塔の冒険 4

 リティは両手に重々しい剣を握り、それを不器用に持ち上げて、迫りくる騎士をにらみつけた。


「逃げてよ! リティ!」


 とメイナの声がした。リティは唯一の逃げ場である、塔の屋上の扉を見たが、騎士の背後にある。


「ダメ! こいつ、逃げ道を塞いでくる。完全な、無脳じゃないってわけね」


 その声を賞賛と受け取ったのか、呼応するように騎士は右手の剣を掲げ、さらに近づいてきた。


 そのとき、一瞬のことではあったが、騎士はにわかによろめいた。しかし兜を横に傾けると、何事もなかったかのようにふたたび、ガチャリ、と音をさせて歩き出した。


 リティは太刀打ちするように、頭の上で剣を横に構えた。それは、なかば本能的な動作だった。


 やがて騎士の剣が振り下ろされた。


「リティ!」


 とメイナの声がした。リティの剣に重い衝撃が襲う。手から剣は落ち、リティは押し潰されるように倒れ込む。


 口の中に血の味が広がる。どこをどう怪我をしたのかもわからない。目の前に騎士の足甲が灰色に輝いている。見上げると、騎士が剣を上から突き立てるように、身構えていた。剣の先はリティを向いていた。


「……い、や。いやッ!」


 とっさにリティは拒むように手を突き出す。




 そのとき、メイナの足音がした。


 見ると、メイナが騎士の背中に向かってきていた。そして、鎧の腰の部分に蹴りを入れた。


「こらー! こっちこいやー!」


 もう一度メイナは右足を引いて、突き出すように蹴った。


「やめろー! このアホ鎧ー!」


 騎士は赤い目をさらに燃え上がらせて、メイナへと振り向きざまに剣を横に薙いだ。


 そこでメイナは、体を屈めて剣をかわすと、右手を大きく上げて、兜へと突き出した。


「ひかりーーッ!」


 メイナの声がひびく。騎士の兜に当てたメイナの右手から、稲妻が炸裂したかのような、燦然さんぜんとした光が閃いた。光の中からメイナの声がした。


「こいつ、強い光に弱いんだ!」


 すると、騎士は低い、苦悶の声をあげはじめた。


 ウゴーーォォォォオオ!


 騎士は膝を折り、左手で顔を押さえた。そこで身をよじった騎士の兜が、リティの目の前にきた。目の赤い光は、ちかちかと奇妙に明滅している。


 そこでリティは、光の向こう側から、メイナが強い眼差しで見つめてくるのがわかった。


 リティはそれにうなずくと、目の前の兜に飛びついて、それをきつく両手で抱えこんだ。


 大きく息を吸い、兜に向けてを注ぐ。


 ――しかし、力が十分に届かないのか、跳ね返される感覚があった。


「ダメ、魔法が、通らない……」


 そこでメイナの声がする。


「あきらめないで! リティ。できるよ!」


 すると、兜がぐらりと動いた。騎士が立ったのか、兜に抱きつくリティの体が浮かび上がった。それでも兜をはなさなかった。


 眼下に騎士の剣が見下ろせた。


 リティは、自分の体が剣と兜にはさまれて、真っ二つになる姿を想像した。その直後、またメイナの声がした。


「おりゃー! 死ねやー!」


 そう言ってまた、メイナは騎士に蹴りつけた。騎士は剣を払った。すると、剣の先がメイナに触れた。


「あッ……」と、力ないうめき声が聞こえ、メイナの体が反転して倒れた。メイナは胸をおさえ、足を苦しげに動かした。リティは大声をあげた。


「メイナー!」


 しかし、メイナは声に見向きもしない。

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