結果

 三日後。

 完全に風邪が治った土井が、オレの隣にいた。

 二人でリビングのソファに座り、テーブルに置かれた通知書を眺める。


「良かったじゃん。これで、アイドルだよ」

「え、待って。おかしい。オレ、受かる事してない」

「えー? でも、面白い新人が入ったって、事務所の人喜んでたよ」


 オレの自宅には、一通の合格通知が届いた。


「おかしいって! オレ、頭のおかしいクソガキしか演じてねえよ!」

「あはははは! なにそれ! バカ受けるぅ。あははは!」


 頭を抱えたオレは、怖くなりすぎて何も反応できない。

 指先は震えてきたし、ソファの上で膝を抱えていないと、寒くて凍えそうなくらい肝っ玉が潰れていた。


「ていうか、面接会場に”あおい先輩”来てたでしょ?」

「……どっかで聞いたな、それ」


 誰だっけ。

 あおい、先輩。

 土井にとっての先輩ってことは――。


「いやいや、アポカリプスで初代のアイドルよ。初めの一人。スミノあおい先輩。……知らない?」

「スミノ……あおい……」


 オレの頭には、面接会場に来ていた若い女の人が浮かんだ。

 見た目は清楚な感じで、とても優しそうな人だった。

 物腰が柔らかい雰囲気で、オレみたいな奴がメチャクチャな受け答えをしても、引き攣るだけで終わらせてくれた。


 ふと、その名前に宿った記憶というか、情報が蘇ってくる。


 ――誹謗中傷――アポカリプスの――。


「ああああああああ!」


 馬島に教わった時、聞いたことがある。

 アポカリプスがまだ一人だけだった時、中傷に耐え抜いて、事務所を引っ張ってきたアイドルがいたということ。


 それが、スミノあおいだった。


「あの人かよ!」


 面接会場に来るのか。

 来ちゃうのかよ。

 今、重大な事実に気づいてしまい、体の震えが大きくなってしまった。


「優しい人だったでしょ?」

「いやいやいや! 知らん!」

「知らんって……」

「オレ、必死にクソガキしてたもん! うっそでしょ⁉」


 オレ、配信業界でも大先輩の人に「武道館行きます」とか言っちゃったよ。とんでもないビッグマウスをかましてしまったわけだ。


「今、受かったって事は……。たぶん、半年後にデビューかな。それか、長くて一年。事務所に行って、顔合わせや打ち合わせあるし。アバターも作ってもらわないとだし」


 額を押さえて、ソファからずり落ちる。

 聞きたくない未来設計図が隣から説明される。

 落ちようと思った時には受かって、本当に受かりたいものは落ちるって、この世界どうなってるんだろう。


 オレが一人、絶望に打ちひしがれていると、土井は歯を見せて笑う。


「これで、同じアイドル~」

「……マジか。やっぱ、断った方がよかったよな。今からでも、遅くは……」

「風見くん。遊びでやってるんじゃないんだよ? 大人の邪魔をしたら、後が怖いよ?」


 ぷりぷりと「怒ってます」の顔を作る土井。

 土井は確信犯だ。

 元はといえば、こいつが勝手に応募したのが原因。


 その後は、自分のチキンハートが原因。


「男の人のアイドルは、あたしと違ってね。すっごい大変だから。たぶん、嫌な事が9割あると思う」

「全てじゃん」

「過去には色々あったけどさぁ。今、残ってる人は、本当に歯を食いしばって頑張ってる人達だから」


 頬を引っ張り、土井が言う。


「一緒に。アイドルとして頑張ろうねっ」


 とびっきりの笑顔で、頬を引っ張ってくるのだった。

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