§028 公認

「律から聞いたよ。二人、付き合ってるんだって?」


「「「え」」」


 赤也の突如としてぶっ込まれた言葉に、俺と水無月さんだけでなく、その場にいた柏倉さんまでもが固まってしまった。


 しかし、それだけではない。

 更に悪いことに、赤也の声が無駄に大きかったため、赤也の声が教室内にも響き渡ってしまったのだ。


「やっぱりあの二人付き合ってるんだ」

「いや何となくそんな気がしてたけど」


 そんなひそひそ声が、次第に教室の至るところから囁かれる。


 クラスの視線は俺と水無月さんに注がれ、俺達の反応を窺っているようでもあった。


 俺はこの場で判断を迫られる。


 赤也何言ってんだよ~と恥ずかしさのあまり交際を否定するのは簡単だが……真っ先に俺の頭に過ったのは、柏倉さんに嘘をついて傷付けてしまった時の水無月さんの表情だった。


 ……もうあんな表情を見たくない。


 そう思った時には――俺は赤也の肩を思いっきり引っはたいていた。


「ああ、付き合ってるよ! っていうか大声で言うなよ! 恥ずかしいだろうが!」


 俺の導き出した答え。


 それは――付き合っているということを肯定しつつも、水無月さんに注目がいかないよう、俺が全ての視線を巻き取るというものだった。


 そんな俺の反応に赤也は待ってましたとばかりにニヤリと笑うと、更に大きな声を出して言った。


「ああ? 水無月さんみたいなS級美少女と付き合ってるのに何が恥ずかしいだよ! この幸せもんが!」


 そう言って俺の肩をはたき返す。


 赤也の力が想像以上に強かったために思わず「痛ってぇ」と漏らして睨み返し、更に俺ももう一発殴り返す。


「うるせぇよ! 幸せで何が悪いんだよ!」


「あ? こんな状況で惚気かよ! イケメン様は言うことが違うな!」


「んだとこら!」


「あん? やんのか?」


 俺と赤也の殴り合いは本格的なものに発展し、殴打と煽りの応酬。

 必然的にそれをクラスの皆が見守る構図となった。


 そんな光景がしばらく続いた頃。

 赤也は頃合いとばかりに俺から距離を取ると、今までのふざけた表情を引っ込めて、両手を打ち鳴らした。


 え、拍手?


「ちょっと揶揄いすぎたが、何はともあれ、二人ともおめでとう。幸せになれよ」


「は?」


 そんな突然の赤也の変わり身に呆気に取られる俺。

 けれど、そんな赤也の変化にいち早く気付いた柏倉さんがすかさず赤也の流れに続いた。


「柑奈ちゃんと加賀見くんとかベストカップルじゃん! お似合いだよ! おめでとう!」


 すると、そんな流れに呼応するかのように、クラス中からも拍手が打ち鳴らされ、「頑張れよー」、「お似合いカップル」と、俺達を祝福する声が巻き起こったのだ。


「あ、え……」


 そんな光景に俺は驚きを隠せなかった。


 正直な気持ち、俺と水無月さんの恋愛は妬みや反感を生むだけで、まさか祝福されるとは思っていなかったからだ。


 そんな俺の気持ちを察したのか、赤也が声のトーンを落として言う。


「な? クラスなんてこんなもんだよ。皆、何となくお前ら二人のことはお似合いだと思ってたし、近い未来にこういうことになるんじゃないかと予測ができていた。オレもお前と水無月さんはお似合いだと思ってたしな。まあ、そんな二人だったからこそ、こうやって堂々と言っちゃえば、皆、案外受け入れてくれるもんだよ」


 ああ、結局、俺は赤也に踊らされていただけなのか……と真の陽キャの力を思い知っていた。


 水無月さんに視線を移すと、彼女も俺と同様、周りの反応に驚いているようだったが、俺と視線が合うと、ほんのりと口の端を上げた。


「これで教室でも普通に話せますね」


 そう言った水無月さんは不思議と安堵したような表情を浮かべていた。


 そんな表情で会話をし合う俺達を見た赤也が更に言葉を付け加える。


「マジでオレに感謝しろよ、二人とも。お前ら、だから、これくらい荒療治しないと、ホントにいつまで経っても目配せしかできてなかったぞ」


「「え」」


 本当に赤也にはどこまでバレているんだと思うが、どうやら水無月さんも同じ感想を抱いたのだろう。


 二人同時に声を漏らし、更に同時に赤也に視線を向けてしまっていた。


 そんな俺達を見た赤也が、揶揄うようにけらけらと笑う。


「って、お前ら、息合いすぎ! 夫婦か!」


 そんな言葉に俺と水無月さんは再度顔を見合わせ、互いに顔を赤らめるが……。


 すぐにもう一度視線を通わせると……自然と笑みが零れていた。


 今までは教室で目が合ったとしてもバレないように会釈するのが精一杯だった。


 しかし、たった一日で、こうして二人で笑い合えるようになったのは、確かに俺達にとっては大きな一歩だったと思う。


 もちろん、人の感情は十人十色。

 俺達に不快な感情を持つ者もいるかもしれないし、こうやってクラス中に知れ渡ってしまった以上、簡単に別れるという選択肢も無くなってしまった。


 だからと言って、俺は水無月さんと別れるつもりは毛頭ないのだから、これでよかったのだと思ってしまう。


 正直、赤也のやり方は賛否両論かもしれないが、赤也の言うとおり、俺達には多少の荒療治が必要だったと思うので、これは本格的に赤也に感謝しなければならないなと思うところだった。


 そんなことを考えていると、水無月さんが後ろから俺の袖を引っ張った。


「……律さん。さっきはありがとうございました」


「ん? なんのこと?」


 本当になんのことかわからなかったので、俺が小首を傾げて問い返すと、水無月さんはもじもじとしながら言う。


「……ほら、皆さんの前で付き合ってることを言ってくれたことです」


「ああ」


「……正直、クラスの皆の前で立海さんにあんなこと言われて思わず逃げ出しそうになりましたが……律さんが庇ってくれたような気がして……なんていうか……とても嬉しかったです」


 そこまで言った水無月さんは、潤んだ瞳をこちらに向けると、今まで学校では見せることのなかった素の水無月さんの表情で、ニコリと微笑んだ。


 こうして俺と水無月さんが付き合っていることは周知の事実となった。


 まさかこんな形でカミングアウトすることになるとは思っていなかったので最初はどうなるかと思ったが、これで学校でも大手を振って水無月さんと付き合えるかと思うと、これからの学校生活が楽しみで仕方ない自分がいた。


『(水無月) よかったら今日は正門で待ち合わせしませんか?』


 早速こんなLINEが俺のスマホに届いたが……これはまた別の話。


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