第20話 それが僕の、やりたい事ですから

 花見咲の町はその急激な発展もあって、特に駅周辺には最新のセキュリティシステムが導入された新築マンションがあちこちに点在している。閑静な住宅街で、土地勘のある人間でなければ何処を見ても同じに見えるだろう。


 そんなマンション街の一角、八畳一間の慎ましい部屋に、ニンフェア義姉妹は住んでいた。二人暮らしをするには窮屈だが、二人住んでいるとは思えないほどに物は少なく最低限。間取りの限界としてもベッドは一つ。娯楽の品はテレビとパソコンで充分という事だろうか。


 ティナはクッションを抱いてベッドに座りアニメを観て、ルビィは通路同然のキッチンにて炒め物を作っていた。二人ともラフな部屋着。昨夜の戦闘など初めから無かったかのような、ごく自然のどこにでもいる姉妹の光景であった。


「3人分は無いよ」

 ふとルビィがそう呟いた。呼ばれたのかとチラと見るティナだったが、すぐにそれは違うと理解する。手元に置かれたコップ、それがいつの間にか無くなっていたのだ。

 コップの行方はすぐに分かった。持っているのだ、ルビィの背後に現れていたその白く不気味な存在が。『ドグラマグラ』だ。


『何故全力ヲ出さなかっタ?』

 なんでもない調子で、調理を続けながらルビィは答える。

「タマキさんを始末してほしかったと?」

『そうではなイ。お前ノリンカー能力ハその気になれば一万人だって殺せる能力。どんな例外ガあろうと任務ヲ優先シ、惜しみなく能力ヲ使うかと思っていたのだガ』

「聞いていなかったのか? 全部出しきって潰されたら死ぬし、あとなんだっけか、ああ、単純に痛い」

『そんな建前ノ話じゃなイ。お前ノ考えヲ聞いているのダ』

「……必要以上に死人を出す必要があるか?」

『数え切れない程ノ命ヲ殺めた軍人ガ、今さら天国ヘノ切符ニ魅力デモ感じたカ?』

「ああ、行きたいねぇ。天国」

『つまらん冗談ダ』

「冗談? ならお前の行動も私にとって冗談じゃないと憤慨したいところだけど。お気に入りなんだろう? タマキさんが」


 ドグラマグラは一瞬、怪訝そうに身を引く。しかし直後、嘲笑を漏らして肩の力を落とす。それまでの荘厳さを演じていた様子から一転、会話に飽きてしまったような気の変わりようだった。

『まア、そんな事ハどうでもいイ。依頼ハ打ち切り、報酬ハ無しダ』

「知ってるよ。教団の、いやアンタらの事は自力で追ってやるさ」

 かたたん。その軽い音は、コップがフローリングへ落ちた音だ。『ドグラマグラ』は姿を消していた。


「あいつ、人のコップ取りすぎ」

 中身を覗くティナ。中身スッカラカンで頬っぺたをぷく〜と膨らませた。

「ドリンク分は奢ってもらわなきゃね。やれやれ、コッチはタバコ一本分の節約だ」

「ねえさん安心してる」

「失敗したクセにね。こりゃいけない」

 思わず頬を綻ばせていたのに、ルビィは全く悪びれる様子は無かった。ティナが言ったように、安心の気持ちが何より占めていた。


「夕飯は何がいい?」

「ねえさんが決めていい」

「じゃあ決まりだ」


 *


 ニンフェア義姉妹による病院襲撃の翌日の午前。昨日とは打って変わって、肌寒い気候から身体を暖めてくれる陽が差す、気持ちのいい天気だ。そんな日に僕たちは季節ヶ丘きせつがおか警察署を訪ねていた。


「少し早く来てしまったかしら?」

「まあ、けどあの人の性格的に、すぐ来るかも」


 ヒカリは、等身大の姿なんだ。これからしようとしてる話に、自分も加わろうという意思表示なんだろうか。


 待ち人はすぐにやってきた。年端のいかない少女ほど幼く見える大人の女性警察官、再寧さんだ。


「待たせたな」

「あっ、いえ、そんなでも」

「お構いなく」

 なんか自然に馴染んでる等身大ヒカリだけど、けど再寧さんがジロジロ見てるから! ちっちゃい人形だったのが、自分より大きいなとばかりに見上げてるから!

「しかしまぁ、やはり驚くな。実体感のあるリンカーだとは思っていたが、それがこうも大きく変化するとは」

 めちゃ背伸びして頭触ってる!

「私に疑問を投げても仕方ないわ。だって自分でも分からないもの」

「ふぅむ。精神の成長による進化、かもな」

「はい?」

「言ったろう。リンカーは能力者の願いであり、精神の反映。そして君はリンカーでないとは言ったが、確実に君の影響をヒカリさんが受けている筈。……君らの見た目、そっくりなの気づかないか?」

「え? あっ、確かに……?」

「私は気づいてたわ」

 何故言ってくれない……!


 改めてガラスを姿見鏡の代わりとし、ヒカリと自分を見比べた。

 ヒカリの身体的特徴は僕に準じていた。等身に背丈、脚の長さ、顔の輪郭、肩幅に至るまで。ただ僕が普段から猫背なので、背筋を伸ばしてるヒカリの方が背が高く見える。

 パッと見ての差異は、控え目で自信なさげで一息吹かれただけで吹き飛びそうなザコに見える僕とは真逆にキリっとしてる顔つき、バストサイズがやや控えめで、人形サイズだった時の髪色を継承して金髪である点と、ヒカリの好みでもみあげを下ろしたローポニーテールになっている髪型ぐらいしか見当たらない。双子と言われたら信じるかもしれない程だ。うん、なんというか……


「カワイイ……」

「アナタそっくりって言われてからソレ言うの?」

「それで、今日の用事とはなんだ?」

「あっ、その、気になる事ができまして、ええ」

「気になる事?」

「ああその、昨日の時点で思いついたかもなんですけど、まあ今日になってそういえばって思った事で……」

「どんな話でも結構だ。後になってふと思う事なんていくらでもある。それで?」

 ちゃんと会話を促してくれるんだよなぁ、再寧さん。


 とにかく落ち着いて、僕達はイスに腰掛けた。深呼吸して最初の話をしていく。

「あの……再寧さん言ってましたよね? 『不審な二人組に気をつけろ』って。それって……」

「ニンフェア義姉妹」

 一瞬ピクリとした。自分の中でよぎったのは確かに、あの二人組だったからだ。それを再寧さんは当てた。けど。

「……いえ」

「気づいてたのか」

「あっ、いえ、本人達が知らない素振りだったから、きっと違うだろうって」

「そうか。いいセンスしてるじゃないか」

 再寧さん、そんなジョークっぽい事言えるんだ……。堅物なイメージだったから意外だったけど、何か、言いにくそうな感じも……。


 僕のその感覚は果たして合っていた。再寧さんは言い淀んで話を続ける。


「『雨嵐の魔法使い』と、我々の部署、特能課では呼ばれてる。メディアには事故で片付けてあるがな」

「魔法使い……? 雨嵐の? なんですかその、暴力的なようなファンタジーな名前」

「ファンタジーなのさ、これが。……ふむ、言える事としては、『超克の教団』にとっての敵であり、我々警察と無関係の人物。そして正体不明、という事か」

「どうせリンカー能力者なんでしょう?」

 素っ気ない……!

「どうかな」

 沈黙。そして、

「「へぇ?」」

 と二人揃って気の抜けた返事をしてしまった。再寧さんは話を進める。


「『雨嵐の魔法使い』は、教団のアジトに攻め入っては壊滅、ないしリンカー能力者の信者を撃退し、どうしてかそれらは連中が解決した事後、つまり警察とは一切鉢合わせせずに現場から去っている」

「……えと、昨日話してくれた粛清とは何が違うんです?」

「殺されていない。無惨な能力の痕跡もほとんど見つからなかった。そして粛清されるのは自意識過剰に陥った信者グループだ、二人組にその分別はない。目撃証言もある。二人組の男女だったと」

「な、なるほど。確かにニンフェア義姉妹じゃない。けど警察と鉢合わせしたくないのは、何か理由でも……?」

「恐らくな。そして『魔法使い』の名は伊達じゃない。そこが厄介な点でもある。現場が毎回違うんだ」

「どういう事かしら?」

 ヒカリが特に食いついた。危険なリンカー能力者、それに連日戦ってきてるからこその警戒心からだろう。


「無惨な能力の痕跡は見つからなかった、と言った。繰り返すようだが、能力と見られる痕跡がほとんどのだ。信者をタコ殴り、室内ボロボロ、オマケに爆発とやたらリアルっぽい事ばかりでやりたい放題。かと思えばちょっと脅しただけで済んでいたという例まである。これでみんな無事。まさに雨嵐が如き破天荒。助かるんだかふざけるなと憤りゃいいんだか」

「……そもそも魔法使いとかいうのが別人の可能性は?」

「特徴が一致する。考えにくいな。能力の応用で違うと見せかけた、トリックと見てる」

「マジシャンズ・マジック。マジの手品、まさに魔法使いってコトね」

 ヒカリは頷きながら例えた。再寧さんもまた同じようにして肯定する。


「そうだな。気をつけろと特に注意を促したいのはまさにそこだ。正体不明、能力不明。味方になるならいいが、警察の目を逃れ現場を大荒らしする破天荒なコンビ。出来れば逃げてくれ」

「ハイっ、絶対逃げますっ」

 そんなイカレコンビ、ビビって当然だ……。


「まぁともかく。私達の勢力構図はつまり、『特能課』、『超克の教団』それらを中心に『ニンフェア姉妹』と『雨嵐の魔法使い』の4勢力となる。この中にいる異質は『雨嵐の魔法使い』。不審な二人組はそいつらの事だ。チンピラのケンカは買うなよ、いいね?」

「あっ、ハイ」

「はいはい」

 二度も言った。二人して二度も言ったぞ。


「じゃ! これで用事は終わりか?」

「あっ、ああ待って待ってくださいっ!」


 立ち上がって、そのまま見下ろす再寧さん。

「なんだ? まだ、何か?」


 本題は別にある。……結構な覚悟がいる、かも。簡単な事じゃない。だから──。


 僕は立ち上がる。テーブルに手をついて、自然、拳を握りしめて。再寧さんの目を真っ直ぐに見る。


「……その、僕って情けないし、リンカーじゃないって言っときながらヒカリに頼りっぱなしで、性格もダメダメのネガティブ思考で、何もなくて……えと」

「それで?」

 再寧さんが先を促す。ヒカリは何も言わず、ただ見ているだけだった。見守られて、頼りそうになるのを振り払い、自分の考えをまとめる。


「……率直に、協力させてください。『超克の教団』を倒す、手伝いを」


 再寧さんは首を傾げた。その仕草はわざとらしく、試すかのようなあっさりした表情だった。

「何故?」

「あっ、えと、探偵の深里さんにしたって、ロボットリンカーのヤツにしたって、ルビィさん達でさえ、あの『ドグラマグラ』に唆されて攻撃してきた。……ついには、僕の友達を手にかけた」

「では復讐の為に?」

「そうじゃないです。ここまでやられて、ただ黙ってるだけなんて僕にはできない。昨夜、ルビィさんに警告されました。『踏み込まない方が僕らの為だ』って。僕らの日常に侵食しておきながらそんなの、挑発と受け取りましたよ。あの人達にだって関係してる『ドグラマグラ』に、『超克の教団』に怯えて過ごすなんてゴメンだ。僕らだって攻撃の手段を持ちたい。その為に再寧さんたち特能課の方々の力をお借りしたいんです」


 再寧さんの顔が近づく。僕は尻込みした、だが目は逸らさない。真っ直ぐ、見つめる。


いけない、という焦りからじゃないんだな?」

「はい。知ってしまった事を、そして奪われた事を黙って過ごすなんて、僕は納得いきません。僕に出来る事があれば、僕に出来るだけの範囲でも守ってみせたい。リンカー能力という、僕の願いで。僕とヒカリの、二人の力で」


 背筋を伸ばして立つ。猫背の子犬がその脚で、踏み込む。


「それが僕の、やりたい事ですから」


 軽いため息。眉間に手を当て、再寧さんは呼吸の後、話し始める。


「君達は1週間という、ごく短期間でリンカー能力者との実戦を複数回経験した。そのような危機に頻繁に合っている民間人の協力を仰ぐなど、市民を守るべき警察に有るまじき、恥ずべき事だ。能力者でない一部の上層部は多くの言い訳を考え、プライドを優先する者も多く出るだろう」

「あっ……えと、そうですよねすみません……」

「頼れる事があれば、いつでも声をかけていいだろうか。課長には話を通しておく」


 返事が遅れた。二、三テンポ遅れて出たのは「え?」であった。理解はそれから一歩遅れてからやってきた。


「面接でボランティアとして言うなよ?」

「あっ、えっ、あ、ありがとうございますっ!」

「おいおい、採用面接じゃないんだぞ。まあおかげさまで意気込みと熱意はよおく伝わった。よかったらこのあと君のバイト先で、夕食を頂いてもいいだろうか」

「えっ、あっ、それは普通になんでです?」

「いいだろう、君を知るためだよ。聞けば君は今月末でバイトを辞めるそうじゃないか。その前に一つ、一流シェフの腕を味わいたい」

 ルビィさんだな……! 変なこと吹聴して……!

「あの、ただのテンプレ料理でよければ」

「テンプレ料理……随分ユニークな言い回しをするんだな。いや実際その通りなのだろうが、ま、過度な期待はしないよ」

「いや、そう言われると腕を振るってアレンジしたくなるといいますか」

「負けず嫌い……なんだな」

「私たち、似たもの同士なもので」

 ヒ、ヒカリ……! 変なタイミングで横槍入れて……!

「そうだな。君たちは似ているが──なんだか違う。真逆でもなく、別の線が交わったような……うん、良いパートナーなのだろう」

 ウフフ、アハハと朗らかなムードになるヒカリと再寧さん……。

 僕だけである、微妙な気持ちで引きつった笑い方をしてるのは。


 嬉しくない共通点……!


 *


 時計は進み、バイトの時間である。今日も今日とて就業終わりが近いファミレスで、流れ作業的にキッチン業務に従事するのだ。


 そんな時、もかさんが赤みがかったツインテールを傾けて呼び出した。


「タマキ! お客さんに呼ばれてるわよ!」

「あっ、ハイ」


 来たかな再寧さん……。あっ、ゴマすっておこっかな。一応、上司みたいなものになる人だし。

「ウェヒヒ、ウェヒヒ……」

「……ハエ?」


 僕は呼んできたお客さんを快く出迎える。拍手パチパチ、ソソソッと思いつく限りのフレンドリーさでだ。

「どもー、我妻でーす……」

「むっ、関西のコメディアンというヤツかなそれは」

 出迎えた再寧さんは僕より一回り背が高かった。しかしパっと見小さい少女の筈だった。というかよく見たら二人いた。そこでようやく気づいた。

「ぎえぇ!? ル、ルルビィさんぅ!?」

「ティナもいる」

 自己主張せんでいい、一人称が自分の名前なタイプの少女……!


「なに、そう驚くことじゃないだろう? あと一週間もしない内に君の料理を味わえなくなると考えれば一日いやっ! 一回でも多く……」

 カラン、カラン。お客さんがもう一人来た事を知らせるベルの音。その人物とルビィさんの目が合い、「あ」と声を揃えた。

「さ、ささ再寧さんっ」

「さっきぶりだな。……で、ルビィさん。お前は何故にこの店にいるのかな?」

「タダの客だよ。何か、無作法でも?」

「べっつにぃ。何も言っていないが?」

 子どもか!

「というかティナまで気にせず僕の料理を食べに……?」

「ティナ、料理は好き。お前は嫌い」

 カワイくない子ども!

 ガチャ。そこへ従業員入口から更なる乱入者登場。等身大で隠れる気ゼロのその者は、昨晩の因縁の相手同士で目を合わせ「あ」と声を揃えた。

「ヒ、ヒカリっ」

「昨日ぶりね、爆弾魔女ばくだんまじょ。関わるなと警告した割には貴女から来ようとはね」

「やれやれ、短期間で多くの人物から恨みを買ってしまった」

 呆れたいのは僕の方だ……!

 そこへもかさんがヒョッコリ。

「何、この人たち」

「オシマイの概念。ぼく、もう、バイトやめる」

「なんで!?」


 僕の日常は……今後この慌ただしさを抱えていくのかっ……!


 なお、全員思いのほか大人しく過ごしてくれましたとさ。


 *


 また翌日、その朝早く。

 僕抜き足差しで、桜川病院の廊下を往来していた。往来おうらいとは、行ったり来たりを繰り返す事である。文字通り、一つの部屋の前を境に往来していたのである。これは意味ある行動だ。


「タマキ、もう行きなさいよ」

「あっ、いや、も〜ちょっと準備を……」

「20分も、ウロウロするのが準備なのかしら?」

 ついに怒られた……!


 そのヒカリは人間サイズではなく、いつもの人形サイズで抱きかかえられていた。とってもリラックス状態。

「ていうか好き勝手自分のサイズ変えられるんだね……」

「お友だちAとして同行してほしいのかしら?」

「いや、そういう事じゃなくて純粋な感想として……あっ、いや、やっぱりナシ。ウダウダしてるのナシだよね」

「きっと待ちわびてるわよ」

「……よしっ」


 平手を裏返す。ドアの前で構える。この所作だけでえげつないほど緊張する。ノックっていつまでも慣れないなぁ……! 職員室のノックがホントにイヤだった、先生達の視線が一斉にこっち向くの!


 コンっ、コンっ。


 すっげ上手くいった。

「どうぞー!」

 お手本のような返事のタイミング。


 反射的にドアハンドルへ手をかける。

 重ぉ~……くない。


 気づけば緊張感はまるで無くなっていた。落ち着いてドアをスライドし、中へ一歩ずつ踏み出す。先の声の主と目が合い、目を逸らさずに軽く会釈する。その相手はそう、天道 聖夢ぷらなさんだ。


「ふふっ! そんなにかしこまらなくったって!」

「あっ、いや〜、フヘヘ……」

 色々と都合あって様子を見る余裕なかったけど、もうすっかり元気そうだ。良かった……。


「一昨日はどうしたの? 急に来てくれたのは嬉しかったけど」

「えあっ!? あっ、それはその〜、内緒の事があって、天道さんがもし廊下に出たら危ないなって、あっ、これは一昨日も言いましたよねそうじゃないなそれじゃあえと……」

「守ってくれたのよね」

「……え?」

 何故バレてる。

「なんてね! そんな気がしただけなんだけど。私、ひねくれさんだから、消灯時間過ぎても寝たくないの。そしたら中庭やら廊下で音がして、もしかしてって」

「あっ、あ〜……あっ〜」

 ウソつくの世界一ヘタだ僕。

「この事、私たちだけの秘密ね!」

「ひ、秘密っ……!?」


 僕はキュンっとした。なにせカワイイ女の子との秘密ごとである。儚げで守りたいと思った相手である。男だろうが女だろうがトキメキゾーン発動、エリア展開である。


 頑張った甲斐があったっ……! お姫様系ヒロインゲットだぜ! 「ありがとタマキちゃん! 結婚して!」「ふっ、いいぜぇ……?」ララララーイハネムーン。


 脳内安価ラノベをしていると、天道さんが人差し指を立てて僕の口へ当てた。タマキ、再びのキュン。タマキュン。


「私と、我妻さんと、この子の!」

「う?」

 喋れない。


 天道さんがこの子として指したのは、僕の持っている人形、つまりヒカリである。天道さんにとってタダの可愛らしい人形を、彼女はヨシヨシと撫でる。


「ありがとね。アナタが我妻さんを守ってくれたのね」

 えぇ~、偶然にしちゃピッタリ当たってる。

「あっ、えと、この子ヒカリって言います、ハイ」

「ヒカリちゃんね! よろしくね!」

 なんも話してないヒカリの方がグッドコミュニケーション出来てない?


 ──今後、我妻 タマキという人物でない限り起こらないであろう劣等感を抱いた──。


「そ、れ、と」

「えわ、あぁえぇっ?」

 手を取られた!?

「改めて、よろしくね! タマキちゃん!」

 名前で呼ばれた!?


 確かに驚いた。けど何よりニヤニヤした。次に湧き上がってきた感情は──対抗意識だ。


「……へっ、へぁ〜。あ、よ、よろしくお願いします……。あっ、ぷ、ぷ……」

「ぷぅ〜?」

 対抗しろ対抗しろネルお姉さんの時みたく対抗しろ……!

「……ぷらぁ〜なぁ〜……」


 沈黙。


「ぷっ」

「うぁっ」

「あっははは! タマキちゃんってホント面白い! ネガティブだけどすっごく元気! 不思議ね、こんなネガティブなのに!」

「あっ……へへっ、ふふっ」

 二度ネガティブと申すか。

「ほら、座って座って! 気づけば立ちっぱなしじゃない!」

 そう言ってぷらな、さんは毛布を避けて腰掛ける姿勢に直り、とんとん、と横に座るように促した。

「おっ……おぁ……しつ、れい、します」


 こここここんなん緊張するにきまき決まってるじゃないかかかか落ち着け〜……落ち着け〜……。カックン、ウィーンと体の向きを変えて、横に座るだけだ。

「……」

 ちょっと脚を収納して正座に直る。

「武士みたいに背筋ピンとしてるね!」


 ギクシャク。こんな変な距離感でいいのだろうか。その瞬間、僕の思考に電流走る。


「はぁっ!!」

「えっ!? なに急用?!」

「あっ、ハイ!」

「そうなの!?」

「あっ、でもぷぅ〜……らなに用事です、ハイ!」

「えっ、えっ」

「あっ、えとそのっ! 僕と……」

「えっ、え〜!?」

 まっすぐ、まっすぐ! 目線まっすぐぅ〜!

「……友達になってくださいっ!」

「…………あ。ビックリしたもぉ〜! コクられちゃうのかと思ったっ!」

「ぃえっ!? いえいえいえいえ最近はそういうのもありますけどそうじゃなくてっ!!」

「わかってるわかってる! けどね、タマキちゃん」

「あっ、ハイ」

「んとね、私たち、もう友達だよ!」

「あっ、スミマセン僕なんかに気を遣って頂いて」

「いや気遣いじゃなくて。そうじゃなくってね、こうやって会ってお話したり、お互い笑いあったり、コミュニケーションを取るって、そういうのが出来るのは、もう友達なんだよって! 私、そう思うの!」


 その言葉を聞いた僕の心は、パァ〜っと明るくなっていった。暗く冷たい宇宙空間、地球を隔て覗く太陽のように、ぷらなの笑顔が僕というスペースデブリに光を注ぐのだ──!


「と……と、と、と、と、友達っ! 友達です! 僕は友達っ!」

「これからもよろしくね!」

 これから「も」! たまらん、前提が存在するから使える接続詞……!

 凄まじいテンポだ。勢い余る、タマキ人生初めての友達宣言……!


 *


 それから──タマキとぷらなは他愛のない会話を交わした。好きなバンドはあるか、アニメや映画は、どんな趣味があってどうやって休日を過ごしてるのか。学校でどんな事があったか、家族とどんな風に過ごしてるのか。

 タマキにとって微妙に困る明るい話題ばかりだったけれど、タマキはお喋りをする度に、ニヘラ、ニヘラと不器用な笑顔を零し、ぷらなもニッコリ笑顔を浮かべたのだった。


 *


「私、あと一日分経過観察あるけど、よかったら明日も来てくれる?」

「あっ、まあ、ヒマなので」

「わーい! 学校終わりが待ち遠しくなっちゃった!」

 くっ、今日は日曜日……! 明日は学校……!

「じゃっ、またね!」

「あっ、ハイ」

 控えめに手振るんだなぁ……どこまでもカワイイや。


 今日でぷらなへの好感度は振り切れた。胸きゅんを隠しきれず、デヘデヘしながら部屋を出るのだった。


「あっ、ヒカリはその、ぷらぁ〜……なと話さなくてよかったの?」

「いいのよ。あの場で必要なのはタマキと会話する事。そのうちお話しさせてもらうわ、きっと」

「そっ……かぁ〜」

 ソワソワしてたなこれ。


 外へ出る。気持ちのいい快晴だ。真上から射す陽の光を二人浴びる。

「眩しいわ」

「そりゃあ……まあ」

「それで、教団潰すのに向けてやる事は決めてるの?」

「物騒な……。まあ、ノープランじゃないよ。まずは仲間を集めよう」

「あらま、人嫌いなのにしっかりしてるわね」

「何故コミュ症がバレて……!」

「言わなくても分かるでしょ」

「ぐぬっ……。ええと、とりあえず警察もとい『特殊能力犯罪捜査一課』は味方につけられたとして……」

「なっがい正式名称で言うのね」

「だって『特能』ってなんか……なんかさ……」

「ダサいってことね」

「そんな感じです……。そんな変な名前の一課ぐらいしかまだ味方いないけど……」

「酷いわね」

 どんどんツッコまれる……!


 萎んでしまったその傍ら、ヒカリがカバンから飛び出し光と共に背丈を変化させた。等身大サイズ、僕と同じ高さ。僕に向かって、その手を取る。

「仲間第1号は私よ。友達第1号もね」


 目を見開いた。さすがに目を逸らした。恥ずかしさからだ。僕と同じ顔。それなのに、『ヒカリ』という違う存在で、だからかドキドキしちゃって……。

「……あっ、これからもよろしくね」

「こちらこそ。何気ない日常にお邪魔します」


 二人は光の下、家路を往く。

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