうじて立ち上がるが満身創痍だ。
『一度撤退して!』
『いやです』
『ムキになるな!!!』
自分でも驚くくらい強い思念を送ってしまう。
アルトが硬直する。ノーアがそれを見てアルトをキャリーしボス部屋から逃れていく。わたしはそれを見ながら強く後悔した。
しまった……。かなりきつい口調で怒鳴ってしまった。
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