幼馴染という呪いが俺の青春の邪魔をする
加糖のぶ
第1話 プロローグ
これは、とある少年の後悔の物語。
二月半ば。
高校受験を終えた学生たちはいろいろな意味で心の余裕が生まれる時期。
来たる華の高校生活に思いを寄せ、友人たちと中学最後を愉しむ。その陰では受験に失敗した者たちが次の一歩を突き進む。
その行動一つ一つは千差万別。
ここに一人、周りと同じく高校受験に成功した勝者がいた。その少年は強面ということ以外は至って普通の少年。
そんな彼は緊張から解き放たれたからか、または何かの枷から解放されるように自分たちの関係を変えるため行動を起こした。
少年には長年連れ添った幼馴染の姉妹がいた。それも美人・美少女と前置きがつくほど。そんな幼馴染が近くにいたら誰でも好意を寄せるのは必然的だったのだろう。
少年は、高校受験を終えたという達成感に背中を押されるように勇気を振り絞り、幼馴染姉妹を自宅の近くにある公園に誘うことに成功。
緊張はあるし、自信はない。それでいて勝算など皆無に等しい。ただ覚悟だけがあった。それはもし、万が一、自分の告白が失敗に終わっても
今日、幼馴染を卒業する。
『…?』
何も知らされず少年に呼ばれた二人は今から何をするのか意味もわからず首を傾げる。
それは当然の反応。ただ、あまり自分から行動を起こさない少年が自分たちを呼んだことに意味があると、幼馴染姉妹は静かに待つ。
「……っ」
幼馴染姉妹を前に後退ろうとする自分の足をなんとか留める少年。それを誤魔化そうと笑いかけようとするも…喉が渇き声が出ない。焦りで回らない頭を冷静に保とうと一度呼吸を整え、不安からくる衝動を誤魔化すために…手汗びっしりの右手をズボンに擦り付ける。
「どうしたの――」
茶髪に色白の美少女は少年の表情を見て心配そうに声をかけようとするが…それを酷似する容姿を持つ少女が二回肩を軽く叩き止める。
「大丈夫。今は待とう、ね?」
「…お姉ちゃんが言うなら」
「姉」の真剣な面持ちを見た少女は特に反論することなく彼女に従う。
そんな「妹」の姿を見た彼女は「彼」…少年が今から何を話すのか何となく理解しているからか、安心させるように一つ微笑む。
「――っ」
少年は幼馴染に気づかれた羞恥心、自分の不甲斐なさからか耳まで真っ赤に染め上げ、下を向き、それでも自分が話を進めないと…二つの意味で前に進めないと覚悟を決め、顔を上げた彼は二人の目をしっかりと見る。
「っ。俺は、二人のことが…好きだ。俺でよければ、その、付き合ってください…っ!!!」
思いの丈を紡いだ。
右手を前に差し出し、地面に打ち付けるかの如く頭を下げる少年は…告白の返事を待つ。
二人の表情など見えない。それでも空気的に二人が驚いているのは感じられた。
「……っ」
誰も言葉を発さない無言の空間、ひゅーっと冬を感じさせる冷たい風が通り過ぎるのみ。
少年は、二人の反応を…言葉をただひたすらに待つことしかできない。
時間だけが刻一刻と過ぎ去る。
そもそも、二人同時に「告白」など非常識で、二人に失礼。それでも少年にはどちらか一人だけを選ぶという選択が見出せなかった。
それは、一人に告白をして振られ、もう一人に…そんなことをしたら嫌われるのは目に見えている。だから、二人同時玉砕覚悟で挑む。
他の人が聞けば言い訳に過ぎないだろう。だけど、少年には選べなかった。
「――ごめんなさい」
人生は無情だ。
一分一秒がとても長く感じられた。欲しい言葉はただ一つ。なのに、それは叶わない。
幼馴染の一人…「姉」から確実に、拒絶であり断りの言葉が贈られた。
「……っ」
前に出した手に温もりを感じることなく、今、一番聞きたくない言葉が聞こえた。
まだ希望はある。こんなことを考えること自体烏滸がましいことだが…諦めたくない。
「――ごめんね」
「――」
終わった。そう思っても喉はカラカラに乾き、乾いた笑みも、嗚咽すら出ない。
「かつ君はそういう対象に見えないんだ。だから、ごめんなさい」
「姉」に続き「妹」からフられた。今世紀最大の覚悟を決めた告白は惨敗となった。
「…そ、そっか。はは、は。なんか、ごめん」
一瞬固まっていた少年は少しして言葉を理解し、現実を受け止め顔をあげ、虚空に伸ばされた頼りない腕を下げ、もう片方の腕で首筋に触れ…苦笑いとも取れない暗い笑みを作る。
またも、ひゅーっと冷たい風が三人の間を通り過ぎる。少年は考えなしだった。「成功」しようが「失敗」しようがこの後の展開を考えていなかったのか告白が失敗に終わったことも相まって目が泳ぎ、冷や汗をかくばかり。
そんな少年を見かねて「姉」が助け舟を出す。
「そ、そのね。克治君は…その、「弟」にしか見えないの…あっ。えっと、別に克治君に魅力がないとかじゃなくって…家族として、幼馴染としてまたいつものように、過ごさない…?」
慌てた様子で取り繕う。
その仕草、言動を見てわからされる。その言葉は彼女にとって今口にできる最善の言葉であり、本心。逆に少年にとっては…「呪い」とも取れる最低最悪な言葉だと知らずに。
「そ、そうだよ!! いつも通り。これで元通りだよ! 幼馴染として…三人でずっといようよ! ね、かつ君…?」
「姉」の言葉に「妹」も慌てた様子で手足をアタフタとさせ、少年を上目遣いに見上げる。そんな彼女の視線と自分の視線を合わせることなどできない。それでも口だけが動く。
「っ…二人が、それでいいなら」
掠れた声だが確かに言葉として紡げた。それは彼女たちの顔を見ればわかること。
また、今まで通りの関係で居られると二人は嬉しそうに顔を綻ばせ、表情を緩め、張り詰めていた緊張の空気が緩むのだから。
元々、幼馴染が幼馴染に告白をしたらどちらに転ぼうと関係が破綻することは目に見えている。それをわかっていて行動に移した。
なのに二人に甘えた。また、自分から足を踏み入れた。幼馴染という関係が継続するという自分にとって毒にも薬にもならない関係を。
「これからも、よろしくね」
「これからはもっと、幼馴染しようね!」
二人は同時に手を差し出す。
「…よろしく」
その手を握り返し、微笑む。
彼女たちは気づいていない。彼の目が笑っていない…本心から笑えていないことを。
彼は知っていた。彼は憎んでいた。彼は恨んだ。「幼馴染」という関係に。
もし、自分たちが幼馴染じゃなかったなら、自分たちが違う形で出会っていたなら、この関係は変えられたのだろうかと。
少年は思う。
自分にとって「幼馴染」とは、この世に存在する最も嫌悪する概念であると。
彼女たちは一つも悪くない。ただ、自分の置かれた立場をこれから一生恨み続けるだろう。
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