15.5章 迎撃戦1

 第一次攻撃隊が発進すると、直ちに格納庫に残っていた艦載機による第二次攻撃隊の発進準備が始まった。もちろん米軍の攻撃隊がやって来る前に、空母の格納庫を空けるためだ。


 しかし、発艦準備の途中で、艦隊から北方に150海里(241km)離れて飛行していた偵察型天山が編隊を探知した。「赤城」から「衣笠」に転送されてきた探知情報を計算機端末が表示した。


「北方の電探搭載機が編隊を探知しました。方位345度、180海里(300km)の海上、間違いなく米軍の攻撃隊です。編隊は東西に分離しつつあります。明らかに西の艦隊と東の五航戦をそれぞれ攻撃するつもりです」


 米攻撃隊来襲の報告を受けて、「衣笠」の司令部は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。三和参謀が小沢長官の方を向いた。第二次攻撃隊の発進作業を継続するかやめるかの判断が必要だ。


「悪い予感が当たりました。まだどの空母も甲板や格納庫で機体を準備中です。今から発艦作業を始めても攻撃隊の全ての機体が飛び立つことは不可能です」


「確かに、やっと飛行甲板に機体を並べ始めたところだからな。発艦が終わる前に爆撃機がやってくる。これでは発進中止もやむなしか」


 穴山大尉は第一次攻撃隊が発進している間も、いくつかの条件に分けて計算機にこれからの作戦を計算させていた。そのうちの一つを印字して、三和参謀に手渡した。

「三和大佐、計算機が出している答えです」


 計算機端末が出力した内容を一瞥すると、騒音に負けないように大声で小沢長官に報告した。

「小沢長官、第二次攻撃隊の戦闘機だけは急ぎ発艦させましょう。第二次攻撃隊にも護衛の戦闘機を随伴させる予定でした。既に一部を飛行甲板に上げて、発進準備に取り掛かっています。戦闘機に限れば、それぞれの空母から発艦させるのは10機前後なので、米軍機がやってくる前に飛び立てるはずです」


 小沢長官も、意図していることが理解できた。

「上空の戦闘機を大幅に追加して、爆撃機を撃退するつもりなのだな。了解だ。爆撃機の迎撃を優先する」


 各空母から、烈風の発艦が始まった。格納庫から運びあげる時間を含めても10分程度で待機していた全ての戦闘機の発艦が完了した。


 戦闘機の発艦が続いている間にも、接近してくる爆撃隊の情報はどんどん増えてくる。北方に進出している「愛宕」や「榛名」の電探が捉えた情報も入ってきた。


 吉岡参謀が表示管を見ながら最新の情報を説明していた。

「東西のそれぞれの攻撃隊は高高度の2隊と、それよりも低い高度の編隊に分かれています」


 三和参謀が思わず漏らした。

「それぞれが20機程度と考えると百近くの大編隊だ。これは全く油断ならないぞ」


 増援の戦闘機隊が発進する前に一航戦と二航戦上空を直衛機として飛行していたのは、烈風改が12機、烈風が8機、それに加えて複座型烈風が20機だった。同様に五航戦上空には烈風改が20機、複座型烈風が12機だった。複座型烈風は電探を搭載した夜間戦闘機型だったが、性能的に昼間の迎撃にも充分使えるとの考えから直衛戦闘機に加えられていた。


 各空母から、第二次攻撃隊の戦闘機隊が発艦しつつあるときも、上空の戦闘機隊は全速で北上して米軍機を迎撃する態勢をとろうとしていた。


「前衛部隊の『榛名』から入電。米編隊が電探妨害を実行しました。おそらく、金属箔の散布です。探知距離が若干短くなりますが、妨害への対抗のために電探周波数と受信部の処理を変更します」


「電波妨害が実行されたことを、艦隊の他の艦に通知。電波妨害の強さに応じて、対抗策を実施せよ」


 ……


 菊池一飛曹は、母艦からの誘導に従ってゆるく上昇しながら、方位10度に向かっていた。しばらくして、列機の岩間一飛曹が目ざとく目標を見つけて無線で知らせてきた。

「1時方向に編隊が見える。高度8,000m、我々より上です」


 一飛曹が、言われた方向を凝視していると、曇を背景に編隊が見えてきた。やや下方にもきらきら光るものが見える。おそらく編隊が上下の2隊で飛行しているのだろう。烈風改は高高度の編隊に向かって上昇していった。接近すると、正面から見ても双発エンジンの間に小さな胴体が付いていることが判別できた。特徴的な双胴からP-38の編隊だとわかった。


「目視で米編隊を確認した。高度8,000。前方の編隊はP-38だ。護衛の戦闘機が先行している。これより攻撃を開始する」


 この時、「赤城」と「加賀」の直衛の烈風改は12機が編隊を組んでいた。前方のP-38もほぼ同数のようだ。烈風改の編隊は、やや東に機首を向けて、米編隊を左翼側に見ながら後方に回り込もうとした。


 P-38の戦闘機隊長だった、ロビンズ少佐はアリューシャンで鹵獲したサム(烈風)のテストレポートを読んでいた。時速400マイル(644km/h)を超える最大速度でしかも、良好な旋回性能も有している。高速でのロールが遅くなる点と防弾装備が米軍よりもやや劣る点が欠点だが、高性能の恐るべき相手であることに変わりはない。


 最新型のP-38の最大速度は、毎時407マイル(655km/h)だったから、サムよりはわずかに速いことになる。しかも、現状の高度8,000mあたりでも排気タービンのおかげで400マイル以上を維持しているが、1段のスーパーチャージャー(過給器)しか持たないサムは380マイル(611km/h)程度には性能が落ちているはずだ。上昇性能に関しては、エンジン出力の影響が大きいから3割以上劣化していると想定できる。


「アクタン島のサム」のレポートから、ロビンズ少佐は、急降下とズーム上昇を生かした戦い方をすれば、高高度ではP-38でも有利に戦えると信じていた。急降下で加速すれば、サムに一撃を仕掛けてそのままダイブで逃げきれるに違いない。


「左翼を飛行してくる日本軍機は、サムだ。降下攻撃を仕掛ける。各機旋回に巻き込まれるな。ダイブ・アンド・ズームで攻撃する」


 しかし、P-38に向かってきた烈風改は、最大速379ノット(702km/h)に大きく改善された機体だった。1段過給器の性能により、高度8,000mでは速度が低下するがそれでも360ノット(667km/h)を維持していた。上昇性能もこの高度でも毎分680mは可能なので、P-38よりも優れていた。


 やや高いところから、降下攻撃を仕掛けてきたP-38に対して、菊地一飛曹はさすがに正対して、速度を落としながら上昇してゆく気にはなれなかった。


「米軍機は、攻撃後に急降下で逃げるつもりだ。急旋回により、攻撃をまずは回避しろ。降下して逃げる敵機の背後から攻撃を仕掛けるぞ」


 一飛曹の指示通り、降下してきたP-38に対して、編隊の烈風改はそれぞれ旋回で回避した。P-38も烈風改の旋回に合わせて機首の向きを変えようとするが、さすがに双発のP-38では旋回に追従できずに外側に振り出された。P-38は降下しながら銃撃したが、向きを変えつつある目標に対して機銃弾を命中させるのは至難の業だ。


 あらかじめ、P-38の行動を予測していた烈風改は、降下気味に旋回することで既に加速を開始していた。岩間一飛曹は、通り過ぎるP-38の飛行経路を予測して、即座に追いかけ始めた。既にエンジンは水メタノール噴射を全開にして最大出力になっている。そのため、烈風改は降下してゆくP-38にすぐに追いつくことができた。一飛曹は一直線に急降下しながら射撃した。胴体前半部に20mmが命中すると、P-38の機首に詰まっていた弾薬が誘爆した。中央胴体が一瞬で消滅したようになって双胴の戦闘機は墜落していった。


 菊池一飛曹も降下が中途半端だったP-38に急速に接近すると、射程に入った双胴機に向けて短く射撃した。後方から20mm弾を浴びたP-38は、左エンジンのあたりから破片を飛び散らせながら墜ちていった。他にも数機のP-38が撃墜されたように見える。


「深追いするな。我々の任務は艦隊の護衛だ」


 艦隊を守るためには、爆撃機を防ぐことが優先だ。烈風改の編隊が全速で北側に向けて飛行すると、爆撃機編隊が見えてきた。主翼の中央部にダンゴの様にささったエンジンが正面からも4基見えるので四発機だ。接近すると細部が判別できるようになった。特徴的な太い胴体と双尾翼を備えたB-24だとわかった。


 やや低い位置で、オレンジ色の光が見えた。エンジンが燃えたB-24が裏返しになって墜落していくのが見える。烈風改よりも低いところを飛行していた複座型烈風が先に爆撃隊に取りついて、攻撃を開始しているようだ。P-38と戦闘した烈風改は出遅れたことになる。


 烈風改の編隊は、B-24編隊の上空でスプリットSの要領で機首を下方に向けるとそのまま急降下に移った。B-24の直上からの攻撃だ。上部機銃座が激しく撃ってくるが、菊地一飛曹はものともせず降下を続けた。軽く400ノット(741km/h)を超えて加速を続ける烈風改に対して、動力銃座でも照準が追いつかない。そのまま、胴体中央部に射撃を加えながら爆撃機の編隊を下方へと突き抜けた。後方を振り返ると、列機の岩間一飛曹が同じ機体に機銃弾を命中させていた。20mm弾を浴びて、B-24は内翼から炎を噴き出すと、激しく燃えながら墜ちていった。


 他の烈風も爆撃機への攻撃を続けているようだ。雲の合間に燃えながら墜ちてゆく爆撃機が炎で浮かび上がっている。菊地機のやや前方に、爆撃機に攻撃を加えた複座型の烈風が降下をしてきた。その時、複座烈風に向かって、側面から高速で接近してくる影を発見した。思わずその機体に向かって叫んだ。先程、追い払ったP-38の生き残りが戻ってきたのだ。


「不明機が、4時方向から接近しているぞ」


 もちろん、同じ部隊でないので、意図的に周波数を合わせない限り聞こえないはずだ。それでも、無線が聞こえたのか自分で敵機を発見したのかわからないが、夜戦型烈風は右翼が垂直になるほど機体を傾けて急旋回を始めた。


 想定外の急旋回でP-38は狙いを外した。それでも旋回して取り逃がした複座烈風を再度攻撃しようとした。


 菊地一飛曹は、反射的に操縦桿を倒して、機体を急降下させた。目の前を右旋回してゆくライトニングを追いかけてやや遠いところから、一連射した。それでも左翼に機銃弾が数発命中した。左翼側で20mm弾が爆発すると、左のエンジンからどす黒い煙が吐き出されてきた。P-38は、すぐに機首を下げて墜ちていった。


「加賀」戦闘機隊の平山一飛曹は夜間戦闘機型の烈風に搭乗していた。爆撃隊に接近してゆくために、断雲を利用して米戦闘機に発見されないように雲の中を飛行していた。


 後席で米沢二飛曹が、ゴソゴソと何やら操作している。

「蛇行してください。電探で前方を確認します」


 平山一飛曹は、何も言わずに、東西に機首を揺らして飛行を開始した。機首の方向を変えて、電探のアンテナをできるだけ広い角度に振らせて前方を観測するためだ。

「10時方向に反射映像が出ています。おそらく10機以上の大規模な編隊です」


 10時方向に複座烈風の機首を向けると、高度をやや上げて雲から抜け出た。目の前の視界が開けると、電探が探知した通り前方に爆撃機の編隊が見えた。B-24の編隊だ。しかも想定以上の近距離だ。後方から僚機の沢野機がついてくる。


 上昇しながら左旋回して、B-24の後方から上に抜けた。そのまま緩降下で接近しながら、B-24に2連射を浴びせかけた。機首に何発も機銃弾が命中して爆発の閃光が見えた。光が消えると風防より前方の機首に大きな破孔が開いているのがわかった。誰も操縦できなくなった機体は、ぐらりと機首を落として、裏返しになった。沢野二飛曹の烈風も後方の爆撃機を攻撃したようだ。B-24が墜ちてゆく。


「米軍はとんでもなく多数の爆撃機を発進させたようだ。獲物はたくさんいるぞ」


 米沢二飛曹が叫ぶ。

「電探に反応が出ました。2時方向に大きな反射です」


 二飛曹が指示した方向には大きな雲が浮かんでいた。

「アメリカ人も俺たちと同じことを考えるんだな。雲の中を爆撃機の編隊が飛んでいるぞ」


 平山機はためらうことなく、断雲の東側から飛び込んだ。

「真正面、300mを切った」


 米沢二飛曹が叫んだ直後に、平山一飛曹が機銃を射撃した。正面の雲の中に大きな影が見えたのだ。平山一飛曹が射撃すると、オレンジ色の爆発光が現れた。爆撃機に20mm弾が命中したようだ。同時に爆撃機の発射炎にも気がついた。防御機銃から撃たれているのだ。そんなことは気にもせず2撃目を撃つと、主翼のあたりに機銃弾が命中したB-24は炎の尾を引きながら墜ちてゆく。


 ……


 アレン大佐は、周囲の爆撃機が、日本の戦闘機から攻撃されていることはよくわかっていたがどうしようもない。


 戦闘機隊は雲の外を飛行し、爆撃隊はなるべく雲を利用して接近するように指示していた。既に日本のレーダーに対しては欺瞞の金属箔をばらまいて、B-24から妨害電波の照射も開始していた。


 しかし、日本軍も妨害への対策はしているようだ。迎撃戦闘機が、迷うことなく戦闘機が接近してくる。それに加えて、雲の中でもレーダーを搭載した複座の戦闘機が探知して攻撃してくる。


 周囲には幾筋もの煙や光が海面に向かって伸びてゆくのが見えた。敵機なのか友軍機かはわからないが、その数だけ航空機が墜落しているのは間違いない。


 B-24機長のバンクス大尉が大佐に報告した。

「やや遠いですが、艦上監視レーダーに反射が出ています。日本艦隊を探知しました。この雲から抜け出れば前方に日本艦隊が見えてくるはずです」


「日本戦闘機が退避してゆく瞬間をよく監視していてくれ。サムがいなくなれば、次はミサイルが飛んでくるだろう。その直前にミサイルの欺瞞弾を派手にぶっ放すぞ」


 彼の言葉が終わらないうちに、機首のキャノピーから前方を監視していた爆撃手のマクミラン少尉が叫んだ。

「サムが急降下して我々の編隊から遠ざかって行きます」


 アレン大佐は立ち上がって、機首から周囲を確認した。軍曹の言葉通り、サムが灰色の下腹を見せながら降下してゆくのが見えた。遠方にも急降下してゆく戦闘機が見える。


「雲の隙間から、水平線までの間に日本艦艇が見えるぞ。巡洋艦と戦艦らしき艦艇も含まれているようだ。まもなく、ミサイルや高射砲などの対空射撃が始まるだろう。それに備えよ」


 大佐が搭乗している機体でも、爆撃手がチェックを始めた。機体の前半部に追加した複数の発射筒と欺瞞弾を確認している。

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