ヨークシャーテリアの花屋第4話
@peacetohanage
第4話
今日はあいにくの雨です。
花屋の上空にも厚ぼったい灰色の雲が広がっています。
店主のヨークシャーテリアも、軒先から滴る雨音に耳をそば立てながら、せっせと仕事をしていました。
さて、花屋の扉を押し開けたのは一匹のイモ虫です。
そうしてそのイモ虫の顔付きもどこか憂鬱でした。
ヨークシャーテリアは心配になって、思わず声を掛けます。
「いらっしゃい。イモ虫さん、今日はどんなお花をお探しかな?」
イモ虫はそのしなやかな上体を斜めにしょげて見せました。
「さぁね?どんなお花にしようか…。この雨のせいさ?よくよく思い悩んでしまうよ」
「はて、それはどんな悩みかな?」
ヨークシャーテリアは仕事に従事する手を止めて、真剣な顔付きになります。
「蝶々の寿命ってのは、たったの2週間なんだ。長い幼虫サナギ時代を越えて、やっと青春が訪れたと思ったら、あっと言う間に終わりが来てしまう」
その悩みにはヨークシャーテリアも思わず唸りました。
「そう気を落としなさるな。イモ虫さんにはこのサクラソウをお勧めしますよ」
そう言ってヨークシャーテリアは、側にあったサクラソウの鉢を指差します。
イモ虫は溜め息を吐くと、さっきと反対側にしょげ直しました。
「何故、僕にサクラソウを?」
「サクラソウの花言葉は青春の始まりと悲しみ。まさに今のイモ虫さんにぴったりさ。誰しも青春時代は長い様で短い物だよ。この私だって」
「サクラソウの花は小さく愛らしくて、どこか儚げだ。こんな花を見ていると、どうやら憂鬱が安らぐ様だ」
「サクラソウはイモ虫さんがサナギになる様に、休眠する時期もある。悩みをきっと分かち合えるさ」
「そうか、そうだな…。それじゃあ、これにしよう」
「それはどうも、どうも。お買い上げ、ありがとうございます」
イモ虫がサクラソウの鉢を抱えて花屋を出る頃、雨はすっかりと小雨になっていました。
微かな憂鬱は残ってはいる物の、イモ虫の上体は今は真っ直ぐにしなっています。
そんなイモ虫の背中を見送りながら、ヨークシャーテリアも安堵の息を吐きました。
「さてね、どうか明日は晴れます様に」
おわり
ヨークシャーテリアの花屋第4話 @peacetohanage
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