第26話

 ラインのメッセージを送信した途端、殿村希依とのむらきいは、ふうっと息を吐いた。

――都合がつきました。伺います。

 ただそれだけの、短い、事務的なメッセージなのに、これを書くのにどれだけ時間を使ってしまっただろう。


 ウキウキした雰囲気にならないように。といって、事務的すぎるのも、喜んでいないと思われたら?


 何度も書き直し逡巡しているうちに、昼休みは過ぎてしまった。


 携帯ショップに勤める三知村さんから、誘いを受けたのは、先週の金曜日だった。休んだ学生アルバイトの代わりに、急遽ラストを頼まれて店に残っていたときだ。


 三知村さんとは、それまでにも話をしたことはあった。といっても、挨拶に毛が生えた程度。

 明らかにあちらが年下だし、清潔感に溢れ、女性の相手には困っていなさそうな独身男性だから、さりげなく避けていたといえる。


 以前、まだ、あうるがいる頃、別のショップの男性とほんの少しだけ親しくなり、飲みに行こうと誘われたことがあった。

 興味を持っていた相手じゃなかったし、タイプでもなかったけれど、悪い人じゃなさそうで、気さくな感じだったから、承諾した。


 ところが、返事をした翌日、あうるに言われたのだ。


「殿村さんて、案外積極的なんだ」

 どういうことか聞き出すと、件《くだん

》の男性との話だった。

「親しくなるために、あのモップが出没するところを狙って出かけてるんだって?」


 思わず顔が赤くなったのを憶えている。

 たしかに、一度、隣町の蕎麦屋で出くわしたことはある。

 だが、正真正銘、偶然だった。あのことを、誰かが着色して噂しているのだろうか。


 いや、それよりも、誘ってきた男性がモップと呼ばれていることに驚いた。


「モ、モップって?」

「やだ、知らないの? 彼、宴会でモップを使っておかしな芸をしたんだって。それ以来、モップ。酔うとすごいみたい」


 あうるの口調から、モップと出かける女は、好奇の目で見られるとわかった。


 あのときの苦い経験から、希依は、極力、人間関係には気をつけている。

 

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