二度目の告白

 家に帰ると、リビングでは近藤さんが作業をしていた。

 自分の持ち込んだノートパソコンで、動画の編集を行っているようだ。

 さっき、重たい気分を味わった後だというのに、またオレは自分から傷を背負おうとしている。


「あのさ。近藤さん」

「レンくん」


 パソコンを折り畳んで、近藤さんが顔を上げる。

 微笑を浮かべて、何かを悟ったような目をしていた。


「女の子。……泣かせてきたでしょう」

「見てたのか?」

「付いて行かなくても分かる。本人が先に来たから」

「……あいつ。荷物とか取りにきたのか?」

「ちょっと前にね。パソコンだけ持って、もう行っちゃった」

「そっか……」


 元々、付き合ってはいないんだけど。

 ハッキリと言葉にする必要があっただけだ。

 分かってはいても、傷つけてしまった事実が、チクチクとオレの胸を差してくる。


「それで? わたしに話って?」


 今日は罪悪感でトイレに籠るかもしれないな。

 覚悟を決めて、オレは近藤さんに頭を下げた。


「単刀直入に言うけど。オレと別れてください」


 何かしらの誤解で、近藤さんが交際をOKしたと思い込んだ。

 本人は交際しているつもりなのだから、それに合わせて、オレは別れを切り出すだけだ。


「やっぱり、近藤さんには、……マリアさんとして活動を頑張ってほしい。近藤さんだって言いたいことはあるだろうけど。やっぱ、ファンはマリアさんの優しい所に救われてるはずなんだ」


 ――オレがそうであったように。


「わたし、アイドルじゃないよ?」

「それでも。同じだけの魅力がある」


 怖かったが、顔を上げて、近藤さんの顔を覗き込んだ。

 意外な事に、近藤さんは笑みを浮かべたままで、何も驚いた様子はない。


「魅力って、なに?」

「雑談。歌。ゲーム配信。あと、たまに3Dでコラボして、他のタレントと一緒に遊んでる時とか」

「全部?」

「近藤さんは、マリアさんっていうキャラ自体が魅力なんだよ。そのアバターに近藤さんの柔らかい人格が当てはまるから」

「……くすっ。なにそれぇ」

「本当だよ。なんかさ。疲れた時って、うるさいの聞くとイライラするんだ。でも、マリアさんは変わらない。ずっと物静かで、森林浴してるみたいに心地良いんだ。癒し系って聞けば、色々な人がいるけれど。あの独特の何から何まで癒しと感じるのは、マリアさんしか見た事がない」


 ずっと憧れてきたお姉さんだ。

 正直、好みで言うなら、マリアさんの方が好みだ。

 でも、彼女だって、オレだけの所有物じゃない。


 みんなに支えられて生きているライバーの一人だ。

 炎上に興味のない人間も多数いるだろうけど。

 変な騒ぎが起きて、もしも事務所に咎められ、休むことになればマリアさんで癒されていた人が、心から落ち込んでしまう。


 土井とは、全く分野が違うけれど。

 近藤さんは、みんなの求めるライバーの一人である事に違いなかった。


「一つ聞いていい?」

「はい」

「レンくんは、……わたしのこと、好き?」


 オレは迷いなく答えた。


「はい。大好きです。好みで言うなら、オレ、マリアさんの方が好きですから」


 すると、近藤さんは一段と優しい笑みを浮かべた。


「そっかぁ……。フラれちゃったんだなぁ。わたし」


 パソコンを持って立ち上がり、近藤さんがこっちにくる。

 オレを通り過ぎ、リビングから出ると、真っ直ぐ階段を上がり始めた。


「……帰るね。今日も配信あるし」

「すいま――」

「謝らないで」


 強めに言われて、オレは口を閉ざした。


「こういう時は、何も言わないの」

「……はい」


 近藤さんは一瞬だけ悲しそうな顔になったが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。静かに階段を上がっていく姿を目で追いかけ、オレはリビングに戻るのだった。

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