私のこと

 美術系の夫はそのときすでに2年半の間、仕事をしていなかった。息子が生まれる直前からだ。

 毎日部屋にこもり、タバコを吸ったりお酒を飲みながら何やら創作活動をしていたようだが、作品として出来上がったものはなかった。自分の両親にはあたかも仕事が忙しいようなことを電話で話していた。

 朝から晩まで2人分働いていた私は常にクタクタだった。しかし義母はそんなことは知らない。いきなり朝早くからやってきて、家が散らかっていることを責めた。私の目の前で掃除をしなさいよ、と。


 そんな人たちと一緒に食事をしたくなかったので、義父母が来る時は私は台所で食べるか、味見してお腹いっぱいになったから、と言って食べなかった。

 義父母は初孫が可愛くて仕方ないようで、頻繁に車でやって来た。前触れもなしだ。朝早く出たからお土産ないの。ごめんね。

 夕飯の買い物に行ってきます、と家を出たまま義父母が帰るまで外で過ごしたりした。同じ空間にいられない。

 嫌だという感情が対象物を侵食していく。義父母はもう真っ黒でドロドロだ。原型を留めていない。夫はまだ形を保っているが、もはや質量を感じない。触れる気もしないが、たぶん触れようとしても手がスッと突き抜けるやつだ。ホログラム?

 息子は無条件に愛しい。ずっしりと両手に重量を感じるし、泣き声も心地良い。でもこ状況が続いたら、いつか夫の血を引く息子からも逃げたくなる日が来るかもしれない。だってそっくりだから。


 そういうことを考えながら日々生きていた。仕事に没頭することで逃げようとしていたのかもしれない。

 そんな時、誰か知らない人と話をしたくなってネットのチャットサービスを利用した。

 何人かと話したが、最初は世間話だったのが不愉快な質問をされた。拒否したらそれならチャットなんかするな、時間の無駄だと言われたりした。わかっていた。でも誰かと話をしないと自分がおかしくなりそうだった。

 誰でもいい。普通に働いている、普通の人なら。まともな話をしたい。


 そんなときに、彼と出会ったのだった。


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