同時進行

 昨日は何もなかった。

 だが、今日登校したら、オレの机に異変があった。


「おい」


 華道で使う花留め。

 その上で色とりどりに飾られた美しい花々。

 緑色の葉が真っ直ぐに立てられ、赤子が生まれた瞬間を想わせるように、真ん中から多色多様な花が顔を覗かせている。


 非常に趣のある芸術品である。


 オレは腕を組んで、周りを見る。


「クスクス……」

「バカみたい……」

「ふふ。ざまぁ……」


 どっちだ?

 これ、イジメか?

 お披露目か?


 たぶん、机の上に花瓶を置きたかったのだと思う。

 死んでないのに、「お前は死んでるよ」と言いたげに供花きょうかをする陰湿なイジメだ。


 だが、オレの前にあるのは、手間暇を掛けて、立派な芸術品として作られた花の作品だ。


 オレは困惑した。


 質が悪い事に、女子に混ざって男子達も、ニヤニヤと笑っている。

 殴ろうと思えば殴れる。


「いてっ!」


 オレは前に座ってるニヤケ面の男子を叩いた。

 奴は逆上して立ち上がると、オレを睨みつける。が、オレの方がデカい分、奴は「これぐらいにしてやるよ」とすぐに座る。


 しかし、オレはその肩を掴んだ。


「誰がやったんだよ」

「知らねえよ!」

「おま、いいか? 見ろ」

「はぁ?」

「見ろよ」


 べちっ。

 久々に困惑とマジギレモードのオレは、もう一度叩いて、無理やり後ろを向かせる。

 顔の横に手を置き、指で花を差すと、自分のお気持ち表明をした。


「これ、……なに?」

「し、知らないって」

「知らないじゃねえだろ。絶対に見てるだろ」


 オレが問い詰めていると、他のクラスメートがオレをからかってくる。


「風見ぃ。イジメなんなよぉ」

「カッコわる~い」

「クスクス。バカじゃん?」


 深呼吸一つして、まずは落ち着く。


「あのさ。花瓶だったら、退かせばいいし。オレ、素直に怒れるよ」


 教室の連中は、青春映画よろしく、オレの言葉に耳を傾けた。


「何でにすんだよ! 処理に困るだろ!」


 絶対に、一時間以上は掛かっているはずだ。

 生け花を作る時間を計算すれば、どうして昨日何もなかったのか、理解ができる。


 こいつら、作っていたのだ。

 どこかに保管していたんだ。


 剣山っていうのかな。

 下に敷く鉢の部分。

 これが大きいために、机の半分を占領していた。

 よく見れば、剣山をいくつか接着しているので、一つの花留めに飢えているわけではない。


 こだわり過ぎていた。


「いい加減にしろよ!」

「おぉ、お前、いきなりキレたな」


 オレが叩いた男子は、いきなり声を荒げてキレた。


「お前が悪いんだろ! 女子たちを食い物にしようって考えるから」

「ん? 喧嘩するか? 今なら買うぜ? なぜなら、戸惑ってるからな」


 一人の男子がキレたことを皮切りに、周りのクラスメートが一斉にキレ出した。


 まずは、オレの席から見て、斜め後ろの席の男子。


「前から気に入らなかったんだよ」

「何がだよ」

「お前さ。顔が良いからって調子乗ってね?」

「自分で言うのも難だけど。オレ教室で配信の話しかしてねえよ? 女子に話しかけたこともねえよ?」


 続いて、隣の女子。


「風見ってさ。ちょっと女子のことバカにし過ぎじゃない?」

生け花これをやられてるオレが、お前らをバカにすんのか⁉ すっげぇ、解釈だな、お前!」


 続いて、他の女子。


「配信で脱がなかったじゃん。クッソつまんない物見せて。何がしたいわけ?」

「お前何を求めてるの? オレの配信で男のエロを期待すんなよ」


 脱げって言った犯人分かったぞ。


「脱~げ! 脱~げ!」

「脱衣コールやめろ。マジで収拾付かねえぞ」


 この状況の中、土井は口元の笑みを押し殺して、オレを見ていた。

 馬島に至っては、「やめろって。よせよ」と必死にみんなを宥めてくれている。


「もうさ。風見のこと分からせてやろうよ」

「どういう意味だい?」

「こういうことだよ!」


 近くにいた男子が、いきなりオレの腰にしがみついてきた。

 指がベルトに掛けられた途端、オレはすぐに防御態勢に入る。


 こいつ、脱がそうとしている。


 実力行使に出てきた男子のベルトを掴み、オレは逆にバックルをカチャカチャと弄った。

 脱がされるのはゴメンだが、仕返しとして脱がすのは良いだろう。

 相手は男子だ。


 何も問題はない。


「ちょ、やめろよ! 離せよ!」

「うるせぇ! お前、力で勝てると思うなよ!」


 バックルを外し、紐を緩め、一気にズボンをずり下げる。

 その途中で、相手も必死に抵抗した。


 教室は阿鼻叫喚|ルビを入力…《あびきょうかん》である。


「ハァ、ハァ、や、やめ、やめてください! お願いします!」

「都合が良すぎるだろ、お前!」

「明日は、くっ、もっと、手加減しますから!」

「違うだろォ⁉ もうやるんじゃねえよ! なに、サラッと次回予告までしてんだよ!」


 雰囲気だけは、青春ドラマのようである。

 起きている事は、本当に意味不明な光景。

 男子が男子のズボンをずり下げ、周りは喧嘩を止めるていで騒ぐ奴らばかり。


「ちょっとやめなよ! 元はといえば、風見が悪いんだよ! 誰と付き合うか選ばないから!」

「どこのタイミングで恋愛ドラマ始まったんだよ! オレ知らないって! 付き合ってなんて言ってないだろ!」


 女子たちの情緒が狂いだした瞬間だった。

 皆は一斉に涙ぐみ、親の仇でも見るかのように、オレを睨んでいる。


「もういい! みんなで、絶対に追い詰めるから!」

「特に理由もないのに⁉ 嘘でしょ⁉」


 ズボンを掴んでいた手を離し、オレは教室にいるみんなへ叫んだ。


「どうしたんだよ! お前らさぁ!」


 みんなは、オレを睨んでいる。

 その理由、――不明。


「一斉に狂うとかホラーだから。お前ら、そんなんじゃなかったよ。つい、この前まで色々話してたじゃん。子犬の腹を撫でたら小便掛けられたとかさ!」


 オレが息を切らせて叫ぶ中、聞き覚えのある笑い声が鼓膜に届いた。


「くっ、……くす、……ふふ」


 ゆっくりと、声のした方に振り向く。

 土井が目じりを持ち上げ、口を押えていた。

 他の奴らは気づいていない。


 こいつが二人きりの時に、どれだけ甘えてきても。

 オレへのとんでもない報復は、終わっていなかったのだ。

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