第9話 闇夜の邂逅 ~屍鬼~

 聡が制止の声を上げる。

 しかし遅かった。


 とうに黄泉よみの国へと旅立ったはずの、丁度望が立ち止まった場所に横たわっていた鬼が、口から唾液に混じり鮮血を吐き散らし、咆吼ほうこうと共に立ち上がった。


 驚くべき生命力と、生への執着心────。


 しかし鬼は既に、執着すべき相手を判断する能力と、理性を失っていた。目の前に立つ望へと、残った片腕に怒りを込め、渾身の力を宿し、振り下ろした。

 鬼の腕は一回り大きくなり、爪が、鎌のように変貌していた。


 望は再度、死の淵へと立たされたことを知った。

 凍りつく望の視界を、闇が覆う。

 その闇のかいなに抱かれ、宙に浮いたと感じた瞬間、突然衝撃が襲った。


「グッ!」

 その呻き声は、望の喉からではなく、暖かく自分を包む黒い影からのものであった。

 その黒い影に抱かれたまま地に降り立った望の頬に、生ぬるいものが流れ落ちる。


 見上げる望の眼に、聡の横顔が映った。

 その肩から、血が、流れ落ちていた。

 聡が自分の盾となって、鬼の一撃を塞いだことを知った。

 凄まじい量の鮮血が、コ─トを濡らしていた。


「・・・聡・・・・・」

 しかし聡は顔色を変えず、鬼に向き直った。

 望を地に下ろし、片手に刀を握ったまま、静かに立ち上がる。

 鬼と対峙した聡の背の傷が、望の眼に入った。肩から背にかけて裂けたコートの間から、五条の赤い溝が穿うがかれていた。


 立ち上がることも困難なはずの傷を負いながら、聡は静かに刀を構えた。

「ゴアアアアアアアアアァァ・・・・・・!」

 狂気の叫びを上げながら、鬼は聡に向け、はしった。


 聡は刀を後ろへ引き、僅かに腰を落とす。

 鬼の躰が、聡と重なった。

「フッ!」 


 聡の口から、呼気が迸った。

 銀光が、地より天に向けて疾る。

 鬼はそれを硬質化した手で受けた。

 衝撃音と閃光が迸る。

 鬼の手は、金剛石ダイヤモンド並みの硬度を有していた。


 鬼と聡は交差し、位置を変える。

 目に留まらぬ速さで反転し、再び交差────。

 望の目には、至る箇所で放たれる閃光しか映らず、二人の動きが捉えられない。

 二つの力は拮抗し、決着が付かないと思われた。


 その時。

 ひときわ大きな火花が飛び散り、影は3方向に分かれた。

 地に、3つの影が降り立つ。


 3つ目の影は、紅いメッシュが入った髪をなびかせ、光沢のある紫のアオザイに似た服を着た女性だった。刀身からは蒸気のようなものが立ち昇っている。

「カルラか・・・・・・」

「あんたはまだ『滅殺術』を使えないんだから、単独行動するなって言ったでしょ!」


 相手が増えたことを不利と見たのか、鬼は宙へと跳躍した。

 聡がすかさず追う。

 そこに横から影が奔った。

 宙で交錯し、地に降り立った影は、乱れた和服に身を包む鬼の女────。

 背後にも2人、鬼女は現れた。


 宙に飛んだ鬼は、更に屋根を足場に跳躍し、闇夜に消えていった。

 聡とカルラと呼ばれた女は、視線を3人の鬼女に戻す。

屍鬼しきにえの者か・・・・・・」

 望は鬼女の一人に見覚えがあった。記憶に間違いが無ければ、TVに流れた被害女性の顔───。


 その額には角が生え、生ある者を恨めしく見つめる赤黒いまなこに変わっていた。


 3つの影が、2人を中心に回り始める。

 影に向かって聡が奔り、カルラが剣を縦に構える。

 聡が刀を横に薙いだ瞬間、3鬼の動きが止まった。

 間髪入れず────。


「朱雀紅蓮剣 業火転生!」

 カルラから光の筋が弧を描き、3鬼の足元から火柱が上がった。

 鬼女達は炎に包まれ、目と口から青白い光が噴き出す。

 聞く者が発狂しそうな叫び声を上げながら、紅蓮の炎と共に影が天へと昇ってゆく。


 悲鳴は次第に小さくなり、立ち昇る炎も消失していった。

 望は、小さく地面に残る炎を見つめていた。

「大丈夫? お嬢さん」

 カルラと呼ばれた女性が声をかけてきた。

 望はその優しい声に、これまで保っていた緊張から解き放たれ────。


 そのまま意識を失った。

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