【完結】成り代わり令嬢のループライン
古宮九時
第1話 一周目エンド
いつまでも心に残り続ける物語とは、何だと思う?
――それは、幸せにできなかった物語だ。
※
大聖堂から赤黒い巨大な柱が立ち上る。
天にまで届いたそれが少しずつ空を覆い始めるのを、私は歯を食いしばって見上げていた。
もう何度目か、喉が枯れるほどに叫ぶ。
「離して……! 離して、お願い!」
私を羽交い絞めにしている男もまた、呆然とその柱を仰ぐ。
「何ですかあれは……」
「っ、行く!」
力が緩んだ隙に、私はようやく彼の手から脱した。ドレスの裾を掴んで、大聖堂に続く階段を駆け上がる。
「ティティ、間に合って……デーエン、フィド……!」
大聖堂の中にいるであろう、友人たちの名前を私は呟く。
近づくにつれて悲鳴が聞こえてくる。聖堂の扉が開き、人々が溢れるように逃げ出してきた。
その波に押し流されながら人を掻き分ける。
前へ自分の体をねじ込ませて進む。
ようやく扉の前までたどり着いた私は、開かれたままのそこから中を見る。
大聖堂の中は、血の海だった。
「あ、あああああ……」
聖堂の中央には、直径五メートルはあるだろう赤黒い柱が、天井を貫いて立ち上っている。
それはどこからか溢れ出した膨大な力だ。今まで誰も原因を突き止められなかった力。
辺りには赤く染まった水晶の破片が砕けて散乱している。飛び散ったそれらは壁にまで突き刺さり、同じ壁には多量の血も飛び散っていた。
赤い柱は竜巻のように渦巻いて上空へと流れて行く。
柱の発生に巻きこまれた人間は、皆ばらばらだ。立っている者はいない。柱の向こうは見えない。
私は、一番先に犠牲になっただろう友人の名前を呟く。
「ティティ……っ」
彼女の姿はどこにもない。きっと真っ先にのまれてしまった。
足が震える。知っていたはずなのに、初めて目にした惨劇に気が遠くなる。
倒れかけた私を追いついてきた男が支える。聖堂の中を目にした彼は、苦い声で言った。
「これは……妖精契約の儀が失敗したのですか」
柱が急激に膨らむ。
そこからの彼の判断は早かった。私を肩の上に抱えて聖堂と反対方向に駆け出す。
階段を飛び降りる。遠くへ、できるだけ遠くへ。
通りに集まっている人たちは、何が起きているか分からないまま怪訝そうに赤黒い柱を見上げている。
「逃げて……」
私の声は誰にも届かない。
この先に起こる惨事を私は知っている。私だけが知っている。
「逃げて! みんな! 走って!」
間に合うはずがない。それでも言わずにはいられない。
けど私の声は、誰一人動かすことができない。零す涙が彼らの間に点々と落ちて行く。
「……終わりにしないと」
無意識にその言葉が口をつく。その言葉で、私は私の役目を思い出す。
この話は「幸せにできなかった話」だ。だから本を閉じなければ。新しい次の本を捲るために。
私は、自分を抱えて逃げる男に言う。
「ユール、下ろして」
「下ろしたら死にます。あれはすぐに広がる。正体は不明ですが尋常じゃない力です」
「知ってる」
間に合わなかった。失敗した。私はこれを止めるためにこの世界に来たのに。
――どこで間違ってしまったのか。
私は彼の広い肩を掴む。
「私、あなたを好きになってよかった」
でも、好きにならなければよかった、とも思う。
どちらの感情も真実だ。
不遇な人生を送る彼が少しでも報われて欲しいと願った。
無事に生き延びて、自由になって欲しいと思った。
でも彼を助けることに夢中になって、きっと慢心していたのだ。
――ここまで手を打っておけば、大丈夫のはずだと。
ならばこの感情の責任は自分で取らなければ。
私は彼の背中に手を当てると呟く。
「魔力徴発・転送・設定『ロンストン城』――起動」
「な……!?」
驚愕の声を残して彼の姿は消え去る。彼の本来の居場所へ飛ばしたからだ。
代わりに私の体は地上に叩きつけられた。固い石畳の上を転がる。痛みに息が詰まる。
でもそれが何だというのか。
私はよろよろと立ち上がると、人々をのみこみながら迫りくる赤い柱を見つめた。
――この国は、今日滅びる。
それはもう決定事項だ。
でも、次こそは。
私は拳を握る。きつく唇を結ぶ。悔しさが、決意が、その隙間から零れ落ちる。
これ以上は泣かない。今回は死ぬはずだった彼を救えた。それで充分だ。
だから私は笑う。眼前に迫る赤い柱を前に、貴族令嬢らしく優美に微笑んでみせる。
「次はちゃんと理想の結末にする。……任せて、
私をこの世界に送ってくれた友達の名を呼んで。
絶対に負けないと誓う。約束する。
そして私の体は千々に引き裂かれた。
現、成り上がり令嬢。
私の異世界転生の一度目は、こんな終わりだった。
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