§012 独り言(柑奈視点)

 ――今日は特別な日になった。


 私、水無月柑奈は、デートから帰宅した後、毎日の日記として使っているツイッターにそんな言葉を書き込みます。


「ああ、カフェデート楽しかったな……」


 そんな独り言が口をついて出てしまうほどに、今日は本当に幸せな時間だったのです。


 正直な気持ちを言えば、私は朝から不安な気持ちでいっぱいでした。


 律さんが私と付き合うと言ってくれたのは、あくまで山田さん避けのための演技だと思っていたからです。


 だって律さんは、昨日確かに「付き合おう」とは言ってくれましたが、「好き」という言葉は一度も言ってくれませんでしたから。


 でも、私は律さんと別れるつもりは毛頭ありませんでした。


 確かに偶然の偶然が重なった結果、私と律さんは付き合うことになったのですが、元より私は律さんに恋心を抱いていましたので、この機会を逃すわけにはいかないと思っていたのです。


 そんなわけもあり、今日は、本当は私から律さんを誘おうと思っていたのですが、私はこれまで彼氏というものがいたことがありません。


 当然、男の子をデートに誘った経験などありませんでしたので、根本的に何て言って誘ったらいいのかがわかりませんでした。


 ……どこに誘えばいいかな。

 ……迷惑じゃないかな。

 ……断られたらどうしようかな。


 そして、そんなことをグルグル考えていたら、瞬く間に一日が過ぎてしまって……。


 ちょうど先生から用事も頼まれてしまいましたし、それを言い訳に「また明日にしようかな……」とスマホを閉じようとしていたところに律さんからのLINE。


 最近買った『恋愛マニュアル』には、あざとくも、『男を焦らすために返信時間はまちまちにしましょう』との記載がありましたが、私はそんなアドバイスは完全に無視して、気付いた時には、二つ返事で「OK」とLINEを送っていました。


 デートの時の律さんも、すごい優しかった。


 私がカフェ好きなのを知ってお店を探してくれて、律さんも恋愛に不慣れだというのに精一杯エスコートしてくれて、嬉しい言葉もたくさん言ってくれました。


 見栄を張ってエスプレッソを頼んでしまうお茶目な律さんも見ることができましたし、律さんのあの時の表情を思い出すだけで、私の口の端は緩みきってしまいます。


 でも、私の気持ちは、ふとした瞬間に、急激に盛り下がります。


 それは……私が律さんに対して――重大なをしているからです。


 ――お前みたいな暗いやつを誰が好きになるか、ブス。


 これは中学時代にとある男子から言われた言葉です。


 私は中学時代、人付き合いが苦手で常に図書館に籠もっているような典型的な根暗女子でした。


 友達と呼べる友達は一人もいなかったですし、偶に物を隠されたりと軽いいじめにも合っていました。


 でも、私はそんな自分を嫌いではありませんでした。

 いえ、正確には、そんな私でもどうにか生きる気力を見出せていたというのが正しいかもしれません。


 それは、こんな地味で根暗な私にも優しく声をかけてくれる男の子がいたからです。


 ……ああ、この人は私の容姿以外の部分を見てくれている。


 そう思うと私の心はポカポカして、彼と図書館で話すのが毎日の楽しみになっていました。


 ――卒業式に彼に告白しよう。


 まあ、元々一個のことに集中してしまうと周りが見えなくなったり、猪突猛進な行動を取ってしまう性格である自覚はありましたが、そんな大胆な計画を立てるほどに、私は恋に盲目になっていました。


 だからこそ……その男の子に「ブス」と言われたあの日から、私の人生は大きく変わりました。


 私は悟ったのです。


 結局は顔。

 ブサイクでは欲しいものは手に入らない。


 そう思うに至れたからこそ、私は自分を変える決意をしたのです。


 そこからは試行錯誤の連続でした。


 私はネットの高校デビューの記事を参考にしながら、様々なことに挑戦してみました。


 YouTubeを何度も見て化粧の練習をしました。

 コンタクトとか入れたことなかったけどカラコンを入れてみました。

 ダサい服しか持ってなかったけど雑誌をたくさん読んでファッションについて勉強しました。


 あと、毎日おっぱいもマッサージしました。(……あんまり意味はありませんでしたが)


 その結果が、今の私です。


 私はドレッサーに腰を下ろして、自身の姿を三面鏡に映します。


 鏡に映るのは、中学時代の自分とは比較にならないほどに整った容姿の私。


 やっぱり一番変わったと思えるのは、この髪型でしょうか。


 中学時代はひどいもので、人と目を合わせたくないという理由から目が隠れるほどに髪を伸ばしていましたし、だからと言って、ヘアケアをしていたわけではないので、バサバサとした髪が伸び放題になっているという状況でした。


 そういえば、中学の同級生に、「貞子」なんて揶揄されたこともありましたっけ……。


 それが、今は、前髪は目に軽くかかる程度。

 全体的にストレートパーマをかけ、毛先は巻きやすいようにウェーブをかけています。


 私はふと思い立って、まるで昔の自分を再現するかのように、後ろ髪を前に持ってきて、目に髪の毛がかかるようにしてみせます。


 すると、鏡には中学時代を思い出させる幽霊のような姿が映りました。


「はぁ……髪型が変わるだけで、皆の態度はこんなにも変わってしまうんですね」


 私はふぅと溜息をついて、髪の毛を押さえていた手をパッと離します。


 すると、髪の毛はさらさらと後ろに流れ、アイプチをし、まつエクをし、カラコンをしたの姿が顔を出します。


 中学時代とは180度異なる容姿。


「そりゃ、律さんも……まさか私だとは気付かないですよね」


 私は嬉しいやら悲しいやらで、そんな言葉を口にしながら苦笑します。


 そう、私は最低な女なのです。


 律さんとの今の関係を壊したくなくて……最も大事なことを【秘密】にしているのですから。


 私は本棚に手を伸ばして、中学時代の卒業アルバムを取り出します。


 自らを鼓舞するために、自らを戒めるために、何度も何度も開いた図書委員会のページ。


 そこには、当時、図書委員だった二人の男女が映し出されています。


 一人は、学ランを着た眼鏡の男の子。

 どこか伏し目がちで、写真を撮られているのにカメラの方に視線を向けない頑なさです。


 もう一人は、セーラー服のスカートを膝下よりも遥かに長くした地味な女の子。

 目は前髪で隠れており、姿勢も猫背気味で、雰囲気だけで暗い性格なのが伝わってきます。


 そんな図書委員の名前にはこう書かれています。


『3年A組 加賀見 律』

『3年B組 黒木 柑奈』


 私はそんな見慣れた字面を眺めつつ、もう一度、大きな溜息をつきます。


「……いつまでも内緒にしているわけにはいきませんよね」


 わかってる、わかってるんですよ……。


 でも……。


「……にはもう嫌われたくない」


 そうして、唇を噛みしめると、私はそのままドレッサーに突っ伏したのでした。



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