第37話 欲望の魔竜

「魔王様!!!」


 シルフィアとファイレーンは、魔王の間に飛び込んだ。


 本来なら閉じているはずの扉が開いていた。

 異常事態だ。


 だが、中に入るとさらに驚く存在がいた。


「ライカ!?」


 そこにいたのはライカだった。

 その横で魔王の世話係のヘルターがオロオロしている。


「なんでこんな所に!?」


(――――まさか魔王様を殺しに・・・・!?)


 ファイレーンは一瞬そんな事を想像したが、

 シルフィアは全くそんなことは思いついていなかった。


「なんでこっちに!?ウォーバルの方を助けてあげてよ!!」


「何言ってるんだ、テメェ。

 アイツが目に入っていないのか!?」


 ライカが怒りに満ちた顔で魔王アイサシスの方を剣で示す。

 そこには、魔王と・・・


「グリーズ!?」


 魔王の目の前に灰翼はいよくのグリーズがいた。


「何でこんな所に!?」


 シルフィアは続けてそう問いただした。


 こんな所にいることがまずおかしいが・・・・漂わせている雰囲気が、異常だ。


 グリーズはいつも通りニヤニヤした笑顔を保っているが、

 何故か今日はとても禍々しく見える。


「まさか、おぬしがじゃったとはな・・・。今の今まで気づけなかったわ」


 魔王アイサシスは、その閉じた瞳のままで、しかし凛として目の前のグリーズに向かいそう言った。


「いえいえ、さすがは魔王様。ここまで来るのになかなか苦労しましたよ」


 グリーズは魔王が座る小島の前の空間に浮かんだまま、そう返した。


「どうなってるんですか!?

 何で扉が開いていて、ライカやグリーズが中にいるんです!?

 あなたが開けたんですか!?」


 ファイレーンはヘルターにそう問いただした。

 魔王の間の扉は、魔王を守る最後の関門だ。簡単に開けられるものではない。


「ち、違います!

 魔王様が自ら開けたのです!そしたらすでに、中にグリーズ様がいて、

 その後ライカ様が入っていったのです!!!」


 ヘルターは慌ててそう弁解した。


(魔王様が扉を開けた・・・?)


 訳が分からない。

 直接聞くしかない。


「グリーズ!!いったい何やってるんだ!!」


 シルフィアがそう叫ぶと、グリーズはそちらの方を見てにっこりと笑った。


「おお、シルフィアさんにファイレーン様。

 もうちょっと時間を稼げると思いましたが、ウォーバル様をグランザ様の生贄にしてこちらに来たのですね」


「!?」


 いつも通りの嫌味な口調だが、その内容は看過できない。


「まさか、あなたがグランザを我々にけしかけた・・・・?

 もしかして、今日起こったことは全てあなたが!?」


「そのようじゃな。

 こやつが今回のドラゴン騒動、そしてグランザを操っていた犯人じゃ」


「そんな・・・」


(そんな、こんなに見るからに怪しい奴がそのまんま黒幕だったなんて・・・・!)


 ファイレーンはついそう思ってしまったが、今はそんな事言っている場合じゃない。

 気を取り直さなければ。


「なんでだよ!

 確かにグリーズは、仕事もしないし嫌味で性格の悪いどうしようもない奴だけど、

 なんで魔族がドラゴンの味方をするんだ!?」


 シルフィアとしては一応グリーズへの仲間意識を示す発言をしたつもりだったが、

 結果的にただの罵倒になっていた。


 しかしグリーズは全く気にしていないようだ。


「ふふふ・・・それは――――、こういう事です」


 グリーズは常に身につけていた、妖精の羽根がついた帽子を脱ぎ捨てた。

 すると―――――


 グリーズの全身が不思議な光に包まれたかと思うと、

 次の瞬間。

 彼の背中には浅黒い羽根が生え、その頭には一本の角が生えていた。


「まさか・・・!ドラゴン・・・・!?」


「そうか・・・・!

 聞いたことがあります。妖精の羽根には、ドラゴンの力を抑える力があると!!

 その力で、自らがドラゴンであることを隠していた・・・!?」


 つき合いの長いシルフィアは呆然としていたが、

 ファイレーンは、いくぶんか冷静に状況を分析することができた。


「まさか魔王軍の中に知恵あるドラゴンが紛れ込んでいたとはのう・・・」


 魔王はひとつため息をついた。


「しかし分からんのう。

 グランザと一緒に来るわけでもなく、ドラゴンと一緒に来るわけでもなく、

 お主一人でこのワシを殺せるとでも?」


「殺す?なぜですか?」


 魔王の言葉に、グリーズは嫌味な笑いをこぼした。

 これには魔王も怪訝な顔をする。


「お主はここにいるドラゴンの封印を解くのが目的ではないのか?」


「もちろん、この封印を解くのが目的ですよ。

 そのために・・・

 魔王あなたを殺す必要なんてなくなった、ということですよ」


 そう言って、グリーズは指をパチンと――――

 鳴らそうとした瞬間、


「死ねぇえええええーー!!」


 ライカが一瞬で飛び上がり、グリーズに向けて剣を振り下ろした。


「うわぁ!!ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!」


 鳴らそうとした指をスカして、グリーズは慌ててその剣を避けて上空に逃げた。

 目だけは笑いながらも、冷や汗をかいている。


 ライカは魔王が座っている小島に着地した。


「何するんですか~。せっかくいいところだったのに!」

「うるせー!!どう見ても怪しいことやろうとしてる奴を、イチイチ待ってやるわけねぇだろ!!」


 そう言ってライカはもう一度ジャンプしてグリーズを斬りつけるが、これも避けられてしまう。

 今度はライカは床に着地した。


「まあ今更私をどうこうしても、どうしようもないんですけどね。ホラ」


 グリーズは目の前の氷漬けのドラゴンの方を見る。


 ちょうどその時・・・


 氷漬けだったドラゴンはその巨体を震わせ、全身の黒い鱗は鈍い光を放ち始めている。

 そして、全身覆っていた氷が、一気にひび割れだし・・・・


 そのタイミングでグリーズは、先ほどスカしてしまった指を、今度こそ気持ちよく鳴らした。


 ◆


 グゥォォォオオオオオオオオ!!!


 深く重い、地の底から響くような唸り声は、

 まるで世界そのものを震わせているようだった。


「なんだ・・・!?いったい何が・・・!!」


 ウォーバルは、グランザとの死闘のさなかでも、

 その声と・・・そして、今までに経験したことも無い圧倒的な魔力に

 戦慄した。


「くそ・・・っ!!」


 しかしグランザは待ってはくれない。

 変わらず攻撃を繰り出してくる。

 ウォーバルは何とか凌ぎながら、このままこうしてはいられない事を痛感していた。


(何が起こっているんだ・・・!!!)


 ◆


 そのドラゴンは・・・・圧倒的だった。

 その巨体も、魔力も、威圧感も、

 そして恐怖も・・・・。


 その巨体を封じていた氷は全て砕けて跡形もなく消えた。

 ドラゴンは中空に浮かんだまま、

 塊のように閉じられていた四肢、翼、尾、そして頭をゆっくりと動かしてひろげていっている。


 シルフィアとファイレーンは、「封印が解かれれば世界が滅ぶ」という、

 魔族の中では常識として染みついていたその言葉を、

 今の今まで、本当には理解していなかったことに気付いた。


 終わり・・・これでもう本当に終わりなんだ・・・・。


 心の底から、そして体の底からくる震えに耐えていると、

 ドラゴンの口が開いた。


『長い・・・・長かった・・・。

 貴様らごとき虫ケラが、よくもこの俺を長い間封印してくれたな・・・』



「うわぁ!喋った!!!

 喋んのかコイツ!!」


「そりゃ喋りもするぞ。こいつも知恵ある竜だと説明してやったじゃろう」


 ライカが「うげー」という顔で、わめくと、

 魔王が呆れた顔でそう突っ込んだ。


(あれ、そんなに怖がらなくてもいいのかな?)


 シルフィアとファイレーンはちょっと落ち着きを取り戻した。

 自分と他人がテンションが違うと、冷静になるものかも知れない。


『ほう・・・随分と余裕だな。魔王よ・・・・』


 竜が首をゆっくりと魔王の方へ動かし、そう言った。


「そんなことは無いぞ。こう見えて慌てふためいておる。

 じゃがまあ、毎日顔を合わせていた馴染みの者と初めてお話できるんじゃ。

 出来るだけカッコつけんとな」


 そこまで言うと、魔王はずっと閉じていた目を開いてドラゴンを見据えた。


「のう、『欲望の魔竜』グリードよ」


 それがこのドラゴンの名前だった。


「それにしても、どうして封印が解けたんじゃ?

 ワシの術は問題なかったはずじゃが」


『ククク・・・いいだろう・・・俺は今、気分がいい・・・。

 真実を教えることで、貴様らの悔しがる姿を楽しませてもらうとしよう・・・』


 その言葉に色めきだったのはファイレーンだった。


(解説だ!解説が始まるんですね!

 やっぱり、自分の計画が上手くいくとドラゴンでも解説したくなるんですね!)


 つい最近の自分にも身に覚えがあるので、急に親近感がわいてくる。


「うるせー!!そんな事よりさっさとコイツらやっつけようぜ!

 寝起きなら体がなまってるんじゃねぇか!?」


「ええ!!」


 ライカは相変わらず人の話を聞こうとしない。

 ファイレーンは思わず声を上げた。


「せっかく解説してくれるんだから、聞いておきましょうよ!!」

「うーむ、ワシも真相が気になるのう」


 ファイレーンと魔王が続けざまに抗議した。


(ボクはどっちでもいいんだけどなぁ・・・)


 いまいちこの状況に乗り切れず、

 シルフィアは置いてけぼりを食らった気分になっていた。

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