029.ダンジョン1階層

 白い階段を降りると、岩盤に囲まれた暗く薄暗い光が差し込む洞窟だった。洞窟といってもそのスケールは大きく、幾重にも枝分かれした道は、それが広間だと言われてても疑問にならないくらいには広かった。流石はドラゴンが頻出するダンジョンだなーって思う。


「大きいですね。それに迷いそうです」

「ん。地図。30階まで」<うん。だから地図を買ってきた。30階層まではこれに載ってるよ>

「ありがとうございます」

「最短」<地図に載ってる最短のルートで行こうか>

「ですね」


 岩でできた通路、と呼ぶには広すぎる道幅の経路はさらに徐々に広がっていく。高い天井がそびえ立つ広大な空間が続く。不規則な水滴が滴り落ちる音が響く。巨大な柱が点在し、天井には輝く鉱石が散りばめられている中を進んでいく。


 さらに一段と天井が高く開けた空間が広がった。その高さは明らかに入り口から降りてきた階段の高さを超えていて、本当にここは入ってきたダンジョンの中なのかと思ってしまう。


「いる。2匹。不明」<魔物がいる。数は2匹。魔物の種類はわからない>


 入った空間の中には一つの巨大なクレーター。それは堅そうに見える質の違う岩肌によって作られ、輝く宝石や鉱石が散りばめられている。


「あの中ですか?」

「そう」<そう>


 わたしは視点を俯瞰にしてクレーターの中を覗いた。その中には体つきの丸い柔らかそうな鱗をしたドラゴン?だった。短く四肢の先には小さな爪がのぞき、丸い頭部には大きな目がぱっちりと開いている。背中には明らかに体を浮かせるには小さすぎる翼、後ろには尻尾がすらっと伸びている。やってくる冒険者を待ち伏せしているみたいだけど……。


 かわいい!! 何あれ!?


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 種族:ドラゴンパピー

 幼体の姿をしたドラゴン型魔物。Cランク。無邪気で可愛らしい外見をしているが、見た目以上に凶暴で火のブレスを吐き爪で切り裂き敵を攻撃する。

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『ドラゴンパピーだって! かわいいよ!』

『ドラゴンパピーですか。危険ですね』


 わたしとアルトの意見が食い違う。いやまあアルトのほうが正しいんだけど。あの可愛さで危険なんだ……。


「ノーアさん。ドラゴンパピーです。ホーリーレイを付与します」

「りょ」<了解>


 ドラゴンパピーたちはクレーターの中で身構えている。やってくるアルトたちを待ち伏せしているみたいだ。


「〈付与エンチャント〉ホーリーレイ!」


 アルトがノーアの剣に光のエネルギーを付与する。続けて聖右剣ホーリーレイヴァントをしまっていた異空間から呼び出し、ホーリーレイを付与。


 ドラゴンパピーがクレーターから飛び出してきた。アルトたちに気づかれたことを悟ったみたいだ。可愛らしい瞳に光が差し、興奮したように鼻息が荒い。


 パピーたちの小さな口から炎が噴き出した。その炎はパピーたちの見た目からは想像できないような激しさでアルトたちに迫る。


 が、アルトたちは軽くかわし光で包まれた剣をドラゴンパピーたちの首に一閃。

 パピーたちの首は落ち黒い煙が広がって消えた。


「あれが初見殺しと言われているドラゴンパピーですか。大したことなかったですね」

『初見殺しが効いてなかったからね……』

『どういう意味です?』


 そう言うところだよ。初見殺しってドラゴンパピーの可愛さに油断してやられるってことだと思うよ? アルトたちには効いてなかったけど。


「〈付与〉」<〈付与〉が強すぎるだけ。普通はパピーといってもドラゴンをあんな簡単に切り裂いたりはできない>

「そうなんですね」


 なるほど。そう言う側面もあるのか。


 というか、パピーたちは黒い煙になって消えたよ? この世界の魔物は死んでも肉体を残すんじゃなかったの? そう思ってアルトに聞いてみると普通のダンジョンはそういうものらしい。ダンジョンさんにはちょっと統一感を出していただきたい。


 二人がドロップした魔石と卵を拾う。なぜ卵なのかは知らない。〈天眼〉すればわかるかもしれないけど知らない。


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 名前:ドラゴンパピーの卵

 ドラゴンパピーからドロップする卵。ドラゴンパピーは幼体の姿をしているだけで成体。性欲旺盛。食用化。不味い。

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 知らないっていったのに。あんまり知りたくない情報だった。



 ◇◇◇



「なぜ? なに? どこ?」<なんでドラゴンパピーってわかったの? あと、あの剣は何? どこにあったの?>


 ドロップを拾い終わり、歩きながらアルトがノーアから質問攻めにあっていた。


 うん。あれはちょっと迂闊だった。でも剣を使わない選択肢はなかったしなー。


 アルトが難しい顔をしている。「なんとかして?」のSOSかな?


 ノーアにわたしが聖霊だとバレ、いや、聖霊だと勘違いされるのは問題あるだろうか? ちょっと考えてみる。


 結果、問題ないと思った。と言うよりも問題ないということにした。考えるのが面倒になったとも言う。

 いや、マジレスするとよくよく考えたら聖霊だと勘違いされるデメリットって実はないかなーって思って。唯一聖魔法使わせるようにしてって言われたとしても断ればいいだけだし。


『聖霊のせいだってことにしていいよ』

『……いいんですか?』

『うん』


 嘘だけどね。アルトはわたしが聖霊だと思ってるからセーフだということで? えっ、アウト? じゃあ嘘も方便ということで。最悪何かあったらわたしのせいにして貰えばいいし。


「実は今ぼくに聖霊様がついてきてるんです」

「聖霊?」<聖霊?>

「はい。それでドラゴンパピーのことは聖霊さんに教えてもらいました」

「なる?」<なるほど?>

「剣は聖霊さんに貸してもらっています」


 いやそれは違うけど。あの双剣はもうアルトのものだ。

 しかしノーアは合点したように頷く。


「内緒にしてくださいね?」

「ん」<わかったよ>


 ちょっと間を置いてノーアが最後にボソリと一言いう。


「アルトは勇者」<やっぱりアルトは勇者だったんだ>

「違いますよ!」


 うん。〈自由神の勇者の種〉ではあるけどね。



 ◇◇◇



 アルトたちは一息に洞窟の中を進んでいた。

 相変わらず岩肌の道のりが続いているが、徐々に道幅が狭くなっている。さらに歩くと奥深い通路の先に不思議な輝きに包まれたエリアが見え始めた。


「見えてきましたね」

「ん。階段」<うん。あの光の先に2階層への階段があるはず>

「魔物も出なそうですし急ぎましょうか」


 道のりは驚くべきほど順調だった。

 ドラゴンパピーと、ドラコリスという3メートルほどの小さめのドラゴンが出てきた以外は特に魔物も出てこなかったし、出てきた魔物も同時に一体〜二体で出てくるのみで、アルトとノーアが一撃の元に沈めてきた。本当に簡単に倒すから途中から緊張感とかなくなっちゃったよね。ここが本当に最難関のダンジョンなのかと疑わしく感じるほどだよ。まあでも一階層だからそんなもんなのかな?


 そんなことを考えている間にも光るエリアに到着した。


「3時間弱」<ここまで3時間弱かかったね>

「そうですね。これなら寝るまでに5階層までは進めそうです」

「ん」〈そうだね〉


 ん? それだとこのまま1階層を同じ3時間で進むとしても15時間くらいかかることになるんだけど? どういう計算? ちょっとブラックすぎじゃない? わたしとしてはもうちょっとゆっくり進んでくれた方がうれしいんだけど。せめて休憩くらいはしてほしい。


「セーフティーエリアでちょっと休憩しましょう」

「ん」〈わかった〉


 休憩はちゃんととってくれるみたい。よかった。

 セーフティーエリアというのは今いる光ってる場所のことかな?


────────────────────

 名称:セーフティーエリア

 ダンジョン内にある、創造神の祝福によって守られた安全な領域。この中には魔物が入ってくることはない。

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 そうみたい。やっぱり便利、〈天眼〉さん。


 それにしてもセーフティーエリアって。やっぱりこの世界はゲームみたいだよね。

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