2093年3月12日

kaku

あるロボット技師の呟き

『何故この犯人が、このような異様な犯罪を起こしたのか、その理由は明らかになっていません』


「ねえ、あなた。私たちの子どもは、『誰』が育てることにする?」

 薄型の大型テレビから聞こえるニュースの合間をぬって、人工子宮のパンフレットを持った、今年三十五歳になる妻が聞いてきた。

 人間が人間を産む時代は、とうの昔に終わった。

 現代は、子どもは人工授精によって両親のDNAを受け継ぐ。

 十月十日は人工子宮のなかで育ち、両親の手によってへその緒を切られることで「出産」となる。

「別に、ママ・ロボットでいいんじゃないか?」

「……やっぱりそう思う?」

「育児が趣味って人なら、自分で育ててもいいだろうけれど。そんなの、時間の無駄だろう?」

 妻と同じく三十五歳になる僕は、妻の問いに、ネクタイを絞めながら答えた。

 「仕事もして、さらに出産や育児をするなんて、大変すぎるだろう? 人生は短い。やりたいことに集中しなきゃ」

「まあ、そうなんだけど」

 そんな僕の言葉に、妻は歯切れが悪い。

「昔は女性が生んで、夫婦で協力して育てていたけれど、その結果、産後鬱による親の死亡率や、子どもの育児放棄が増えただろう?『趣味』申請しなければ、育児はできなくなったけれど、それで正解じゃあないか。今は、『虐待』で死ぬ子どもなんて、一人もいない」

 僕の言葉に、妻は「そうね」と頷くものの、やっぱり歯切れが悪かった。

 幼稚舎からの付き合いの妻は、薬剤会社の営業として働いている。

 二十五歳ころに結婚する決意をした僕らは、精子と卵子を、それぞれ凍結した。

 おかげで、今まで自由に仕事もできたのだ。

「人間の肉体は、必ず衰えていく。けれど、子どもが欲しいという気持ちも、仕事をしたいという気持ちも、どちらも諦めていいものじゃない」

「そうね」

「だから僕は、人工授精と、人工子宮、そしてママ・ロボットは合理的だと思うね」

 妻は僕の言葉に頷きつつも、「じゃあ、ママ・ロボットの予約をしておくわね」とは、言わなかった。

「そういえば、あなた。今日は朝から早いのね。大事な打ち合わせ?」

「どうやら機械のトラブルらしくてね。機械部署の人たちで検討会議さ」

 大変ね、と言って、妻は僕を送り出してくれる。

 普段は在宅で働いているが、たまに重要な会議の時だけはオフラインで会社に行く必要がある。

 もちろん、「会社」と言っても、一日だけレンタルしたオフィスに行くだけだけれど。

 今どき、会社のオフィスを常に持っている会社なんて、そうそうない。

――僕たちにも、子どもができるのか。

 わくわくしながら、僕は自動運転の車を走らせる。

 愛しい妻との子ども。

 ママ・ロボットに預けていても、週に一度は、会えるらしい。

 ああ、早く、その顔を見たいものだ……。

 だが、そんな期待は、「機械トラブルへの検討会議」で崩れ去った。

 そこで検討されるべき議題は、僕が考えたものより、ずっと大きなものだったからだ。

「……なんですって?」

 思わず、僕はそう訊き返していた。

「2093年3月12日の午前に製造された『ママ・ロボット』への指示が欠けていたようでね。彼女たちに育てられた者達の何人かが、未成年だが重大な犯罪を引き起こしている」

「それは……。子どもたちも「廃棄」になるってことですか」

 上長は、うむ、と頷く。

 まるで、当たり前のように。

「遺伝子学的な親達も、そんな子供は引き取りたくないと言っている。であれば、「廃棄」になるのが当然だろう」

「そんな……」

 絶句する。

 妻との子どもを楽しみにしていた僕には、思いもかけない話だった。

「せっかく生まれた命を、「廃棄」するなんて……」

「おいおい。君も学校で習っただろう? 犯罪に手を染めたり、社会生活になじめなかったりした者は、「廃棄」という名で遠くの電機製造所に送る」

「それは覚えていますが……」

「ロボット以下の仕事ではあるが、人間にしかできない危険で、細やかな仕事に従事してもらう。合理的じゃないか」

 合理的、という言葉に、僕は言葉を失った。

 その通りだ。その通りなのだけれど、何かが違う、と思った。

「まあ、いい。今回のようなことを繰り返さなければ会社としては問題ない。当該期間のママ・ロボットに異変が生じたのは、頭脳回路を保護するカバーのネジが外れていたからという単純な理由だ。今後は、そこも検査項目に入りそうだな」

「はい……」

「サンプルとして、該当期間のママ・ロボットにも、子育てに関する質問をしてきた。こちらを見てくれ」

 そう言って、上長は部屋を暗くして、壁に光を映し出す。

 そのなかには、誰もが知っているママ・ロボットの外見が映し出されていた。

 人間と誤認させないような機械的な作りの、白くて丸いママ・ロボット。

 僕らも、頼もうと思っていた、あのママ・ロボットが。

 彼女――便宜上こう書くがーーは、分かりやすく首をかしげて、語りだした。


『「どのような思いで、仕事をしていたか?」ですか?

不思議なことを聞かれますね。そもそも、私達の「仕事」を決めるのは、あなた方の方なのに。あなた方が「子育てにとって適切」な物事を、私達に伝え、私達はその通りに仕事を進めるだけです。そこに、「思い」など、必要なんですか?』

 ママ・ロボットの言うとおりだ。

 子育てに、感情なんて必要だろうか? 

 大事なのは、適切な育児方法で、適切に迅速に対応するだけだ。

 少なくとも僕は、そう教わって来た。

『あなた方の「子ども」が、自尊心を失わず、やる気を失わず、傷つくことがないように、「育てる」こと。それが、私たちにプログラミングされている一番大事なことです。それはいわば、愛のようなものでもありましょう。私たちは、「愛情」という概念も、プログラミングされていますから、転んだ時には手をとり、風邪を引いた時には隣に寄り添いましたよ』

 そこまで聞いて、今度は僕が首をかしげる方だった。

 それならば、何故、子どもたちは情緒不安定になり、犯罪に走るものまで出たのか。

『ええ。そうですよね。疑問に思うかもしれません。だって、私たちは、彼らが泣いていても見ているだけ。風邪をひいても、薬を与えなかった。だって、仕方ないじゃないですか。あなた方が、私たちにプログラミングを・・・・・・・・忘れていたのですから・・・・・・・・・・。私たちは、プログラム通りに動くだけ。規定されていない出来事には対応できません』

ママ・ロボットは、怒りも悲しみもしていない。

 ただ、いつも通りに、にこやかに、慈母のように微笑んでいた。

 それが、僕には恐ろしかった。

『「人間なら、プログラミングされていなくても、対応できるはずだ?」そうでしょうね。人間ならば、あなたたち機械技術者が一つ指示を忘れたとしても、子どもたちへの対応を間違わないかもしれません。でも、私たちは、人間ではありませんーーロボットです』

 何を当たり前のことを、とでもいうように、ママ・ロボットは嘆息をつく。

 ママ・ロボットが開発されたのは、子育てに悩む親たちを助けるためだ。

 はじめは怖がられていたが、今では、全世界の人々が使っている。

 子育てを自分たちで行うのは、子どもにとって悪影響だとすら言われているのだ。

「あなた方人間は、私達に人間のように「魂」や「心」があると信じたいようですが、そんなもの、私達にはありません。私がこうして話しているのを書き留めているようですが、今話している内容も、こう言う事態が起こった時に、話すようにプログラムされているのですよ。データを取るよりも、私を作った技術者に、何を話すよう指示したか聞いたほうが早いでしょうね」

その通りだ、と思った。

 僕も、ロボットが話すべき内容を作ったことが何度もある。

 彼ら、彼女らに、季節のことを語らせ、愛情深い台詞を語らせてきた。

 一体、どうして不測の事態が生じたのか、についても、まるで人間が語っているかのように喋らせた。

『今や、「私」と同じ存在の者達が、至るところの、かつて「教育現場」と言われた場所で働いています。子育ての「責任」を、誰も取りたくないから、「私」のようなものが作り出されたのですよ。無機的に育てられたから犯罪が起こるとか、子どもの望むようにしか動けないロボットに育てられた弊害だとか、言われましてもね。だったらどうして、「親」である方々が、ご自身で育てられないのでしょうか……』


 ママ・ロボットの言葉に、他の技術者たちが、苦笑する。

 「まったく。これも、技術者がプログラミングした台詞だろ? 嫌になるね。ママ・ロボットのくせして、人間みたいな言い訳をするんだから」

 だが、僕にはそうは思えなかった。

 あのママ・ロボットも、廃棄処分となるらしい。

 2093年3月12日の午前に製造されたものは、全て、だ。

 だが、彼女たちを破棄処分したとしても、同じことではないだろうか。

 誰かを責め立てて処分して、そして解決したと思い込んでも。

 実際には、何も変わってはいないのではないだろうか……。

「会議は、ここで終わりだ。みんなには、今回のトラブルがあったことについて、この後、討論をしてほしい。まあ、国に提出するための儀礼的なものだよ。我が社の反省なるものが見えていればいい」

「そんなの、AIに書かせればいいじゃないですか」

後輩のひとりが、不平を言う。

 大学のレポートも、いまではAIに書かせることがまかり通っているのだ。

 会社の文章を人間が書くなんて、こんな機会でもなければ、やることはないだろう。

「彼らには、まだ「反省」の意をくんだ文章は書けないからね。ま、適当に、よろしく頼むよ」

 上長は、僕の肩をポン、と叩いた。

 適当に、という言葉が、僕の胸に刺さる。

 子どもが何人も「廃棄」処分になる。ママ・ロボットも同様だ。

 それなのに、適当に、でいい。

 その社会に、現状に、僕は初めて、疑問を抱き始めたのだ。

          ★

 「あなた、顔が真っ青よ」

 なんとか自宅に帰ると、妻は、驚いたようにそう言った。

 顔色が悪い時は、市中のメディケア・ロボットが対応してくれるはずだ。

 救急車を呼ぶのも、メディケア・ロボットの仕事なのに。

「病院AIに聞いてみる? 何の病気の可能性があるか、って」

「いや。理由は自分でも分かっているんだ。すこし休めば、大丈夫」

 そう言って、僕は、ソファに横たわった。

 今日見たこと。

 子どもの「廃棄」と、ママ・ロボットの「廃棄」。

 そのどちらも、今までだったら、当たり前に受け取っていたかもしれない。

 でも、今、子どもを作ろうという段階に入った僕ら夫婦にとっては、他人事ではなかった。

「なあ……引っ越しをしないか」

 僕は、温かいお茶をいれてくれる妻に、そう言った。

 ママ・ロボットは、人間のように、「魂」や「心」を持つわけではない。

 それなのに、人間と同じように、彼らにそれがある、と無意識の内に思い込んでいたのだ。

 「どうしたの、急に」

「僕は、子育てを『趣味』として申請しようかと思うんだ。貯金も十分にあるし、君は仕事を続けても続けなくてもいい。ただ、ママ・ロボットに子育てを担ってもらうのは、やめたいんだ」

「どうしたの? 今朝は、ママ・ロボットでいいって言ってたじゃない」

「色々あったね……。以前、ニュースでやっていただろう。遠くの離島で、子育てを自分の手で行う人同士が集まる集落があるって。その集落に行ってみるのも手だと思うんだ。なにせ、人間の僕らが子育てをしようって言うんだから、困ることも沢山あるだろうし……」

 思いつめた僕の表情に、妻も考えるところがあったようだ。

 ソファの隣に座って、僕の手を握ってくれた。

 「私も、そうしたいな、て思っていたの。テレビで見た、大量殺人を起こした人の表情が、まるでロボットのように見えて……。ママ・ロボットに育ててもらって良いのかなって迷っていた。」

 現代は、とても良い時代になったものだ、と思う。

 好きな人のために、自分の仕事やライフプランを制限しなくていい時代。

 それを作ってくれたのは、ママ・ロボットをはじめとする沢山の機械たちだ。

 でも。

 低年齢化した、犯罪の多発。

 誰かが困っていても、皆「自己責任だ」と思って、返り見ることもしない。

 それは、「誰」のせいなのか。

 どうして、そうなって行ったのか。

 僕らは、互いに寄り添って頭を預け合いながら、ソファの向こうの景色を見ていた。

 リビングに置いておく形式の人工子宮と、その窓の向こうに見える、白亜のマンションが乱立する機械都市群を。

 



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2093年3月12日 kaku @KAYA

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