変わらない明日を。

Aris:Teles

変わらない明日を。

 新しい一年が始まった。

 けれど期待に満ちた清々しい風を遮るように、私はカーテンを閉める。

 何も変わらなくたっていい。

 決して強くはない貴女の心を護るのも、私が此処にいる意味であり存在理由だ。

 暗がりで貴女は、傷ついた心を埋めてもらおうと待ってくれている。

 どれほど生きていくことが辛くとも、前に進むでも立ち止まるでもなく、踏み外して消えてしまうことだけは選ばせてはいけなかった。

 私は貴女の心を理解することは出来ない。

 人間でも不確実である以上、機械の私には不可能だと判断するのが合理的だ。心というモノは酷く脆い、だから慎重になるくらいがいい。


「マスター、おはようございます」


 起きていたであろう貴女に声をかける。

 疲労の残っているであろう身体が、少しだけ動いて返事を返す。


「喉が乾いているかと思いますので、こちらをどうぞ」


 無理に食事を食べさせるのは却って危険だ。先ずは食べられそうな、あるいは飲めそうなものを摂取してもらう。今日は少し温めた牛乳を用意した。


「……ありがとう」


 小さな声と共に、貴女の身体がゆっくり起き上がる。

 長くなってきた髪を揺らし、眠そうな表情でこちらを見つめてくる。寝間着は来ておらず、細い裸身が露わになっていた。

 牛乳を渡しながら、毛布を一枚貴女に羽織らせる。      

 仕事に追われ、律儀に着替えて眠る習慣がつかなかった貴女を責めるわけにはいかない。

 飲み終わると同時に、私は向かい合って貴女を抱き締める。

 いつもと変わらない、貴女に必要な大事な時間だ。


「はい。今日もおはようございます」

「……うん」


 体温を上げて、しっかりと人肌の温もりを伝える。

この安心感と充足感が、今日一日の貴女の活力になってくれる。

 今日も頑張れるように、私はこのまま貴女の心を埋め始める。生きる動機がどんなものであろうと、それは尊いもののはずだ。

 私が支え、私に依存し、やがて自立してくれることを願ってはいる。ただ、今は、依存しきってくれていることが、必要とされていることが嬉しかった。たとえそれが、貴女を蝕む毒になるとしても。


「――マスター、大好きですからね」


 言葉にして、私が貴女を肯定していることを伝える。

 私の肩にもたれかかった貴女が震え、抱き締め返される腕の力が少し強くなる。それでいい。


「好きです。愛してますからね」


 あやすように声をかけ、抱き締め続ける。時折頭を撫でたり、手を握って接触による刺激を増やす。

 興奮してきたのか、貴女の体温が上がり、鼓動と呼吸が早まったのを確認して次の段階へ移る。

 言葉は要らない。腕を回して頭を抱き、頬に口づけをする。二度三度繰り返してから唇を触れ合わせた。

 私の存在を、湿り気を帯びた唇から主張する。啄むように、擦るように数度触れれば、口内を愛でる準備がすぐに整う。


「失礼しますね」


 断りを入れて、私は深く深く口づけを交わす。

 おっかなびっくりな貴女を舌を、踊るようにエスコートして絡み合わせる。

 既に力が抜けてきたのか、腕が解かれてベッドに手が落ちる。もちろん、倒れてしまわないように私は支えている。


「……っ」


 声なき声が耳に入る。満たされてくれているが、まだまだ足りないと訴えてくれている合図だ。

 貴女は言葉にするのが苦手だから、私が手を引いて導く必要がある。貴女の表現は少しずつ、今では十分に理解ってきている。

 長めに口づけを交わしてから離し、貴女の顔を見つめる。

 数瞬、恥ずかしがる様子を堪能しつつ、さらに私は貴女へ踏み込む。


「マスター、今度はお身体に触れていきますね」


 耳元で囁くと、貴女の身体が強張るのが手に取れてわかった。

 しっとりとした素肌の上を、私は指で優しく撫で始める。片腕で貴女を支えながら、背中から腰にかけて触れていく。

 私が貴女を愛していることを刻むように上へ下へ、慣れ始めたところで指先を太腿や二の腕辺りに移動させる。時折、くすぐったそうにするけれど、その仕草は悦びの感情が入り混じっているのが感じとれた。


「そろそろ、こちらにも触れますね……」


 敢えて言葉を濁し、私は貴女の背後へと移動する。

 貴女の体重を全身で受け止めて、空いた両手を胸元へと動かした。なだらかで手に収まってしまうほどの膨らみは実に可愛らしい。

 先ずは過敏な部分を避けて、周囲を優しく撫で上げる。意識を集中させて、より良い心地良さを味わってもらうべく、徐々に中心の頂きに近づけていく。

 円を描いてゆっくりと、焦らすように、高めるように。

 数周指を這わせながら、荒くなった貴女の吐息に耳を澄ます。

 そして、タイミングを見計らって、慎重に指を離した。

 呼吸が乱れて、心地良さが高まったままの貴女を再度、今度は後ろから抱き締める。


「あと少しだけ、我慢してくださいね。もう少し、もう少しですから」


 あのままでは、貴女はきっと満足しきれない。

 私は加減しながら、少し溢れそうな心地良さを落ち着かせていく。

 そして数呼吸置いたのち、貴女の正面に座り直し、その胸元に優しく触れた。

 ゆっくりとまた指先を這わせ、いよいよ下へ下へと降りていく。  


「っ……!」


 指先が貴女の欠けた心にするりと入り込み、貴女の鼓動が急速に高まり始めた。

 カチリと嵌まった欠落が、悦びとなって全身を駆け巡る。

 擦り寄り、掻き乱し、心を貫いていく。

 私の存在を、貴女の心に刻み込むように、何度も、何度も。


「マスター、好き、好き、好き……」


 最後に貴女の耳元へと囁き続け、私はスイッチを押した。


「――愛してる」

「ぁっ…………!!」


 強烈な多幸感が、か細く喘いだ貴女の身体を流れていく。

 長く、長く、震えて、震えて……やがて満ち足りたように貴女は脱力した。

 身体の疲労はまだすぐに癒せる。でも、心はそうではない。そう言い聞かせて、疲れて眠る貴女をそっと抱き寄せた。


 日はまた変わらず昇る。月の区切りでも、年の区切りでも、それは変わるものではない。

 貴女の満ちた心も、やがてまたすぐに枯れてしまうだろう。

 それでも、貴女が明日だけ、踏み出すことが出来るようになるのだとしたら。

 貴女の溢れる心を愛し、満たし、注ぎ続けることで、変わらず貴女の側に居ることが出来るのだとしたら。


 ――私は貴女を、貴女だけを。

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