第4話 禿直していらっしゃい
本城三上が入社して2週間が経った。
彼女は噂されていた通り優秀だった。
専門知識が必要な設計業務もあっという間に理解しある程度の業務を任せても問題ない位だ。
部内での評判もいい。
唯一の女性社員だった北条加奈子とも時折楽しげに話しが弾んでいる所を見かける。
ちなみに彼女達の席は隣り合わせで課長である私のすぐ近くだ。
「本当に三上ちゃんが来てくれて助かったわ〜」
「いえ、こちらこそお世話になっています」
「ここって特殊な環境じゃない?」
特殊って何が?
「そうですね」
そうなのか?
「ここの人達って割と社内では人気なのよ」
それは初耳だ…
「みんな顔が良くて特殊でしょ?」
「確かに特殊ですね」
何が!?
「普通は禿というだけで敬遠するじゃない」
「そうですか?」
二人共喋りながらも手を休める事なくそつなく仕事もこなしている。本城三上はもちろんだが北条加奈子も慣れた手つきで事務処理をしている。
「三上ちゃん禿も行けるの?」
聞き方がダイレクトだな!
周りで聞いていた禿どもの耳がピクッとする。
「禿によりますね」
「そう、それなのよね。脂ぎったおっさん禿だと背筋が寒くなるけどここのはなんというか雰囲気があるのよね…」
「イケメンに禿が足されているって感じ?」
「天は二物を与える…かしらね」
いやいや、与えられてないだろう確実に減ってるよね?
「このイケメンにこの禿!という感じですかね」
「いい事言うね三上ちゃん」
二人の会話が気になって仕事に集中できん。
「それで?どうなのよ?」
相変わらず全く手を止めず器用に業務をこなす二人。
「どう?と言いますと?」
「課長よ課長!」
え!私?
「課長ですか…」
ゴクリ…
なぜかこの場に緊張が走る。
と言うか声がダダ漏れだからね?
聞こえて無いと思ってるのかな?
「想像以上に有望ですね」
「へー三上ちゃんにそう言わせるんだ。さすが若くして課長になるだけあるね」
才女の本城さんにそう言われるとはちょっと嬉しいかも。
「あれは絶対に上がりますね」
上がる?
「は〜 あんたもブレないね〜」
「三上ちゃんにみそめられるとは、課長もとうとうか。まだ若いのにね〜」
何が?
「大丈夫です、私がついていますから!」
「あんたも好きね〜」
何?なんなの〜!
「それじゃあ行って来ますね」
「気をつけて行ってらっしゃい」
は、そうだった。この後彼女と挨拶回りに行くのだった。
「課長、準備できました」
いつのまにか目の前に彼女は居た。
その視線は私のある一点に注がれている!
様な気がした。
「あ、ああ。もう時間ですねいきましょうか」
慌てて準備をして立ち上がった。
「では行って来ます」
部内に聞こえる様に言い部屋を出る。
その際、彼女はススっとごく自然に私のすぐ横に着いて一緒に歩く。
彼女が入社してから徐々に一緒に歩く時の距離が近くなっている気がする。
すごい近い、今にも腕を組んで来そうな距離だ。
まだ会社に慣れず周りが怖いのかと思ったが感女の顔を見ると楽しそうにしているのでそうではないらしい。
最近の子の距離感はこんな感じなのだろうか。
そのまま会社を出て電車を使い挨拶先に向う。
「会社は慣れた?」
「はい、皆さん優しく教えてくれるので楽しいです」
そう言った彼女は屈託のない笑顔を見せた。
こんな顔もするんだな…
すると突然気配を感じた武人の様な顔になった。
「ど、どうした?」
「いえ、ちょっと検索に引っ掛かった人が居たので」
…… わからん。
そう言った彼女の視線の先を見るとピシッとしたスーツを着た一人の男性が信号待ちで止まっている。
もちろん、見事な禿だ。
今日も彼女の行動にブレはなかった。
「ああいう人も好みなんだ?」
彼女が見ていた人はスタイルも良く顔も整っていて完璧に見える。ただ一つ禿という点を除いて。
彼もまたその苦行に立たされているのだろうな。彼には何故か親近感を感じてしまった。
「いえ、研究対象なだけで好みではないですね」
研究… 禿の研究なのだろうか?
「こだわりがあるんだね?」
彼女は私の顔?を見てしばらく経ってから話し始めた。
「先程の人は禿イケメンではありますが自分の禿はイケてると思い込み普通のイケメン、いえそれ以上の存在と思っているんです」
ええ、あの一瞬でそこまで!?
「故に立ち居振る舞いが周りからチヤホヤされ勘違いした尊大な態度になり自分が見えていません、おそらくナルシストも併発しているでしょう」
本当か〜?遠目で見ただけなのにそこまでわからないと思うが。
「ほら、見て下さい」
通り向こうに居る禿イケメンを見ると何やらポケットから取り出していた。
「あ、鏡?」
「そうですね、そして彼は鏡を見てうっとりするでしょう」
見ていると彼は鏡で自分の顔を映し眺めている。
そして暫く動かなかった。信号が青になっても動かない…
「う、うっとりしてる…?」
彼女が言った様に禿イケメンは鏡を見ながらうっとりとした顔をしている様だった。
「そしてあの様な人はこんな自分に釣り合うのはハイセンスな女性と思っています」
信号がまた青になり男の反対側から二人の女性が揃って来ていた。一人は遠目で見ても綺麗な容姿、スタイルも良い女性、もう一人は彼女ほどは無いが可愛らしい娘に見えた。
男は突然その女性達に声を掛ける。
男は綺麗な娘しか見ていない。しかも何やら顔の角度細かく変えてアピールしている様に見える。
見かねてもう一人の娘が間に入った。
男はその子を全く居ないかの様に無視して綺麗な娘だけを見ている。
「あ、逃げた」
二人の女性はその場を逃げるように行ってしまった。ここまで彼女の予想通りだ…
「そして男はやれやれと言いながら無い髪を掻き上げて去っていくでしょう」
預言者か何かな?
男は左手を両サイドに申し訳ない位に残った髪を掻き上げる仕草をし不機嫌そうな顔をして信号を渡り始めた。
「すごいね…本城さんの言う通りの事をしている」
彼女は少し得意げにしている。その姿は可愛らしく見えた。
先程の男が信号を渡りこちらに歩いて来る。
そのまま通り過ぎるのかと思った時に急に立ち止まった。
「ねえ、君。これから近くでコーヒーしに行くんだけど一緒にどう?」
なんと、今度は彼女に話しかけて来たのだ。
確かに思わず声をかけてしまう程に素敵な彼女だが横に私が居るのも構わず来るか?
「ねえねえ、どう」
遠目で見た顔の角度を微妙に変える仕草をしている。
彼女は顔色一つ変えず言った。
「何故私があなたの様な人と一緒しなければならないのです?」
冷静な声で答える。
「それは… 運命!だからさ!」
… アホなのかこの男
「ほら、俺って君と居て益々輝けると言うかお似合いでしょ?」
なんもしなくても十分光輝いてるよ!
聞いてられないな、割って入るか。
そう思った時彼女がずいっと前に出た。
そして至って冷静な声で言い放つ。
「あなたと私がお似合い?私はあなたにミクロも興味ありませんよ。禿直して来て下さい」
禿直してってそれは無理だろう〜!
しかも微塵じゃなくてミクロだし!
必死に笑いを堪えた。
「禿直し…?何?」
男も何を言われたのか分かっていないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます