第22話 いい加減にしなさい

『ヒトには得意不得意ガあル、とは言うガ──それはなんと都合ノ良い言葉なのだろト、ワタシハ思うヨ』

 ぷらなに無自覚の迷惑をかけているイケメン男、空風からかぜは入院する前、1体のリンカーと会話をしていた。

 『ドグラマグラ』。タマキ達が追っている存在であり、敵組織である『超克の教団』のメンバーだ。


『オイオイ、そんな不快そうな顔ヲするなヨ。分かりやすいヤツだナ。だってそうだろウ? 得意ナ事ハ見つからないのニ、不得意ハいくらだって見つかル。勉強、スポーツ、料理ヤ人付き合い。たった一つノ過ちデそうであると努力ヲ捨てたもの達。言葉そのものが都合ノ良い言葉ニ堕ちているのだヨ』


 『ドグラマグラ』が白い眼を向ける。人の深淵を覗き見るかのようだ。

『空風くン。君ノ『フライアウェイ』ハ過ちヲ正せるリンカーダ。才能とはどうしてカ、自分よりも他人から気付かされる事が多イ。そしテ──モ』

 わかったような事を並べ、もう用事は終わりとばかりに『ドグラマグラ』は影の中に沈んでいく。最後に一つ、ヘドロのような禍々しい笑みを口に含んで──。


『君ノ願いリンカーハ本当ニ最高だヨ、空風くン。誰よりも死ニ近イ、ノ能力──』


 *


 空風、そう名前をポロっと言ったそのイケメンは、ぷらなの前で突然、窓から飛び降りた。一言、「死の」とだけ言い遺して。しかし落ちなかった。空中で風に煽られ浮遊し、そこで静止していた。

 さらにその風が、ぷらなに突き立てられる刃として襲いかかっているのだ!


「この……人ぉ……! すっごく、迷惑なぁ!」

 この力、逆方向に……!


 一筋血を垂らし、伸ばすぷらなの手。ずっと浮遊してる死ねない男に向けて、ぴとぉ……! なんとか触れ……!

 ──ギュンっ!

 その身を、手を向けた方向と逆、つまり屋内に飛ばす!


「ふぅ……! 壁に叩きつけちゃったわ! 自分の身の安全が優先とはいえ……い、いや、だったらいっか!」

 男がヌゥっ、と起き上がり、ぷらなはとっさに身構えた。これだけ乱暴に扱ったのだ、なにか怒鳴るんじゃないか、そんな自己防衛だった。


「……いまさ、下に警察いたわ」

「はい?」

 しかし、ぷらなの予想は外れ肩を落とす。浮いてる最中、見ていたのは警察だったという。その後の壁への叩きつけは一切気に留めていない。


 だからこそ驚くのだ、次の予想外に。男は落ちていたペンを取り、自らの首に向け刺そうとする!

「うわぁ!?」

 ぷらなは叫んだ。男の行動ではない、男の行動によって弾かれこちらへ飛んできたペンに! 全く理解が追いつかない!

 だが反射的に手を向けたのが幸いであった。眼前に迫ったペンは、ぷらなの手に宿った力によって弾かれ廊下を転がる。


 コイツ、警察見てこんなに動揺して!? 何か思い当たる節があるっていうの!? い、いや……というかさっきからあの人の力、私に被害が及んで……! 死のうとしたら、周りに迷惑がかかるってコト!?


「君、天道……聖夢せいむって読むのか? ソレェ」

「え? あっ……」

 ネームプレート! この人、ちゃっかり人の名前を見ちゃって!

「君にさ……助けられてんのかな、俺。リンカー能力者なのか? 俺もさ、スゲェ能力持ってんだよ、へへっ……」

 関わらないようにしよう!

「いやいやいやコレは違いますよ! そう! 友達の部屋にぃ~、遊びに来たけど今いないみたいなんです~! どこ行っちゃったんだろうな~、せいむちゃん~」

「ウソついたな?」

「え?」

「ウソついたっつってんだよっ!! わかんだよっ! なにキョドってんだよっ! 天道つって反応したのも見えてんだよっ! えっ!?」

「ひっ……」


 ここで怒鳴るの? ……怖い。大人の人がこんなに怒鳴り散らして、我を忘れて。完全に自分勝手な理由で怒ってる。

 さっきみんな好きだって言ってくれるとか、文句言われて殴っちゃうとか、そんな事言ってたっけ? それもこの性格のせいじゃ? そうかコイツ、典型的なDVカレシだわ! 能力ってコトでいいのかしら、コイツのソレもそれが原因で……!?


「ムカついてきた」

「ああっ!?」

 またも怒鳴り散らした空風の圧に、ぷらなは一瞬竦んだ。けどすぐに睨み返す。そして、手を上げた。ビンタだ。

「なっ……!? あっ、ぐえぇっ」

 ただのビンタではない。ぷらなの手のひらに宿ったリンカー能力が込められていた。触るだけで布団もカンタンに吹っ飛ぶその能力を人に対して使う。ぷらなの想像通り、ビンタ一つで廊下の向こう側までブッ飛ぶ攻撃となった!

「アンタに弄ばれた女の子達の恨み、絶対こんなもんじゃないけどねっ! すぐそこにいるおまわりさんに襲われましたって、言ってやるもん!」


 ぷらなは急ぎ気味に窓から外を覗く。パッと見てパトカーなど確認できない。当たり前だ、事件は今さっき起きたばかりだ。

 だがぷらなの目に、もしやこれがという2人が留まる。地面につきそうな長さの背伸びしたコートを羽織ったちっちゃい女の子と、この現代日本に堂々と探偵の格好をして歩いてる女性だ。確かに目立つ。


 この人アレを見て警察がどうとか言ったの!? 警察のマネしてる女の子と探偵のカッコして付き合ってあげてるお姉さんじゃない!

「これじゃ看護婦さん探して通報してもらった方がマシだわ……!」

 呆れた声を漏らしながら、ぷらなはすぐに駆け出し逃げていく。とにかく誰かに助けを求めての行動だった。真っ先に向かったサービスステーションに着くまでもなく、看護婦と曲がり角で遭遇する。


「あわっ……と!」

「ぷらなちゃ〜ん? どうかしたのかしら、さっきコール……」

「助けてくださいっ! あっちで変な男の人に襲われて、ああけど普通の襲われ方じゃなくて、あの人が死のうとしたら周りに迷惑かかるっていうか、いや私これ説明してもしょうがないですか!?」

「落ち着いて? 全然わかんないわどういう事。なに、友達とケンカでもしたの?」

「そういうのじゃなくって!」


 叫ぶぷらなの声。それが、不意に途切れた。目の前の見慣れた看護婦の頬に、ナイフのような物が突き立てられたからだ。メスだ。恐怖から言葉を失ったのだ。


 看護婦の悲鳴が茫然として聞こえるほどの恐怖の中、後ろから飛来したその導線を辿り、ちょうど顔の横を通り過ぎ、そう、後ろには空風が、その整っていた筈の顔を醜く歪ませ、ぷらなに泣き顔を向けていた。


「死ねねぇんだよォォォォォどんなダメだと思ってもさァァァァァ!! お前のせいだろォォこのリンカーさァァァァァァ!! みんなみんなそうだったんだよォォォォォォォォ!!」

「……泣きたいのはこっちよ。意味わかんない。今さっき会ったばっかの女の子に、ここまで最低の依存してさぁっ!!」


 *


 ──一方同じ頃。タマキは状況も知らぬまま、ぷらなのとこへ向かってる最中であった。とことこ歩く夕陽が傾く住宅街。並んで歩くヒカリ。緑の髪に金の眼のタマキと、金の髪に緑の眼のヒカリ。改めて見るとその様子はまさに、仲良く歩いて帰る対の双子であった──。


「なんだか嬉しいわね」

「な、なにが?」

「こうやって一緒に並んで帰ってる事よ。人形サイズでアナタのカバンに揺られるのも、まあ悪くはなかったけど」

「あっ……ふふっ、そうだね、へへっ……」


 思わずニヤニヤしちゃう。ヒカリは僕と一緒にいたいんだ。学校でも人の目を盗んで等身大サイズになってるし、もかさんにバレても堂々としてて。普段はクールに振舞ってるけど、僕に好意を抱いてるからこそそういう行動を取ってるのかな。クーデレだ。……ギャップ萌えの芥川賞。

「っはぁ〜っ、カワイイッ!!! ベストリンカー賞受賞ですおめでとうございます」

「何が?」


 萌えすぎて感情が漏れ漏れであった。


「動くなぁ……」


 本当に、突然であった。デヘデヘする僕の背後から現れたその声。どこか抜けたその声に、ゾワリとして動きを止めた。ヒカリが隣にいるのに、何故こんな事を?

「ふんっ!」

 なので自由に行動できるヒカリに、その者が攻撃されるのは想像に難くなかった。うめき声を漏らし、その場にうずくまってしまっているではないか。


「二人組に対してこんなショボイ脅し、誰が……? あえっ!?」

 素っ頓狂な声を挙げてしまった。何故ならその人物の外見に見覚えがあったからだ。

 桃色ベースに黒いインナーカラーのハーフアップヘアー、そこから覗けるピアスびっしりの左耳。その人物が顔を上げ、いつものニッコリ笑みにさぞ苦しそうに眉間にシワを寄せていた。


「ひっどいなぁタマちゃんぅ……! てかそっちの……何? 双子ちゃん?」

「ね、ね、ネルお姉さん……!」

 よく見ればここは照日公園の前。そのいつもの場所に、丹羽たんば ネルお姉さんはいたのだ。


「ああいやあのすみません僕の双子の妹のお父さんのお母さんの息子の娘が粗相を!?」

「ソレ本人じゃね〜?」

「タマキそれさっきも聞いたわ。私は双子の姉のヒカリ」

 なんでさっきと違って素っ気ないの……!


 ネルお姉さんがひとつ深呼吸して体勢を直し、ほんの一瞬、ほんの僅かに目を──紫の瞳を──開いてヒカリを見る。

「ふ〜ん。似てんね〜、鏡みたい」

 スッ……。ヒカリが身を引いて構えた。

「なんか露骨に警戒してんね。さっきも殴られたしよ〜」

「ああいやスミマセンっ……!」

「アナタが謝んなくっても。タマキがちょっかいかけられてるって聞いてたから、そんな不審女ふしんおんなは一発シメておこうと思ってたのよ」

「なんで私がその不審女だって断言出来るワケ?」

「双子だからよ」

「そっかぁ〜」

 素直に納得するんだそれ。


 ネルお姉さんはいつの間にかタバコとライターを取り出して、一服吹かし始める。思わず僕らは怪訝な顔を浮かべてしまった。


 未成年の前で堂々と喫煙を……!? そこまで内心イラついたのかな!?

「あ、そういや並んでどしたん?」

 軽い!?

「あっ、いやただ一緒に帰ってる以上のことは無いですけど、ちょっと病院に」

「なになに〜、タマちゃんケガでもしたん? あー、なんか手に包帯巻いてるもんね。そーゆー趣味の子なのかと思ったわ」

 厨二病。

「あっ、いえ、友達のお見舞いと言いますか……」

「タマキっ」

「いーじゃん友達のお見舞いなんてさぁ〜! そっか〜、タマちゃん実はお友達いっぱいか〜、もかちゃんもそうだしね〜?」

「あっ、いや、全然そんな事なくて、ぷらなももかさんも流れでそうなったっていうか、ああでも話できるんだから友達って言われてそれで……」

「あらそう? いやいや、それなら分かるよその気持ち。私も昔はクッソコミュ症でさ~。あ、私学生んときに『コミュ症』とか『陰キャ』なんて言葉なかったけどね~」

「あっ、ハイ」

 水を得た魚みたいにスゴく喋る……! いやそれは僕もか、うん。

「だからこそのアドバイスよ。とりあえず、だ。まずは人の目を見て話すとこから始めなきゃね」

「えっ、あっ」

「目を見てる『フリ』で良いんだ。相手のおデコとか、頭のテッペンでも良い、それらしく見えっから」

「あっ、あっ、あっ」

 ヤバイヤバイめっちゃ見られてるてか糸目のスキマからちゃんと目が見える当たり前かそうじゃないよ人と目を合わせられる訳ないじゃん見られてるだけでもムリ顔も見れんうぎゃああああああ。

「ストップ。その辺にしといてくださいな」


 ──ヒカリがタマキの身を引いてネルから視線を逸らさせた。そのタマキは思考停止していた──。


「あー……ま、そうね。いやいや、したら私とも友達になろうよ」

「え?! あっ、え?」

 意識戻ってみたらなんか話が進んでた。


「てか自分で言った事じゃん? 話せりゃ友達みたいな。同じ穴のムジナ同士、分かることも多いと思うんだけどな~」

「もう、タマキ行くわよ」

「あっ、まあ、ハイ!」


 その返事にネルお姉さんは、いつものニッコリ糸目に加え、口元で笑みを作ってとても嬉しそうにした。ヒカリに腕組まれて引っ張られる僕を、手を振って見送るのだった。

「さらばだ~、親愛なる友よ~」


 引きずられながらヒカリに話しかけられる。ぷんぷんした様子だ。

「なんだってあんなヤツにいい顔するのよっ」

「悪い人……じゃないから」

「マナー悪い女なのに? もうっ」


 嫉妬されてる……。僕に魅力あるなんて絶対ネルお姉さんだって思ってないのにっ!

 でもこの腕組まれてる状況……! 自分より小さい胸に腕を寄せられ、タマキたまんねぇです……!

 ──スケベタマキは鼻の下を伸ばしていたのだった──。


 悪くないなぁ、モテるって。人から好かれるってのも、案外気持ちいい……! ぷ、ぷら〜なさんも僕のこと好きだったりして。いやきっとそうだもんな、ウヘヘヘ……。


「早いとこっ、行かないとっ、なっ!」

「鼻の下伸ばしちゃって、もうっ」


 ──ほぼ双子で妙なもつれのあるタマキとヒカリであった──。


 *


 そうしてタマキがいい思いして向かってるとは露知らず──


 ぷらなは息を潜めて、4階廊下の角に身を潜めていた。心臓病の術後、経過観察の最終日であれだけ忙しなく動いたのだ。胸を抑え、苦しそうに自分を宥める。もはや誰を頼ったらいいのか分からず、目は涙ぐんでいる。


 空風は今どこにいるのか? 怒りで、あるいは狂気で自分を追っているのか? それも分からない。


 ダメ元でもさっきの警察だって言われてた人達に相談すべきかしら……!? い、いや、もし仮に警察だったとしても、ナースさんを容赦なく刺す狂った人と戦わせていいものかしら!? ましてや変な能力持ってるような人、誰に相談を……!


 ふと気づく。頭で浮かべた人々、その中に今日自分を訪ねてやって来る友人がいるという事に。


 タマキちゃんが来る! モタモタしてたら、あの男と鉢合わせする!


 勢いよく立ち上がった。腕と脚が震えていた。

 怖い。あの脈絡なく怒り狂う男に向かわなくてはならない。全く無関係な筈なのに、こんな理不尽をなぜ自分が与えられなければならないのか?

 そう考えていた。それでも決意を固め、脚を踏ん張っていた。

「私がやるしかないわ……! 今ここで、あの人を倒すっ!」


 ふと横を見る。並ぶスタンド台、吊るされた輸液パック。それをもぎ取るようにして掴み、口へ流し込んだ。

「気休め程度だけど……!」


 頭が冴えてきた、そうだ! 能力には発動条件があるわ、それを使うのよ! 私はこの手で触れた時。あの人は……自殺しようとした時。なんて後ろ向きなの!? しかも死にたいとか言ってるのは建前で、死なないようにしてて! 分かって能力を使ってるのかしら。うじうじして、タマキちゃんや真秀呂場くんに弱音吐いてた自分見てるみたいで、ヤな気分!


 ふと気づく。鼻の奥を刺すような刺激臭。見ると廊下に透明な液体が流れていた。それを辿ると一つの個室から漏れ出ているのが見えた。ぷらなはそこを開け放つと、やはりというべきか──しかし、予想もつかなかったその状態に「ひっ」とぷらなは短い悲鳴を漏らし──部屋の中央で男が待ち構えてた。散乱する2、3本のアルコール消毒液のボトル、そして液まみれの空風だった。

「……来ると、思ってたぜ。俺ってモテるんだ、好かれるんだ。放っておけないっての? そんな感じなんだろうなぁ」


 ニュースで見たことあるわ、アルコール消毒液は燃えちゃうんだって! 確かエタノールだっけ? アレだ、小学校で聞いたアルコールランプ! 昔は授業でやったとかいう!

「でもさぁ、結局見捨てるんだよなぁ。疲れたとか言い出すんだぜぇ? が来たらやめようかと思ってたんだぜぇ? けどやっぱダメだ」


 ニヤつく男を気にも留めず、ぷらなの意識は目の前の危機感の方へ向いていた。


 こんな状態で死のうとしたらどうなる? あの人は死なずに周りに迷惑が降りかかるんでしょ? だから、勢いよく火が散らばる? 体の不自由な人もいる病院で、火事なんか起こされたら──!?


 見ると男がライターを取り出していた。

 ──火を着けられる。

「いい加減にぃ……!」

 ぷらなは焦りや恐怖と共に、ある感情も湧いていた。

「しなさいっ!!」


 ──怒りである。


 その叫びは、男の動きを止めるのに充分な感情が込められていた。

「そうやって……自分が不幸だって言い続ける気なの!?」

 狼狽える男に、ぷらなは呼吸を整えながら捲し立てる。

「別に私は『あなた1人が苦しんでるワケじゃない』とか『みんな頑張ってる』なんて、借り物の言葉を言ってるワケじゃない。その痛みはあなたのものだもん。私が怒ってるのは、その痛みを周りのせいと呪ってふんぞり返ってるコトよ」

 さらに詰め寄る。震える拳を握りしめ、一歩、踏み込む。

「痛いんならやめればいいじゃない! 出来ないんなら逃げちゃっていいじゃない! 背負い込むぐらいなら、プライドなんか捨てて誰かに頼っていいのよ! ……私が偉そうに言えることじゃないけど、そうじゃなくても!」


 肩で息をするぷらな。男を真っ直ぐ見つめていると、その男の表情が緩んだ。強ばっていた胸を撫で下ろす。


「…………頼って、いいのか」

「……私、じゃなくても」

 さすがに保険かけとくわ……。


 男はパァ〜っと笑顔を見せた。見ると口元がグニャリと曲がり、醜悪な印象を与え──

「ああそっか、そういやそうだっけなァ〜……! ミトもジュンコも俺に優しくしてくれてたァ〜……! 懐かしいなァ、思い出すよ君を見てるとォ〜……!」

「え?」


 様子がおかしい。解決の糸口が見えた筈じゃないか。それを何故、目の前の男はこんなにも邪悪な笑みを浮かべてるのか。ぷらなの困惑は果たして、確かな危機感であった。


「やっぱ俺って幸せだったんだ、だから──」

 ウンウン頷きながら、手に持っていたライターを──

「満足だッ!! 見ててくれよ俺の最期をォォォォォォォォォォォ!!!」

 ライターを、点火した! 信じられないことに! 納得して、気持ちよくなって、獄中の篝火のように掲げるのだ!!

「うっ、うああぁぁぁぁぁぁ!!」


 この人、どこまでも最低だ。自己愛だけで完結してる。誰の迷惑よりも、自分の不幸を見せつけたがってる! 独りよがりで気持ちよくなってるんだわ! こんな人──!

「我慢ならないわっ!!」


 ぷらなは咄嗟に、壁に手を付けた! 触れた物を飛ばす能力、それを自分より断然重く固定された壁に付けるという事は、自分の身を飛ばす行為!!

 ぷらなは中央にいる空風との空間ひとっ飛びに一気に距離を詰める!

「吹っ飛ばしちゃうもんっ!!」


 ガシッ!!


 空風をホールドし、ライターが空風の手から落ちる。それを見逃さずキャッチするも、自分の身にもアルコール消毒液が浸されている。暴れる炎。すると自分の腕を伝って火が燃え移るのだ。予想できた事だ。


 熱い。燃える自分の身それさえ気にせず、慣性は2人を窓から外へ追い出す! 4階、弧を描いて真下へ真っ逆さま!


 ぷらなはあくまで冷静であった。外へ出れたのを確認し、ライターを放り捨てる。自分の体に着いた火を、ハエを捕まえるみたいに素早く触れる。


 ──触れるとどうなるか?


 方向を操作するによって、アルコール液と火がコラージュ絵のように、ぷらなから離れていくではないか!


「思った通り。あなたの能力は発動する。その意思が無ければ何も起きない。今……落としてるわ」

 一番確認したかったのは現状だ。ぷらなと一緒に空風は落ちているのだ。さっきと違って落ちている!

「ひっ、ヒイイイイィィィィィ!! 死にたくねぇぇぇぇぇ!!」

「本音が出たわねっ!! クズ男ォ!!」

 その叫びは感情だ。感情は願いを強くする。ぷらなの背後に、人型のシルエットが出現する。

「リンカーとか言ってたわね。それが私らの能力の通称。だったら私の能力は──」


 両腕に一対いっついの丸い矢印マーク、表情は可愛らしくも凛々しい。魔法少女戦士を思わせるそれは、ぷらなの強き願いリンカー──!

「『ラブずっきゅん』!」

 『ラブずっきゅん』。愛くるしい名を与えられたリンカーはしかし、力強く拳を握りしめ、腕を引く──!


「ええぇぇぇぇぇいっ!!」

「ぶばあああああああっ!!?」

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!! 空中で逃げ場のないクズ男に制裁の連撃をこれでもかこれでもかと与え続けるっ!!


 気づけばぷらなの目の前にはアスファルトが広がっていた。拳の勢いとは真逆に、ふわり、と両者は着地する。

「落下しながら上の方向に能力を向けて殴った。おかげでゆっくり落ちれたわ。あなたを逆さまのパラシュートにしてね」

「俺ェ……ハハッ、見てよ俺、まだ生きてちゃってるぞ」

「もう何も言わなくていい。喋るなっ」

 制裁のビンタ。それ以上はない。


 一息、深呼吸。ぷらなは澄んだ青空を見上げ、一筋涙を零した。

「怖……かった……!」


 思い出したように震える身体。それでも立って余韻に浸る。縋るようにポケットを探る。ああやっぱりと、辺りを見回すと、求めた物が粗雑にアスファルトに横たわっていた。

「あった手帳! そりゃ乱暴に動いたら落ちちゃうわよね!」

 見ればここは駐車場だ。外へ飛び出したのだ、当然だ。

「んっ、あ、タマキちゃん!」

 なのでちょうど、待ち人の姿もそこにあったのである。

「これは、どういう……!?」


 タマキ、それと隣のそっくりな人物が困惑するこの状況。男性がボコボコにされて伸びていて、自分は裸足で腕や頬にやや傷を負っている。ヤンチャでは済まないそんな様子を見られ、ぷらなはドッと恥ずかしさが込み上げた。

「あっ! いや違うのよ! この人が襲いかかってきたからほら、えいって懲らしめてやって!」

「はえっ!? いえっ、そうじゃなくてえと、何となく状況は分かるんですけどどっから説明すればいいのか、ああコッチの子は僕の双子の妹のお父さんのお母さんの息子の娘というていなんですけどえっと!」

「リンカー、ね」

 タマキの双子とされたその人物が、挙動不審な2人に代わって一言、落ち着いて発する。

「タマキの予想通り、ぷらなはリンカー能力者だった」

「リンカー……え?」

 ぷらなは思わず目を丸くしながら、手帳で口元を隠した。

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