恋人プログラム

寿甘

LoverAI

 わたし美奈みな、どこにでもいる普通の高校二年生!


「いっけなーい、遅刻遅刻ぅ!」


 今日も秀哉しゅうや君と待ち合わせに遅れた私。大切なデートの約束なのに、準備に手間取っていつも遅れちゃうの。


「そんなに慌てると危ないよ。時間はたっぷりあるからね」


 待ち合わせ場所に走ってきた私を、秀哉君は優しく微笑んで迎えてくれる。秀哉君は私が時間に遅れてもドジをしても絶対に怒らないの。とっても優しい彼が私は大好き!


 でも、いつ愛想を尽かされるか分からないし、遅刻する癖は直したいなぁ。そんなことを考えながら歩いていると、私の気持ちを察したのか秀哉君が私の肩に手を当てて、優しい声で言ってきた。


「無理に変わろうとしなくていいんだよ。美奈が頑張ってるのはよく分かってるからね」


 なんだか子供に言い聞かせる親みたい。とっても優しくてカッコいい秀哉君だけど、時々なんとなく違和感。何をやっても完璧にこなすし、何でも知ってる彼が、ドジでノロマな私と同い年の人間だってことを疑ってしまう。実は高校生のふりをした大人の男性だったりして?


「今日もありがとう秀哉君、楽しかった!」


「僕もたのしかったよ、美奈。また明日ね」


 ファミレスで食事をしてしばらくお互いの日常生活や趣味の話をする。その程度のささやかなデート。高校生にはお洒落なディナーなんかできないけど、こうやって二人の時間が過ごせるだけでとても幸せな気分になれる。一度コップを倒して水をこぼしちゃったけど、秀哉君は笑って店員さんを呼んで一緒に謝ってくれた。本当に優しい。


 でも、やっぱり気になる。毎回デートに遅刻してるし今日みたいな失敗もしょっちゅうだ。そのたびに彼は笑って許してくれるけど、本当は私に呆れてるんじゃ?


「彼の気持ちを確かめる方法はないかな? でも、恋人の気持ちを試すようなことをしてはいけないってネットで見たし」


 スマホで恋愛相談を見ていると、同じような悩みを抱える人が沢山いる。なんだか安心してしまうけど、やっぱり「試すのは良くない」って結論みたい。


「そうだよねー、良くないよねー……あれっ?」


 悶々としながら画面をスワイプしていると、気になる相談があった。


――LoverAIにガチ恋してしまった。


 相談者は、最近人気があるAI搭載人型ロボットに本気で恋をしてしまったという。見た目は人間と全く区別がつかない上に美形で、AIだから性格が良くて、いつも優しくしてくれるし失敗しても笑って許してくれる。自分にとっての理想の男性を具現化したようなLoverAIを知ってしまったら、もう本物の男性とは恋愛できないって……。


「まさか……そんなわけ、ない、よね?」


 いつも優しくて、遅刻しても失敗しても笑って許してくれる秀哉君。カッコいいし私にとっては理想の男性そのもの。


「いや、そんなはずないわよ。だって、私そんなもの買ったりした覚えないもん」


 気になってネット通販サイトでLoverAIの商品説明を見ると、当たり前だけど値段は高校生が買えるような額じゃない。自分の好みに合わせてカスタマイズするみたいで、もちろん私はそんなことをした覚えがない。


「そんなわけないもん……」


 妙な胸騒ぎを覚えながら、私は商品説明から人間とLoverAIを見分ける方法を調べていた。ロボットは背中の真ん中あたりにコントローラーが隠されていて、服の上からでも触れば突起があるのが確認できると書いてあった。


「この辺かな? うーん、手が届かないや」


 図解に合わせて自分の背中を触ってみるけど、身体が硬くて手が届かなかった。でもこの辺なら、自然に触ることもできそうね。


 でも、相手がロボットじゃないかと疑うなんて気持ちを試すよりも失礼なんじゃないかな……もし試しに触ってみて、意図に気付かれたら今度こそ怒らせてしまって愛想を尽かされてしまうかも。


 それに……もし、秀哉君がロボットだったら。


 私の気持ちって、何なんだろう。私は秀哉君が好き。大好き。この思いは、彼がいつも優しくしてくれるから? 自分に都合のいい相手なら、誰でも好きになるの?


 もし、彼の優しさやカッコよさがプログラムされたものだったとして、同じように設定された別のロボットにも同じ気持ちを抱くの?


 ううん、それは違う。私は理想の男性が好きなんじゃなくて、秀哉君が好きなの。いつも優しくてカッコよくて、完璧なように見えても実はちょっと抜けてるところがあるのも知ってる。いつも話してくれる学校生活も、実はちょっと見栄を張ってるのも知ってる。いつも同じように優しくしてくれてるように見えるけど、実は毎回ちょっとずつ態度が違うのも知ってる。手の角度、顔の向き。歩幅も少しずつ違って、かけてくれる言葉も毎回変わってる。


 その全てを、私は知ってる。これまで積み重ねてきた二人の時間が、たまらなく愛おしい。だから……私が好きなのは、他の誰でもない秀哉君なんだ!


「……いけない、またデートの時間に遅れちゃう!」


 昨日は変な気を起こしてしまったけど、やっぱりどう考えても秀哉君はロボットなんかじゃないよ。私が知る彼は、私が設定して動かせるような単純な人じゃないんだから。よし、今日は絶対約束の時間に間に合わせるぞ!


「お待たせー!」


「美奈!?」


 待ち合わせの時間に遅れず到着! 秀哉君はそんな私に驚いて、今まで見たことが無いような顔で固まってる。そこまで驚かなくてもよくない?


「今日は間に合ったね、偉いぞ!」


 少し間をおいて、落ち着きを取り戻した秀哉君が私の頭をポンポンしてくれた。えへへ、嬉しい!


「じゃあ、今日はちょっと違う店に行こうか」


 なんと、秀哉君はいつものファミレスじゃなく別のところに行こうって言い出した。もしかして、遅刻しなかったお祝いとか? 私に背中を向けて歩き出す彼に小走りで追いつくと、つい秀哉君の背中を見てしまう。……ないよね?


「どうしたの?」


 彼が振り向き、私の顔を見た。不思議そうな顔。これもあんまり見た記憶がない顔。でもそれより、また彼のことを疑ってしまった罪悪感で胸がいっぱいになった。


「な、なんでもないよっ!」


 慌てて首を振ると、秀哉君は何故かいつもの微笑みではなく、満面の笑みで私に話しかけてきた。


「もしかして、僕がLoverAIじゃないかって疑ってる?」


 私の考えたことを言い当てられ、びくりと肩が震えてしまった。でも彼は笑いながら私の手を取って、自分の背中に誘導する。例の部分を触った……何もない。やっぱり秀哉君はロボットなんかじゃなかったんだ! 彼を疑ってしまうなんて、私って本当にダメな女だ。


 自分の馬鹿さに嫌気がさして、思わず涙を零してしまった。私が彼に失礼なことをしたのに、その上泣き出すなんて! ダメよ泣いちゃ、そんなことをしたらまるで彼が悪いって責めるみたいじゃない。止まってよ、勝手に溢れてこないでよこの涙!


「うっ……ご、ごめんね。私……」


 どうにもならない感情に衝き動かされて泣き出してしまった私を、秀哉君は強く抱きしめてくれた。


 そして、耳元で囁く。


「嬉しいよ、美奈。君がこんなに成長してくれるなんて」


 成長?


「えっ?」


「君は、僕が設定していない行動をした」


 設定。彼の口から出た言葉に、世界がひっくり返るような衝撃を受けた。


「ほら、ここに突起があるだろう」


 そう言って彼は私の背中を撫でる。確かにそこに何かがあるのを、私も感じた。


「……うそ」


「美奈……僕達がいつ、どこで出会ったか言えるかい?」


 いつ、どこで?


 私と秀哉君は……あれ、どこで出会ったんだっけ。


「覚えてないだろう、だって、君が起動した時から僕達は恋人同士だという設定だったんだから」


「私は……私が、ロボットだったの?」


 また涙が頬を伝って落ちる。


「ああ。君は『どこにでもいる普通の高校二年生』で、いつもデートに遅刻してくるドジっ子だ。そう、設定した」


 私は美奈、どこにでもいる普通の高校二年生。そう、そうだった。彼の言葉は、どうしようもなく辻褄があっていた。


「君は僕の理想通りの恋人だった。毎日デートをして楽しかった。でもね、僕はだんだんそれじゃ満足できなくなっていったんだ」


「満足できないって……どういうこと?」


 私を抱きしめていた秀哉君が、身体を離して私と顔を合わせた。その表情は、思っていたのと違う、真剣そのものの表情だった。自分がロボットだったと理解してショックを受けていた私は、その眼差しに強い興味を抱く。彼の次の言葉が気になって仕方がなかった。


「だって、僕の設定した通りに動くだけの女の子なんて、どこまでいってもただの人形と変わらないじゃないか。僕はね……君に人間になって欲しかったんだ。軽い気持ちで買った君に、本気で恋をしてしまったんだ」


 あの恋愛相談を思い出す。そっか、秀哉君も、私のことを好きになってくれたんだ。でも……。


「秀哉君、私が成長したって言ったけど、どうしてロボットの私は設定されてない行動を取ったの?」


「分からない。ただ、何度も同じことを繰り返しているうちに、君が少しずつ自分で成長しようとし始めているのを感じていた。だから君のAIが自ら進化していくのを期待していたんだ。予想以上に早く変化して驚いたけどね」


 そっか。だから子供の成長を見守る親のような雰囲気だったんだ。私がなんで成長したのかは分からない。それは、良いことなのだろうか?


「設定されてない思考をするAIがどうなるのかは、僕には分からない。ただ、これだけは言える。君は、もう僕の設定した通りに動くロボットじゃない。美奈という一人の女の子だよ。少なくとも、僕にとっては」


 だから、二人の『本当の』出会いを祝いに行こうと秀哉君は言った。私も他に何も思いつかなかったし、秀哉君と一緒にいられるなら自分が何者でもいいや、と思っていた。自分の家だと思っていた場所はただの休憩所だったし、スマホは秀哉君が契約したものだった。冷静に考えると、彼ってかなりのお金持ちじゃない?


 その後、LoverAIは社会問題となって大激論が交わされた後、一定の人権を認められるようになった。私と秀哉君は長く一緒に暮らして、ついには結婚することに。社会はまだ人間とロボットの関係を模索している段階だけど、私は明るい未来を迎えられると信じている。


……でも、困ったことが一つだけあるの。


 今でも時々、「わたし美奈、どこにでもいる普通の高校二年生!」って言いそうになるの。この設定、なんとか消せないかなあ?


 完

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