全自動少女殺戮機構

緑茶

本編

「逃げ場はないし、そんな怯えた表情をしたところで俺にとっては鼻をすする不細工なガキとしかうつらない。その顔を下に向けて、とっととコップに残ってる氷で薄くなったオレンジジュースを飲みほしてくれ。ほら、さぁはやく」


 ユーチューバー風の服装に、大学生のイントネーション。天使はおあつらえ向きの仕立てをして、わたしの向かいの席に座ったのだ、既に数分経過している。


「音立てんなキショいなマジで。いいか音を立ててるってのはだ、そうやってわざとらしく。現実を否認したいってことだ、で、その間にお前はいまの状況を整理しようと動く、けなげにな。理由があるはずだ、きっかけがあるはずだって。だけどそんなものはないし、俺はたまたまお前らをみかけて、けしかけた。それだけだ。ムラついてケツ触るかわりにやったってことだ。そっちでもよかったけど俺はそっちを選ばなかった、何度も言うがそれだけだ」


 ストローがコップの底を叩く音がした、だけど顔を上げることはできないし、涙と鼻水が止まらなくなっている、それを拭こうと思えば目が合ってしまう、むかいがわに。

 友人。数分前、目にフォークとナイフを自分で突き刺して死んだ。いま真っ赤なトマトみたいになった状態で、ちょっとだけ顔を俯けて、まるで恋人みたいな気安さで、男の隣にすわっている。今はまだ、香水のあまいにおいがする。それがすっぱくなるのはいつだろうとかんがえた。


「それでもあえて理屈をつけるなら、それはお前らがブスだからだよ、ブスは死ねばいいし、死なないならせいぜいマワされでもしたらいい、それでいい思いをするなら楽なもんだ、お前ら女はいろいろ考えなくていいから楽だよな。俺らよりずっと楽だ。だからお前らが選ばれた。贄だよ。それにしてもこいつはアレだな、顔立ちは好みなんだけどおっぱいが気色悪いな、あせもが出来てる。そういうことをちゃんとしない女は一生男に拾ってもらえないから結局こうなる。おかしなこと言ってると思うか。まわりみんなそう思ってる。お前らは、お前ら女は、最初からけがしつくされるためだけに生きてんだよ、それから死んでいく。なぁおかしなこと言ってると思うか俺」


 あまりにもよどみなく男が言うものだからなんだか呑み込まれそうになる、それに口調だって心地よく平坦だ。感情のない口調というのは余計なことを考えずに頭に入ってくるからラクができる。だからわたしはするすると男の言葉を理解できる。


 数分前友人は、自殺して。わたしはその向かい側で呆然としていて、そこに、まるでドリンクバーから戻ってきたみたいに、男がどっかりと座って、ぼたぼたと血を流す友人だったものに肩をまわして、足を組んで、それからいまに至っている。


 まわりを見てみると何も変わらない、世界はうごきつづけている、誰もこちらを見ない。見ないようにしているとかではない。きっと視界に入ってはいるのだけど、気にしていない、そうなっているのが当然であるかのようにふるまっている。せいぜいが、おかしな客だな、と一瞬思うぐらいだ。

 要するにここで助けを求めたってなんにもならないってことだ。なら、わたしのやれることはここにはないってことだ。


「そもそもだ、そもそもお前が悪いんだ、お前がこいつを友達にしたいと思ったからこいつは死んだんだ。なぁぜんぶお前のせいなんだよ、お前がティックトックに違法音源使ってることも、缶捨てるところに紙コップ捨てるのも、全部が全部今日のこの瞬間のためだ、わかるかエントロピーだ。お前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪い」


 わたしは耐えられなくなって店を飛び出している、お勘定の催促の声が聞こえたか聞こえないかはどうでもよかった、ドアのがらんがらんという音がひときわ大きくひびいた。


 外に飛び出した、すると明るい夕焼けの色がいきなり目に飛び込んできて、わたしを焼いた。同時に今が秋になっていてとても寒いことに気付く、両腕でからだを抱いてちぢこまってしまう、顔を上げると、わたしはじぶんがひどくじぶんを恥じていることに気付く。

 なぜだろう、これはよく見る夢の話だけれど、外を素っ裸で歩いていく夢。あれに似たかんじがした。

 目の前は歩道でその向こう側には車が通っていていろんなひとが歩いている、そのなかでわたしはまさに裸でいるような気がした。こわい、はずかしい。それでもなんとか逆らって立ち上がって、助けを求めて駆けだした。


 だけどすぐおかしさに気付く、身体に矢のようなやじるしがたくさん、たくさん刺さってくる。すぐにそれはなんだと分かる。視線だ。みんなの視線。

 ふだん歩いているとき、向かい側から恰幅のいいひとが歩いてきても、無意識に腕をせばめて問題なく互いに通っていくけど、ひとたびそういう動作を意識すると、とたんに難しくなる。それみたいだ。

 みんなわたしを見て、眉をひそめて去っていく。後頭部に冷たい風が吹きつけるみたいだ。まるで、まるで――非難されている。あんなことしなきゃよかったのに、とか、自業自得よ、とか、そういう声が聞こえてくる気がする。

 それが気のせいかどうかは分からない。とにかく名前の知らないそういうのがすごくわたしはこわくなって、別の頼るところを探して、交番に駆け込むことにした。スマホで連絡、は考えなかった。実際の声じゃないと信じてもらえないという確信があった。


 助けてください、お願いします、そう叫びながら、交番についた。

 するとやや薄暗いポスター塗れのそのなかで、ひとりの男の人が顔を上げた。ねむたそうな、ちょっとだけ太った男の人だ。

 はいなんですか、と彼は言った。とうぜんながら笑顔なんかじゃない。サービス業じゃない、当たり前だ、でもそれに一瞬おそれをいだいてしまった。

 それはともかくとして。わたしは、メモパッドを取り出した彼に対して、カウンター越しに、伝えられる限りのことを伝えようと心を砕いた。


 ……。


 そのあいだ彼は一度も顔をあげなかった。ペンのカリカリと言う音が必要以上に大きく響いて、なぜだかわたしが責め立てられているような気持ちになった。それでもわたしはなんとか最後まで、状況のすべてを伝えることが出来た。

 の、だけれど。

 わたしが、つっかえ気味に、という感じなんですけど、と言い添えると、彼は顔を上げた。少しびくっとする。彼の顔が怒っているように見えた。なぜだか、学習塾のときの苦手だった先生の顔をおもいだしてしまう。


 ――あのね、それで、あなたはどうしたの、そこで。


 どうって、友人が死んで、それから、ええっと。


 ――ええっとじゃないでしょ、ちゃんと答えなさいよ。なんでその場で救急車呼ばなかったの。警察もそうだけど。あなたね、おかしなことしてるよ。こっちも暇じゃないんだよ。まぁ一応そういうことがあったってことでこっちには記録しておくけれども。次からはもうちょっとちゃんとやってよ。同じような通報がいくつもあって、そのうちの半分はひやかしで、こっちもさ、参っちゃってるのよ、本当に勘弁してほしいよ、慈善事業じゃないんだぞ、そもそもあいつが急にメシ作らないなんて言い出さなけりゃあ、俺だって……。


 あの。それで。


 ――ああ?


 いや、どうすればいいですか。


 ――ああ、そうね。とりあえずお金払って、お金。わかる。マネー。それで解決。


 ……。


 わたしはまた飛び出した。後ろから男の人の、とても大きな、スピーカーがやぶれたみたいな怒鳴り声が聞こえてくる。こわい、こわい、わたしは逃げる。

 そこからはもう夢中だった。交番から脱出したわたしを、何人もの人たちが見ていた。先ほどまでとは違って、はっきりとわたしを標的にしていて、彼らはひざをつくわたしに、色々と小さなことばをぶつけてきた。みんな少し表情が歪んでいて、わらっているようにも、呆れているようにも見えた。共通しているのは、みんなわたしを「あーあ」と思っていそうだな、ということだった。


 わたしはそこからも逃げ出した。

 長い時間がたった。


 いったい、どれくらい長く逃げていたんだろう。いつまでも逃げ続けて、それで人生が終わるなら、まだましかもしれない。

 でもいつかは限界が来て、死にたくないわたしは、なにか大きなもののために、また陽の光のもとに戻ってくることになる。そのときわたしは罰を受けるのだろうか。  

 何の罰。友人のこと? やっぱり、何もかもがわたしのせいなのだろうか。総じて、世の中のすべてが、わたしのせい……。


「希望を捨てないで。あなたは強い力を持っている。自分が自分らしくいられる素敵な力よ」


 声がして顔を上げた。


 そこにはわたしとおなじ制服を身にまとった、だけどわたしよりもずっと綺麗でキラキラした女の人がいた。


 わたしはそのかがやきに目がくらみそうになったけど、それよりも先に、わたしは手を取られて、立ち上がらされていた。


「さあ私と一緒に来て。あなたを、輝くことのできる場所へ連れて行ってあげる!」


 女の人は、わたしのてをとって進み始めた、やみのむこうがわへ。まるでダンスをするように。わたしのせかいが、新しくひらけようとしている。



 そこは大きな草原のような場所で、一面にひろがっていた。

 そのなかにわたしとおなじような背格好の女の子たちがたくさんいた。ひとくちに草原といっても各所には建物があって、それぞれ学校や病院が振り分けられているようだった。

 いったいどれだけの路地裏を通ったらここにやってこられるのだろう。わたしにはここが、何か魔法か夢の世界であるようにしか思えなかった。


「驚いた? だけどこれは現実よ。あなたはしっかりと選択した、誰にも強制されることなく自分の意志でここにやってきた」


 ここは一体何なんですか。


「悪しき連中が居る、あなた達を抑圧し、破壊しようとする者たちが。ここはそんな連中からあなた達を守るためのシェルター。あなたはここで、なんにでもなることができるのよ」


 その提案は――――。

 魅力的、だった。

 カウボーイの格好をした女の子たちが、車を整備していて、猟をしていた。

 楽器をかきならしていた。

 いたるところで、女の子同士が、だきあっていた。


 みな、えがおだった。

 でも、そこに。友人は居ない。


「ああ、ああ――なんてこと」


 わたしがそのことを改めて実感して地面に崩れ落ちると、わたしを取り囲むようにして、大勢のおんなのこたちがやってきて、泣いた。


 そう泣いたのだ。みんな「わかる」とか「つらいよね」とか言ってくれた。

 ……わたしは。

 たぶん、それに対して、なにかを言おうとした。だけど。


「だいじょうぶ。ここにずっといていいのよ。あなたは――あなただけのもの。誰にも、支配されない」


 わたしは。

 その声に呑み込まれた。



 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 わたしはしあわせだ。わたしがわたしだから。

 わたしはしあわせだ。わたしがわたしだから。

 わたしはしあわせだ。わたしがわたしだから。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 時間が経過した。

 …………。


 でも、あの時。

 友人は、わたしがトイレに行っている間、何をみていたのか。



 きゃあああああああああああ、と声がした。

 振り返る。

 そこはプレス工場だった。彼女たちの着ている服をデザインしている場所から悲鳴。

 わたしは女の人と一緒にその場所へ向かった、すると。


 今まさに、ひとりのおんなのこが、機械に腕ごと呑み込まれようとしていた。

 何してる、はやくとめなさい、たすけて、死にたくない助けて助けて。

 ――駄目なんです。

 一人が叫んだ。


 ――駄目なんです。一度動き出した仕組みは、絶対に止められない、誰にも。自分たちひとりひとりのがんばりだけでは、決してこの流れを止めることは、できないんだ。


 わたしは、女の人を探した。彼女なら止められるかもしれない。だって、意思のことを話していたから。彼女ならきっと。

 

 でも彼女は居なかった。

 少女は機械に呑み込まれて、骨と内臓をぐちゃぐちゃにくだかれて死んだ。


 それから数分後。そう、本当に数分後だ。

 空をやぶって、なにやらカメラをもってスーツを着た男たちが押し寄せてきた。

 わたしたちが空だと思っていたものは実はプロジェクターで、この場所は大きな廃工場に過ぎないことを知った。

 とても広いと感じていたのは、大半が投影された映像だったから。わたしは、実在する、彼らに取り囲まれるようにして真ん中に集められたわたしたちは、その端まで到達したことがないから、そんなことに気付くわけもなかった。


 ――こんなことになるなら、もっとはやくに抜け出せばよかったかな。

 彼らが口々に、唾を飛ばしながら怒鳴ってくる、そのなかで、ひとり、抜け出して。

 少女Aとしておこう、彼女は。するりと、彼らの中にはいっていった。

 わたしたちは知ることになった。Aがスパイだった。

 

 そのあと、速やかに工場は閉鎖されて、わたしたちははだかのまま、街に放り出された。一応言っておくけれど、服はちゃんと着ていたよ。

 でも、そのあと、わたしたちに待っていたのは、わたしたちを憎む大量の、まるで濁流みたいな、目線の群れだった。わたしたちは、名実ともにテロリストになっていた。

 当たり前の世界に疑問を投げかけるのは悪いことだ。機械が機械のまま動くことに、何の疑問を持つ必要があるのだ。つまりはそういうことで、わたしは一瞬のうちに、自由意志の悪しき側面を体現することになったのだ。


 少女殺戮機構が、世界中で火を噴き始めるのは、その瞬間からだった。

 わたしは生きていた。

 でも、わたし以外のみんなが、まちじゅうで殺戮されはじめていた。



 ふくをやぶられて、かたいもので滅多打ちにされて、悲鳴すら聞き届けてもらえずに。

 火の手が至る所で上がっている。

 何か複雑な、すごく歯車のたくさんついた特殊車両が自衛隊から派遣されてきて、街中を凱旋した。それは少女を特別の香りで引き寄せて捕獲し、その歯車部分でバリバリと粉砕する仕組みになっているのだった。


 ああん、ああああああん。


 みんな歯を砕かれているから、まともに叫び声も上げられずに、男の子に抱きしめられているような声で、殺されていくのが見えた。

 でも変わらず渋滞は続いているし、歩道に仕事中の人たちとか、配達中の人たちで溢れている。火の手が至る所で上がっているなかで、わたし以外のわたしたちが殺されていく。大きな鉄の彼氏にだきしめられながら。

 

 わたしは間違いなく恐怖におびえながら逃げていた。死にたくない、死にたくない。でも、それは本能的なもので、実際の感情としては、「なぜ」が大半をしめていた。


 なぜ、彼女たちは殺されたのか。

 なぜ、わたしはあそこにいたのか。

 なぜ、わたしは逃げていたのか。

 なぜ、わたしは――ファミレスに居たのか。


 わたしは立ち止まる。

 すべてを思い出していた。



 母が苦手で仕方なかった、あれこれと言ってきて、じゃあ結局わたしなんか生まなきゃよかったじゃんと言うと、結局母は泣いて誤魔化す、いつだってそうだ、悪者にされるのはわたしで、子は親にはさからえない、いつか気持ちが分かるからと、とりあえずの譲歩を強いられる。

 いろいろがまんしているのはわたしのほうだ、なんて言おうものなら、とたんに泣かれてしまう。そうなれば、あわれをもよおしてしまい、勝つことができなくなる。ほんとうにずるい生き物だ。

 わたしがそれを愚痴ると、友人は笑いながら答えを返してくれる。


 ――しらねー、ははは。


 でも、それが心地よかった。友人はわたしの不幸なんて欠片も知らないまま、わたしの友人で居てくれる。それだけで救われるような気がしたのだ。


 ――でも、でもさ。


 そのとき、友人は何気ないちょうしで、わたしの手に、自分の手を重ねて言った。


 ――いっしょに逃げようって言ったら、どうする。あたしも、結構、アレだよ。


 友人の目はまっすぐで、きらきらにかがやいていた。

 めちゃくちゃおなかがいたくなったのは、そのときだ。

 ごめん、うんこしたいかも。

 わたしは友人から離れて、トイレにかけこんだ。

 たぶんわたしは嬉しかったのだと思う。

 便座に座っていると、これまでのためらいとか不安とかが、一緒に流れていってくれるような気がした。だからトイレから戻ったら、ちゃんと言おうと思った。一緒に逃げようと。


 でも、戻ったとき、友人は目にナイフとフォークを突き刺して死んでいた。

 わたしのかばんは開いていた。友人が開けたのだ。

 見てみると、友人の生徒手帳が放り込まれていた。

 そこには写真が挟まっている。一人の男の子の写真。

 ちなみに、わたしの生徒手帳にも、おなじ男の子の写真が挟まっている。

 このあいだ、一緒に帰り道をあるいた。

 友人にうそをついた、はじめての日だった。


 ああ、なんだ。


 じゃあやっぱり、わたしのせいじゃあないか。



 わたしはその時、死のうとしていたのだと思う。

 殺戮機構から身を隠しながら、何度も頭を壁にぶつけていた。

 でも血が出ないばかりか、反射的に痛みから逃げようと、さいごにはそれをやめてしまった。

 かばんになにか入っていないかと探したけど、するどい部分があるものは、とうとう見つからずじまいだった。

 じゃあやっぱり、わたしもあの殺戮機構に身を委ねるしかないのかと思った。ごめんね、〇〇ちゃん。わたしのせいだよ。わたしが、全部を引き起こしたんだ。結局こうやって、ぜんぶ他に任せるしかないんだね。案外それも、気持ちいいことなのかもしれないね――……。



 その時わたしの向かい側に、ひとりの男の子が立っていた。

 わたしは彼を見た。

 それは、この間、一緒に帰った子だった。

 世界から音が消えて、ただ事実だけが残った。


 たぶん、わたしの早回しの、サイレントの記憶が確かなら。

 彼は。

 わたしに、告白してくれたんだと思う。

 それから、わたしをだきしめて、きみはぼくがまもる、だなんて言ってくれたんだと思う。


 その瞬間――ぜんぶが、ひっくり返った。

 最高のしっぺ返しを、思いついたのだった。


 はは、ははははははははははははははははははははははははははははははははは。

 ざまぁみやがれ。

 いま復讐が始まって、世界の輪は閉じられる。


 わたしは男の子をふりはらって、ファミレスに戻った。

 そういう話だ。



「つまり俺と君は二人で一つで、分かちがたいってことだ。そんな仕組みなのに、片方を排除しようとしたってうまくいくはずがない、それをあいつらは、あのブスどもは気付きもしなかったわけだ、君もそう思うだろう」


「ええ、ええ。ほら、指を絡ませて――もっとひどいことを言って」


「どうしようもない女だな、お前は」


 戻ると、あの男と、あの時わたしを助けた女の人が、向かい合って座り、口づけをしあっていた。

 つまるところそういうことだ。すべてが予定調和だったわけだ。世界は、少女を殺戮するためだけに存在する。


「お前が選んだことははじめから全部決められてたってことだ、古いものをぜんぶ捨てようったってそうはいかない。掃除する奴はバカだぜ。埃はお前らのフケであり反吐なんだから。あるものがある限りこの流れが止まることはないんだ。仕組みを止めるためには、ぜんぶを消し去るしかない。もっとも、それをしたところで――」


「ねぇあなた、そんな乳臭いガキに構っていないで、こっちを向いて、ほら、そのかわいいお顔、相変わらず、何を言っているのか分からないけれど――」


 後ろから男の子が追い付いた。

 わたしを背中から抱きしめてくれる。そのあたたかさが伝わってくる。

 温度。

 たしかな、ここにいるという実感。わたしは生きている。

 わたしは、幸せと言っていいのだろう。

 きっとそうだ。人はひとりでは生きられない。仮に本当に孤独だとしても、孤独を実感するのは、誰かと自分を比較した時だけだ。

 だから、わたしは最初から、わざわざひとりを選ぶ必要なんて、なかったということになる。そんなことをしなくたって、わたしがわたしで居られる方法がある。たったいま、その方程式を、完璧に導き出すことができた。


 わたしは笑った。

 鼻をひろげて、なかの毛がぜんぶ見えるようにして、顎を引いて、二重になるようにして、あえて間抜けな声を出しながら、人類史上最悪の笑い方をしてやった。

 えっ、という声がきこえて、男の子がわたしから引いた。

 男は「よせ」と言った気がした、そうだ、その顔が見たかった。


 わたしは男の表情を網膜に焼き付けながら、自分の意思で、舌を噛み切って死んだ。

 友人とは違う。


 わたしはひとりで死んだ。

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