警察署・捜査一課長補佐
第26話 再寧さんは気にするかと思って
これは幸福の話である。
『雨に唄えば』の名シーン、主人公が土砂降りの中で傘も差さずにタップダンスを踊る、かのシーンだ。人目も気にせず踊ってたら警察にお咎め喰らうヤツ。
「雨の中、傘を差さずに踊る人がいてもいい。自由とは、そういうものだ」
とはゲーテの名言であり、その言葉の影響を受けているのだとか。
つまり僕が言いたいのは、バイト最後の日は、歓喜の舞を踊ったっていいということだ。
「I'm singin' In the rain♪ Just singin' In the rain♪」
「ゴキゲンねぇ、タマキ」
「雨の中、傘を差さずに踊る人がいてもいい」
「星空見える快晴よ!?」
「自由とは、そういうものだ」
「横にいる私をスルーして!?」
「わぁぁぁヒカリじゃないっ!?」
気づけば隣には
「あっ、あうえうあの、僕は決して怪しい者ではなくただバイトを完遂した喜びに打ち震えるあまりこの感情の行き場を探った結果『雨に唄えば』のダンスを思い出し」
「いいわよ、うん、いいから。分かったから、カンベンして」
普通に嫌がられた……!
「うぅ、すみません周りを気にしないどうしようもないヤツで……」
「ま、まあいいわよ。アンタのそーゆーとこ、面白くていいと思う」
「いや、僕なんかつまらないカスです、すみません……」
「あ〜……いや〜、まあ私もほら、半月の付き合いでここまで狂ったヤツだとは思わなかったっていうか……ネ?」
「オブラートで全力投球やめてください」
「コイツホントめんどくさ……」
「めんどくさいって言ったァ!?」
ぷらな、くるみさんとしれ〜っと友達として交流し、はや一週間ぐらい。僕は未だに人との距離感を測れずにいた……!
これが俗に言う、距離感バグっ!
「タマキー? 一人の世界に入らないでー?」
「あっ、ハイ」
「おっ、そこにいるのはさては」
急に割り込まれた!?
そう思い振り返ると、そこにいたのは……!
自転車で走行する、デカいオネエ
「「うわああああ妖怪ぃぃぃぃぃ!!」」
「誰が妖怪だっ!! ということでこんばんは。警視庁
全然おなじみじゃない、会うのは二度目だ。というかロクに話したことない。けど自己紹介してくれたおかげで思い出せたぞ……!
紫陽花さん。ロボットリンカーの『ザ・シューター』との戦闘後、再寧さんと一緒に現れて僕と真秀呂場を連行した人だ。
巡査部長なのは今初めて知った。え、再寧さんの部下なの?
「アンタ、こんなのと知り合いなの?」
「あっ、まあ、ハイ、ハハハ……。よく僕の事を覚えていてくださって……」
「そりゃああんたアレだよ、もう再寧がしょっちゅう話題に出すからさ」
「ぅぇっ……!?」
キュンっ! 再寧さんが僕の話を!?
「いつものヤツ言うんだよね。『私にはぁ〜嫌いなものがある。無鉄砲な若者と、酢豚に入ってるパイナップルだ』って」
嫌われてる……!
「あ~したらそうだな〜。タマキっつったっけ?」
「あっ、ハイ」
「この資料を、託す。再寧に渡しといてくれ」
「あっ、ハイ」
謎に仰々しく手渡された封筒。
「ちなみにアソコのアパートね」
「すぐ近く!?」
「ちょっとタマキっ! こんなアヤシイオカマの言いなりになるこたぁないでしょうが!」
「聞こえてるわよー」
「ゲッ!」
「あっ、ああまあいいんですいいんです。再寧さんの顔を見たかったというかなんというか……」
「交渉成立だねー。ま、再寧も最近肩の力入れ過ぎてるからさー、アレ必要じゃん? イヌの動画見て癒される的なヤツ」
まさか僕のことイヌ扱いしてるってこと……?
「じゃ、ヨロ」
「あっ、ハイ」
紫陽花さんはヒューっと去っていった。まさに嵐のよう。
押し付けられた封筒を見つめる僕……。
一番距離感バグってる人かも!
「アンタ、あんなイカレたのと知り合いなクセして変人探しなんてしてたの?」
「いやっ、あの、紫陽花さんは例外というか、もう捜査済みというか……」
リンカーの事も話せないし!
「とにかくアレよ、ソレ。アタシ、これ以上関わらないからね。警察絡みだし」
「あっ、大丈夫ですよ。ムリに来いなんてそんな、言いませんよ」
「あっそう。とにかく気をつけなさいよ。最近、不審者が多いんだから。アンタが探すまでもなく変人やってくるわよ」
「妖怪……?」
「それはさっきのね……」
もかさんは「んじゃ」と言い残して早々に帰ってしまった。ともかく僕は再寧さんの部屋を目指し、歩を進める。
僕のカバンが蠢く。ヒカリだ。
「相変わらず巻き込まれるわね」
「まあね……。けどいいよ、再寧さんにこないだの機械のことを聞こうと思って」
「リンカー能力者にする機械、ね」
意味が分からない事だ。
こないだ戦った相手は『機械でリンカー能力』に覚醒したのだという。それが本当なら、教団は何をしようとしてるんだ? リンカー能力者を率いて、超能力部隊でも作るつもりか?
「タマキ」
ひとり考える僕に、ヒカリが声をかける。
「アナタはもうひとりじゃないんだから。ホラ、頼りになる再寧さんも目の前よ」
いつの間にか部屋の前だった。
人の家に行くのって初めてだ。だってぼっちなので……。
緊張するっ……! インターホン押す指が震える……!
ぽちっと。
ぴーんぽーん。
ヌっと、ボタンから指を引き剥がす。
ドタドタ足音が近づいてきた。軽い音。子どもが友達を出迎えるかのようだ。
勢いよく開かれた扉。そこに求めていた人物が……。
「どちら様でふかぁ〜……?」
「幼女!?」
現れたのは確かに再寧さんだ。けど幼女と思ったのも仕方ないんだ。
玄関開けて現れたのは、へにゃへにゃボイスのかわいい女の子だったからだ。私服だってまさかのクマさんTシャツ。まさに小学生。見た目は。
「あぁっ! タマキちゃんだぁ!」
「チャンっ!?」
「ね〜ね〜遊ぼ〜。かれん、後輩の相手つかれた〜」
これは相当キテたんだろうなぁ……。
可哀想に、僕が抱きしめてあげる。
「ふんっ!」
「がああああ」
「はっ!? スマナイ、ついアームロックを!」
「酔ってもお仕事は板についてるようで何よりです……」
腕ねじ切れるかと思った……。
「再寧さん。私達、オネエのおじさんにお使いされて来たの」
「ありがとヒカリちゃん、ちっちゃくってかわいい〜」
「早いとこ酔い覚まして」
カバンからヒョイと持ち上げられた人形サイズヒカリは、呆れてジト目になっていた。
そんな玄関での攻防を繰り広げていたら、部屋の奥からもう一人が顔を覗かせる。
「おっ! 我妻 タマキさんじゃあ〜ないか〜!」
「ゲッ!」
「華蓮先輩ったら~、こんな時間に未成年おうちに招いて何しよってんだい~? 大人のお姉さんな私まで呼んでるのにさぁ、ヒュ~!」
「タマキお姉ちゃ~ん! コイツがダルい〜!」
「おねっ……!?」
──僕には妹がいます。
三人でしょっちゅう家でゲームして、ゲームして、ゲームして──
「妹は渡しませんっ!!」
「タマキ。アナタまでおかしくなったら収集つかなくなるわよ」
「でも僕はっ……! 華蓮ちゃんを守りたいんだっ……!」
「ダメだこりゃ。再寧さん、起きなさい」
パァンっ!
「やああぁぁぁっ!?」
「殴ったね僕の大切な妹をやあぁぁぁっ!?」
パァンっ!
揃ってビンタされ、正気に戻った僕らは再寧さんのお家へ上がるのだった……。
*
再寧さんの部屋は8畳、洋室。クローゼットにテレビにノートパソコンと、一人暮らし相応の可もなく不可もない丁度いい部屋。ベッドの上のお人形さんがカワイイ……。
この部屋の真ん中にちゃぶ台、オンザ鍋。……の残飯。既によろしくやった跡だ。
「本当にスマナイ……!」
「あっ、いやいいんですよ顔上げて下さいよ……。麦茶ですよねこれ、麦茶ですね」
「さっきまでマリカしてたけどやるかい!?」
「黙れポンコツ探偵」
「貴女は……いいや、別に求めるものが何もないや」
ていうかなんでいつまでも居座ってるんだろこの人……。
「ところで
「25だ、来月で」
「ウソだろこんなんで25歳……!」
大人が子どもから侮られる
「大体お前はな、むせるクセしてタバコ吸うし、酒の飲み方も下品だしで不愉快なんだよ。早死にするぞ」
「だぁ〜いじょ〜っすよ〜! 探偵業なんて遅かれ早かれ廃れるんだからぁ〜」
「お前さぁ~」
「廃業したらおまわりさんに推薦おなしゃーす!」
「いいか、私には嫌いなものがある。お・ま・え! と、酢豚に入ってるパイナップルだ。野垂れ死にしろ」
「死ぃ〜にぃませんよぉ、死にませぇ〜ん! そんな事したら先輩が悲しむでしょうがにぃ!」
酷いダル絡みだ……。
「……」
そんな呑んだくれ探偵に絡まれていた時だ。
再寧さんの、その表情にふと影が落ちた。
「だいたいタマキさんもタマキさんだ! こないだだって私のこと知らんぷりして戦いなんかおっぱじめただろ!」
「な、なぜ僕に矛先が……」
そう思ってたら僕に吠えてきた……!
「違う、違うんだスマナイ……! お使いと言っていたな、なんだ?」
「あっ、この封筒です。その、紫陽花さんから」
「ああ、ヒカリさんが言ってたか……。ありがとう、ゆっくりしたらいつでも帰っていいぞ」
「あっ、ハイ……」
気まずいなぁ、部屋に上げて頂いてとっとと帰るのも。
「だからマリカやろって言ってんじゃんっ!?」
「黙れゴミムシ探偵」
「撃つわよ」
「あっ、遠慮しますのでハイ……」
「クゥ〜ン……」
この人は帰らないのかなぁ……。
「あっ、そうじゃなくてですね、ハイ。あの、こないだの機械、能力者に覚醒するとかいう機械のこととかは……」
「アレについてはまだ調査中だ、科捜研の管轄でな。まあ、わかったとしても確かな事は言えないだろうな。君も一般人には変わりない」
「あっ、そうですか……」
再寧さんの中で、僕はまだ『守るべき一般人』の認識だ。当たり前だけど……。
僕としては、『ドグラマグラ』には大きな借りがある。僕を付け狙う事と、そのせいで真秀呂場を失った事、さらにぷらなまで巻き込んだ事だ。この拳で返してやらなきゃ気が済まない。
そのために僕は協力したいと申し出た。再寧さんもそれを受諾したはずだ。
だけど──さっきの再寧さんの表情が、僕には気になってしょうがない。
「あっ、あの……」
「なんだ……」
一瞬、むず痒い気分になった。それを振り切って、言い切る。
「辛くなったら……あの、僕でよければ、全然甘えていいですからね。今日みたいに」
「……二日酔いしたなら、考えていいがな」
それから。「失礼しました」と一言残して僕は再寧さんの家を後にした。
「案外あっさり帰ったわね」
ヒカリがバッグに揺られながら声をかけた。
「アナタも気になったんじゃないの? 再寧さん、あの探偵に『悲しむ』って言われて顔が……」
「うん、僕も気づいたよ。けど指摘しない事にした」
「なんで?」
「再寧さんは気にするかと思って」
「そうかしら?」
「別に……そんな流れじゃなかったから、いいよ。またの機会に、ホントは、明日にだって聞きたいぐらいさ」
「あえて見て見ぬフリした割には、ずいぶんと気の早い」
「……僕は、再寧さんの信頼を得たいなって、思えたから」
アスファルトに掻き鳴らされるタイヤの音を聞きながら、僕は月明かりに満ちた帰り道を歩く。
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