第1-2話

 美心が誕生してはや3ヶ月。

 身体はある程度動かすことができるようになっていた。


「ぐがーずびー」


「すぅすぅすぅ」


 ある日の深夜、両親が眠ったころ美心は起き上がり外に出る。


(二人共眠ったようだ。くっくっく、勇者になるため今日も特訓だ!)


 川の字になって眠る両親の間を上手くすり抜けハイハイしながら外に出る。


(月が2つ……んほぉ、何度見ても感動する! 赤い月と緑の月! まさに異世界そのものだ! 俺の血が滾るのが分かるぞ。くくく、今宵は少し遠出してみようか)


 美心は自身がまだ0歳だと言うことも忘れ走り出す。


(必ずいるであろう魔王を探す旅に出るのはもっと成長し仲間を集めてからだ。今は世界を知り力を付ける時! 今の状態で魔王に立ち向かったところで必ず返り討ちに合うからな)


「ヒャッハー!!!」


 美心の家は長屋の一角であった。

 街の中心部には巨大な天守閣が月明かりに照らされ美しく輝いて見える。

 この異世界が和風ファンタジーの世界であることは日々の生活を過ごす内に知った。

 だが分からないところも多い。

 美心は時代設定がいつ頃なのかはまだ知らずにいた。

 家には書物も無ければ両親も世の中の出来事には無関心。

 だが、美心は慌てることは無い。

 必ず知る機会が来るものだと思っているためである。

 勇者になるべきテンプレとして必要な王との謁見が自分にも訪れるものだろうと確信しているためである。


(和風ファンタジーなら王様じゃなくて将軍に会うことになるのかな? 俺が勇者だと認められるためのテンプレとして品行方正・清廉潔白・謹厳実直な者として町の人々に認識されることは必須だろう。くっくっく、見てろよ。クソ真面目キャラを俺は演じて見せる!)


 美心の頭の中では品行方正=クソ真面目と認識されている。

 真面目な子供を演じるためにもすべてが許される赤子の時にしたいことをする!

 美心は社会的チート時間である赤子の時間を有効活用することを重視しているのだ。


 ガサッガサガサ


 勢いよく近くの雑木林に走り入っていく美心。


(真っ暗だ……ま、街灯が無い時代だし当然か。しかし、これでは異世界転生モノでテンプレな主人公が行う秘密特訓ができない。まだ日中に一人で外へ出るには年齢が早すぎるだろうし……まいったな)


 この半年、親の前で赤子を演じることに美心は心底疲れていた。

 何しろ、前世の記憶を持っているため自分のことはある程度自分で出来てしまうためである。

 なのに母親に抱っこ紐で縛られ日中はほぼ母の背中で惰眠を貪る日々。

 厠へ一人で行って用を足すことも許されない毎日。

 肉体疲労ではなく精神的な疲労が美心に重く伸し掛かっていた。


(あ―――、今日は思い切り身体を動かしたいのに! 仕方がない。河原で修行をするか)


 雑木林から出て河原を目指す。

 道を歩いていると遠くから提灯の明かりを持った何者かが近付いてくる。


(誰かがこっちに向かって来る? ゴブリンか!?)


 シリアス顔になり目を凝らし見る美心。


(んん……なんだ、単なる刀を持った侍か。樽を担いでいる?)


 美心は道横の草むらに隠れ侍が通り過ぎるのを待つ。

 侍の一人が抱えているのは樽ではなく人間であった。

 どこかの町娘か、手足と口が紐で縛られ身動きができないようにされている。

 そして、侍二人は河原へ降り町娘を放り投げる。


「へっへっへ、拙者らは武士。やはり、たまには人も斬らないとな」


「悪く思うなよ小娘。人を斬る感覚は武士として常に心に持っておかなければならないのでな」


 その侍二人は自らの快楽のために町娘を斬り殺すようだ。

 その様子を草むらに隠れ見ていた美心は恐れおのの……。


(き、キタ――! 町娘救出イベント! 何たるテンプレ! コレだよコレ!)


 美心はまったく恐れてはいなかった。

 むしろテンプレ展開で興奮が抑え切れないほど鼻息を荒くし二人の様子を見ている。


(相手は悪党だ。ここは異世界だし倒したって誰も文句は言わないだろ。よし殺ろう)


 実に勝手な解釈である。

 美心は異世界転生モノのテンプレ展開に興奮するあまり思考力が恐ろしく低下していた。


(どこかに武器は? ええぃ、そう都合良く落ちてはいないか!)


 カチャ


 侍の一人が抜刀し刀を大きく振り上げる。


(いかん! このままでは町娘が殺されてしまう! 勇者として必ず助けなければ! おっ、これは……)


 美心が手に取ったのは赤子の手でも掴めるほどの小石だった。

 その小石は赤い色をした地球では見たことのないものだが美心は気にも留めず強く握る。


「南無三!」


 町娘に斬りかかる侍に合わせ草むらに身を潜ませながら小石を投げる美心。


「殺らせるかぁぁぁ! ロックニィィィドル(仮)!」


 チュンッ!


 美心が投げた小石は淡い光を放ち、まるで銃弾のような速度で侍の頭部を貫く。


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