第3話 引越し

 あれから展開は早かった。いつのまにか会社に連絡が入っており、円満退職。そのまま郷田さんの指示通りに引っ越しだ。どうやら向こうで用意される寮があるそうでそこに住めという事らしい。


 お前は魔法使いだと言われ、30歳といういい大人が部屋で魔法の練習をしてみたのだが、全然使えない。かめは〇波とか気合いれてやってみたんだが、隣から壁ドンを喰らっただけであった。それから漫画とラノベを読み漁り色々研究してみたのは内緒だ。



「ここか」



 指示のあった住所へ行くと目の前には普通の家があった。――うん、普通だ。何か色々すごい話を聞いたからもっとこう……結構いい場所を期待していたのだが、普通の一軒家なのだ。これが私一人に与えられたのならそれはきっとすごいと思うだろう。



 

 だが現実はそう甘くない。メールにはこう書かれている。

 




「桜桃。お前の同僚となる男が2名いる。今後はチームで活動するから一緒にい生活して仲良くしろ」




 そう。、である。もうお分かりだろう。これはシェアハウスって奴だ。




 

 人見知りはしない方だと思うが、誰であろうと初対面は緊張する。しかもこれから会う人は私の同僚。つまり魔法使いという事。緊張するなという方が無理だ。口の中に溜まる唾液を飲み込み激しく鼓動する心臓を抑えるように手を胸に置く。



 数度深呼吸をしてチャイムを鳴らした。




 ピンポーン




 普通のチャイムだ。すると玄関に設置されているドアモニターに何か音が入るのが聞こえた。恐らくこのカメラで私を見ているんだろう。くそ、緊張する。



「あ、あの申し訳ありません。郷田さんから今日からここへ住むようにと言われた桜桃です」

『ん? ああそういえば新人が来るという話がありましたな! 少々お待ちを』


 ドタドタという音とともに玄関が開いた。そこには眼鏡をかけ、ひょろっとしたおっさんがいた。いや、同年代のはずだ。だが何故か妙に老けて見える。


 

「おお、よかったです。拙者も郷田殿から話を貰った時、どんな変態が来るのかと戦々恐々としていたのですが、いやはや、思ったより普通の御仁のようだ」

「え、ええ。どうも?」



 話の癖が強い! 拙者? 郷田殿? え、忍者か、忍者だったりするのか?



「ああ、自己紹介をしなくてはなりませんね。拙者の名前は剣崎煉という名前です。ささ、中へどうぞ」


 

 すげぇかっこいい名前だ。言動といいただもんじゃねぇな。そう感心しながら玄関へ入ると――。




「え……」




 玄関のすぐ正面。2階への階段とリビングへ続く廊下がある。だが問題はそこじゃない。玄関入ってすぐの壁だ。そこに2枚の絵が飾ってある。



 1枚はアニメキャラクターの版権絵だ。一応知っている。最近チャンプで流行っているアニメ作品のやつだ。そしてもう1枚。そちらは全身テカテカしたロングヘアーのマッチョがポーズを決めている写真がある。



 その組み合わせがどう見ても悪い2枚の絵が隣り合わせで飾ってある。




「ああ、桜桃殿も悪趣味と思うでしょう? せっかく拙者が手に入れたお茶の子ちゃんの特大ポスターを飾ったら、あの筋肉達磨めが自分の写真を隣に飾ったのです。抗議してるのですが、外してくれないのですよね」

「は、はあ」



 え、待って。ってことはこのボディービルダーみたいな人がもう一人の住人なの? 不安しかないぞ。



「あのこの人は……」

「ああ。彼は桑原瑞喜殿です。自室で筋トレしているのでそのうち会えると思いますよ」




 また名前と印象が随分違うなぁ。私やってけるだろうか。




 剣崎さんに連れられ2階へ上がる。いくつか部屋があり、扉には名前のプレートがあった。そのまま扉を素通りする。部屋の向こうからフンフンという荒い声が聞こえるがきのせいだ。今はそういう事にしよう。そう思いながら奥まで行くと空き部屋を紹介してくれた。



「余っている部屋はいくつかありますが、一番きれいな場所がここだけなのです。荷物は後日で?」

「え、ええ。多分明日辺りに荷物が届くはずです」

「承知しましたぞ。では桜桃殿。このシェアハウスにある絶対順守のルールを説明しましょう!」



 そういうと眼鏡をくいっと中指で持ち上げた。



 やはりそうか。そりゃ共同生活だ、ルールくらいあるだろうさ。定番でいえば料理家事の類、あとはゴミ捨てやトイレなどのルールといった所か。



「その1。料理当番は拙者のみ。洗濯や掃除などはお任せしますぞ」

「あれ、料理は剣崎さんだけやるんですか? 持ち回りとか、個人で食べるとかじゃないんですね」

「拙者の数少ない趣味の一つが料理なのです。それに桜桃殿はわかりませんが、桑原殿が料理をすると必ずプロテインと鳥の胸肉とブロッコリーだけになります。数回ならともかく定期的にそんなもの摂取できませんぞ」




 ああ。それは確かにいやだな。




「その2。他人の趣味に口出ししない! 拙者、まだ魔法使いになって数か月の新米ですが、1つ確実に言える事があるのです。それは――殆どの魔法使いは尖った趣味を持っていると」



 まあ言いたいことは分かる。既にこの家の個性はおかしい。いたるところにあるアニメポスターにフィギュア、そしてダンベルや桑原さんの写真など。おかしなものがたくさんある。




「拙者自身も趣味が少しずれているのは自覚しているのですよ。桑原殿も同様ですな。ですから互いに趣味は尊重し受け入れようと決めたのです」

「なるほど」

「それで? 桜桃殿はどんなやばい趣味を?」

「……は?」



 

 

 沈黙が流れる。気のせいか遠くで桑原さんのものと思われる息遣いが聞こえてきそうで気持ちが悪い。




「隠さなくていいのですぞ。我々は今日からチーム。仲間、ソウルメイトになるのです。ささ、遠慮なさらず」

「いや、ないですよ。普通です」

「またまた。遠慮はなしですぞぉ」

「いや本当ですって」




 しつけぇな! 私は普通だ。ノーマルだ!



「ふむ、強情ですな。まあいいでしょう。明日荷物が来ればわかるでしょうし。ではそろそろ行きましょうか」

「……行くってどこへ?」

「無論、学校ですぞ」

「へ? 学校?」






 



 都内にあるデパートの地下駐車場。そこにある非常口の扉を開き、中へ入る。奥へ進むとエレベーターがある。




「このエレベーターは学校へ行くための通路の1つです。こうやってボタンを押すと」



 

 まるでゲームの裏技のようにいくつかの階のボタンを複数押しているとエレベーターが作動。そのままさらに地下へ降りて行った。




「なんだか随分長いですね」

「ええ。地下鉄なんかもありますからかなり下にあるのですよ」

「へぇなんだか秘密基地みたいでかっこいいですね。そういえば剣崎さんは魔法使いになってどのくらいなんですか?」

「拙者ですか。拙者は2カ月前ですぞ。桑原殿は4カ月前なのでちょっと先輩ですな」



 ってことは私と同じ30歳か。ん待てよ。



「学校って事は魔法を勉強するって事ですよね」

「そうですな」

「なら先輩もいたりするんです?」

「ええ。数名ですがいるようですな。まあ拙者も会った事はなく名前しか知りませんが。聞いた話だと東京担当の魔法使いは人数か少ないそうですよ」

「へぇ。なんで……」




 そう言いかけて私は言葉を紡ぐのをやめた。理由は明白だ。私たちのようなソロプレイヤーが少ないからなのだろう。




「まあそういう事ですな。意外に恋愛退職する者も多いそうですぞ」

「恋愛退職……」



 そうか。そういういい方になるのか。そうだよな。この組織に所属しているって事は公に私たちは童貞ですって公言しているもんだもんな。何だか恥ずかしくなってきたんだが。あとでマスクとサングラスを買おうかな。




 エレベーターが停止し降りるとコンクリートの通路が広がっている。そのまま歩いていると無機質なコンクリートだらけの場所からちゃんとした建物が見えてきた。まるで巨大なドームの中のようだ。


 地下の中に建物というのは違和感があるが、こんなに広い空間が地下にあるなんて。地震対策とか平気なんだろうか。



「随分広いんですね」

「そうでしょう。何やらこの周囲の空間は魔法によって生成された物体を使って建築されたそうです。聞いたところによるとそれは東北担当魔法使い”きりぼたん”のメンバーらしいですな」

「――なんです。そのきりぼたんって?」

 



 きりぼたん? きりたんぽとは違うのだろうか。


「ああ。東北担当魔法使いの事はそう呼ばれているそうです。チーム名みたいなものですな」

「もしかして東京にもそんな変な名前が?」

「ええ。我らが東京支部のチーム名は――マジカルバスターズ東京ですぞ」





 おい、どっかのマンション名かよ!!!!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る