じごぐさいばんものがたり
@hakikonosubafan
最悪な裁判
吾輩は猫である名前は、トラジロウ。
そんな吾輩は今、地獄で裁判を受けている。「被告、トラジロウ。何か申し開きはありますか?」
原告席の白猫が冷たい口調で吾輩を問い詰める。
しかし、吾輩は真実を述べたまでである。
「被告の言うにはこうです『お腹がいっぱいで寝てました』と」
「裁判長!その発言には捏造があります!弁護人は事実に歪めた発言をしていますっ!」
「……原告はどう思いますでしょうか?」
「裁判長!話をこっちに振らないでくださいっ!」
弁護士席でグレーの猫が憤慨している。
「原告はどうですか?」
「裁判長!私に話を振るのもやめてください!」
「被告。あなたは真実を述べていますか?」
「裁判長!弁護士にも話を振らないでくださいっ!」
この裁判、一体何がどうなってこうなったのか。事の始まりは数日前に遡る……。
吾輩は猫である。名前はトラジロウ. そんな吾輩は今、昼食を食べていた。
今日の献立はキャベツだ。いつものように味気ない生キャベツではなく、茹でてマヨネーズを掛けたものである。どのようにして手に入れたかというと、近所の畑から盗んできた. まぁこの時点で窃盗罪だけどバレなきゃ犯罪じゃない。マヨネーズを掛ければなんでも美味くなるという信念で食事する吾輩。その食レポは以下である。
「……この味気ない生キャベツに、マヨネーズの濃厚な旨味が加わり、まるでドレスを身に纏ったかのような高貴さを醸し出している」
「被告、うるさいですよ」
「裁判長!また私の意見をスルーしましたね!さっきから公平性が欠如しています!」
吾輩は真実を述べたまでであるが、グレーの猫が抗議の声をあげる。
「原告は何か意見はありますか?」
「裁判長!私の意見もちゃんと聞いてくださいよ!」
そんなやり取りをもう何度も繰り返していた。
何が裁判だ、下らねぇ。吾輩がそう思っていると、グレーの猫が何やら神妙な面持ちで話し出した。
「裁判長」
「なんですか?」
「この猫はもうダメです……」
グレーの猫がため息混じりに呟いたその言葉を皮切りに、周りの空気が一気に冷え込んだのを感じた。
「被告人には申し訳ないのですが、原告の言う事は尤もだと思います」
「な、何を仰るのですか裁判長。私は真実を言ったまでです!この猫はダメ猫なんですっ!」
「……いくら原告の主張でも認めるわけにはいきません。被告……いえ被告人には社会的に制裁を受けていただきます……」
そう言って裁判長は吾輩に一瞥くれると、話を続けた。
「トラジロウ被告の罪状を言い渡す。被告人は〝窃盗罪〟および〝不法侵入罪〟ならびに〝殺人罪〟である。よって被告人を死刑とする。異議の申し立ては却下する」
「そ、そんな……」
吾輩は茫然自失としていた。そんな吾輩にグレーの猫が近づき、吾輩の身体を優しく撫でた。
「トラジロウ……」
グレーの猫は悲しそうな顔で吾輩を見つめている。そして、意を決したように話し始めた。
「裁判長……被告人は死刑ということでしたので、この猫は私が責任を持って処分させていただきます」
「分かりました」
「処分って……処分って……!」
「大丈夫です……トラジロウの仇はこの私が必ず討ちます!」
グレーの猫はそう言ってその場を去っていった。
……それから数刻後、吾輩は塀の上にいた。どうやらここは裁判所の塀の上らしい。そして眼下に見えるのは吾輩を裁いたあの裁判長と……
「私です」
例のグレーの猫だった。
「まさか君に裏切られるとはね……」
「なんのことですか?」
「とぼけるな!君が責任を持って私を処分すると言ったことは聞いているんだっ!」
「……聞いていて当然です。私はこの裁判の裁判長ですから」
グレーの猫は少し悲しげに語り出した。
「私はあの日、裁判所を出てすぐに飼い主に電話を掛けました」
「ま、まさか……」
グレーの猫は頷く。
「ええ、私はあの裁判には勝たないことを決めていました。むしろ負けさせるために一芝居打ったのです」
「なんのために……?」
吾輩が尋ねると、グレーの猫は少し躊躇いながらも答えた。
「トラジロウを救うためです。あのままトラジロウを無罪にしたとしても、裁判で有罪になったという事実が重荷となり、トラジロウが自由気ままに生きることは不可能だと思ったからです」
「吾輩のためだって……?そんなことのために君は無実の罪を被ったのか……?」
グレーの猫は首を横に振る。
「いえ、私は飼い主に電話を掛けるまですっかり失念していました」
「……忘れていた?」
「トラジロウは以前私に言いましたよね『自由に生きろ』と……その言葉を叶えるためです」
「……」
そんなことがあったのか。吾輩は言葉を詰まらせた。しかし、グレーの猫は続ける。
私はその日、飼い主に電話を掛けました。そして、裁判長の策略に協力することを条件に無罪を勝ち取ったのです」
グレーの猫がそんなことを思っていたとは露ほども知らなかった。吾輩は何とも言えない気持ちになった。
「そうか……ありがとう」
グレーの猫は微笑むと、塀の上から飛び降りた。
吾輩は慌てて下に降りようとするが思い留まる。ここは高い塀の上であり、今からでは間に合わないかもしれないと考えたからだ。しかし吾輩のこの心配は杞憂に終わる。なぜならグレーの猫が塀から飛び降りた瞬間に、吾輩の身体がふわりと浮いたからだ。
「ありがとう……グレーの猫よ……」
吾輩はそう呟き、再び塀の上からの景色を堪能したのだった。
~完~
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